甲相国境尾根から西丹沢へ−菰釣山・畦ケ丸

(1994/3/19,20、神奈川県足柄上郡)


1・ハイカー列車 :  
前々から思っていたがファッション面で街中で最も浮いた存在は登山者、ハイカーのそれであろう。例えそれが機能性を重視した新素材のウェア、カラフルなトレッキングシューズであっても大体が余りに非日常的な程ヘヴィだし、それに山歩きが好きな人々など皆様たいしておしゃれでないのだろうか、画一的なチェックのシャツとウールのパンツがとてもださい。悲しいかな、街着の人々を寄せつけない厳しい排他性を漂わせている。

まさにそんな格好の私も人々から浮いている事を肌に感じながら釣り師、ゴルファーに混じって土曜日の早朝の電車に揺られている。八王子で西へ向かう中央線に乗り換えて少しホッとした。浮いた感じは消えたのだ。何故ならそこは登山者・ハイカーだらけだからだ。だささも集団になれば強い。排他性は更に強まり、攻守逆転、街着の人々は肩身狭そうにボックス席の隅に浅めに腰掛ける。今日のルートの確認やリーダー格による山行歴の披露、中年女性ハイカーの不遠慮な大きな笑い声などが飛び交う。 休日の朝の中央線西行各駅停車甲府行きは、問答無用のハイカー列車なのだ。  

2・尾根歩きは辛い :  
ハイカー列車の前3両は大月で分離し富士急電鉄線に直通で乗り入れる。山中湖から甲相国境の尾根を歩き西丹沢へ抜けよう、という計画の私とY氏は富士吉田で下車しバスにて山中湖東端の町、平野へ出た。  

山梨と神奈川の両県の県境の長い尾根をたどり西丹沢の畦ケ丸に登り、西丹沢自然教室に下りる、以前から歩きたかったコースだ。道々ひょっとしたら気の早い桜でも咲いていないか、若芽の息吹を期待する。

今日の予定は避難小屋のある菰釣山まで縦走してテント泊の予定。コースタイムは4時間半位。 行こうとしているコースは東海自然歩道に指定されているし、地図を見ても一度稜線に出てしまうとあとは標高差も無く楽な行程だろう、というもくろみだったのだが。別荘地を抜けて最初のピーク高指山に登り前途を見ると結構な起伏だ。残雪が目につく。少したじろぐ。天気は曇で富士も見えない。湿気を帯びた雲に気が重い。 1時間歩いてもコースタイム通りに歩まないのにガックリする。予想外の起伏と北斜面に固い残雪があり手こずるのだ。進むとともに残雪の箇所が多くなってくる。巻き道一つ無く忠実に尾根沿いに登降を繰り返すためハードだ。地図にも出ないような小さな登降の連続なのだ。  

ベンチが時々あり重いザックを放り出しへたり込む。辛い路だな、これは。街で生活していると早く山に行きたい、尾根を辿りたい、と思うくせに、実際に歩いているともうたくさん。辛いだけだ。これが自分の求めているものか、と思う。  

3・残雪に難渋する :  
残雪がだんだん増えてくる。我々2人以外に行きかう人もなく静かなコース。だいぶ前に歩いたのであろう人の足跡が雪面に残る。ズボッと雪を踏み抜く。バランスが崩れる。ハァー、と大きく息をつく。半分凍った固い雪は良く滑る。足の指先に力が入る。軽アイゼンを持ってきたのだが装着が面倒でそのまま歩く。 途中、絶望的な急斜面が行く手を遮った。良く滑りそうな固い雪に覆われた短いが片流れの急な下り。滑るとそのまま路をはずし谷へ落ちそうだ。木の根などの手がかりを探すが何も無い。一歩踏み出すがツルッといきそうですぐに戻す。Y氏と顔を見合わせる。ステップの跡もない。Y氏がストックを取り出しなんとか切り抜ける。三点確保、と唱えようにも手がかりなしでは只の念仏。Y氏のストックを借りて私もそれに続く。降りきった時は大きく息をついた。  
(菰釣避難小屋の
すぐ脇にテントを
設営した。)

縦走路は相変わらず登降し続け、下り斜面には雪が付いている。コースタイムに較べ遅々とした歩みだ。まだ先は長い。あせる。湿っ気た重い風が南側から吹いてくる。 2人とも黙って歩き続ける。残雪期にはコースタイムなど全くあてにならない、という事実を思い知る。

「まだまだだねぇ」、と私。「まぁテントだからどこでも寝られるしのんびり行きましょう」とY氏。

そうなのだ、この余裕が山では必要なのだ。 固い雪にほとほとあきれ、軽アイゼンを装着することにした。初めてのアイゼン。4本爪だがそれでも凍った斜面にはとても有効である事が分かった。ステップが確実に確保され積極的に歩ける。何故さっきの急斜面でアイゼンを着けなかったのか、遅い行程に焦って頭の中が狭くなっていたのか。使ってこその装備だ。もっと柔軟に、慎重 に、と反省する。さすがに効果は絶大で歩く事に集中出来るようになる。

すっかり薄暗くなった午後5時半、ようやく菰釣山避難小屋に到着。小屋の中を覗くと狭いが寝具も用意され快適そうだ。7、8人位の中年パーティが食事中だ。

「何人連れ?」リーダー格と思しき人が露骨に嫌な顔をして聞いてくる。定員オーバーになるのが嫌なのだろう・・。
「いえ、テントですから」
「なぁんだ、テントか。早く言ってよ。悪い冗談だね」、笑い声。  

悪い冗談はないだろう、公共設備を使おうというのに。ムッする。単独行らしい青年が奥で一人カレーを食べていたが、彼もあんなパーティと同宿では嫌だろう。 こんな小屋よりもテントの方が何倍もよろしい。テントを張り飯を食べ早々と7時半にはシュラフに潜り込む。      

4・畦ケ丸へ :  
寒くはないが暖かくもない、足がつって目が醒めた。午後11時。テント内の気温は0度。うとうとと又眠る。成長した娘と2人でデートする夢を見る。生まれたばかりの娘とデートするなんてまぁ17、8年はさきの話だろう・・。今度はロックバンド、ローリングストーンズの憧れのギタリスト、キース・リチャードとバンドを組んでいる夢を見る。キースとバンドが組めるなんて夢のようだ・・。

夢のような夢から醒めると朝5時。濡れたフライを開けると一面もやが広がる。隣のテントでもガサゴソ音がしている。Y氏も目覚めたようだった。さて、昨日の予想外にかかった時間から察して、予定通り畦ケ丸までいけるか?それとも途中で道志へ降りるべきか思案する。 オプティマスに点火し玉子スープを作る。お菓子に、と持ってきたラーメンスナックをスープに入れると結構いける味であった。  
(固い残雪の
稜線歩きが
続く)

昨日と変わらぬ雪の路が続く。次のピークはすぐそこなのに路は一度下がってから又登り返す。うらめしい。短い急登にハァハァ息をつく。 城ケ尾峠には思ったより早く着く。道志から登ってきた2人パーティに会う。さてここから道志村に下りるか、予定通り西丹沢まで行くべきか・・。西丹沢発の最終バスには間に合うだろう、と判断し予定通り畦ケ丸を回る事にする。  

軽アイゼンとスパッツのおかげで快適に歩ける。急斜面にアイゼンがザクッザクッと突き刺さる感覚が快い。良く見ると木の枝には何の花か、堅いつぼみが沢山ついている。西丹沢にも春が確実に近づいてきているようだ。  

畦ケ丸への急な登りはきつい。雪が固くアイゼンのないY氏は少し大変そうだ。一歩一歩数を数えながら登る。百を数えるまでは上を見ない。まだ登りが残っているとがっかりするからだ。いつしか急登を行く時はそうするようになった。登りがまだ続くので上を見るのは二百毎にしてみる。何回目かに見上げるとやっと空が広がった。畦ケ丸到着。今回のコースで登りはもう無いはずだ。ザックを放り出しほっとする。

ここにも避難小屋があるので覗いて見る。寝具に薪ストーブ完備のこれ又立派な小屋だ。中はボーイスカウトの小学生で活気に溢れる。引率者によると総勢22名との事だ。残雪期の丹沢に小学生がいるとは。もし彼等がこの行程を無事下りて楽しいと思う事があれば彼等はきっと成長してもハイキングを続けるであろう。自分も小学校6年の時に登った丹沢・大山が今の自分の登山・ハイキングにつながっているような気がするのだ。

あんぱんをかじりながら回りを見る。曇で視界は悪いが晴天ならさぞかし富士が立派 な事だろう。少し離れた畦ケ丸の山頂自体は樹木に囲まれ狭く視界は良くない。後 は下りるだけ、バスにも余裕で間に合いそうだし安心する。

5・西丹沢へ下山 :
雪路の急降下も30分も行くと雪はまばらになる。山頂を目指すハイカー2人がゆっ くり登ってくる。高年の夫婦か、いいものだ。じきに雪はすっかり消えて乾いた路面となった。もういいだろう、アイゼンをはずす。お世話になった。  

さしもの急降下も終わり沢音が近づいてくる。途中水場のなかったコースだったのでポリタンの水も遠慮がちだったのだ。沢水に手を延ばす。ゴクゴク飲む。冷たくてうまい。さすが山の水だ。  

沢は川になり路も河原歩きとなる。Y氏とよもやま話をしながら歩く。Y氏がつい先日行ってきたというタイ北部トレッキングの話、タイ料理から、チェコのソーセージ、こってりしたドイツ料理 からアメリカのホームステイ先で作ったうどんの話、果ては醤油がいかに日本人に必要か・・等、食べ物の話ばかりだったのは空腹のせいかだろうか。  

バス停のある西丹沢自然教室が近づいてきたのかアウトドア雑誌カタログから抜き出たような明らかに登山者とは違う男女がいる。大きなえん堤を越えるとバス停はすぐ目の前であった。ここはどちらを向いても山ばかり、さっきまで居た大きな畦ケ丸もどれがそうかもう分からなかった。      

* * * *  

バスで1時間、小田急の新松田駅。ビールが恋しく駅前の中華屋に入る。餃子が旨いしラーメンもいける。何を食べてもとても旨いのが山行後の特徴かもしれない。心地良く酔いが回ってきて二人してそのまま小田急に揺られた。  

(終り)

(コースと標高: 3月19日 平野10:30−高指山11:30−石保土山14:15−菰釣山17:00−避難小屋17:30、3月20日 菰釣山避難小屋7:50-城ケ尾峠9:15-畦ケ丸11:10-西丹沢自然教室14:30、菰釣山標高1379m、畦ケ丸標高1292.6m)   


Copyright: 7M3LKF Y.Zushi, 1999/1/6