雪の明星、明神ケ岳縦走

 (1994/1/30、神奈川県南足柄市、足柄下郡)



登り始めて一時間半、路は雪でほのかに明るい樹林帯を抜け出し見晴らしのいいなだらかな雪原に出た。光が今日の好天を賛美するかのように縦横無尽に踊り回り一気に眼に飛び込んでくる。眩しい。サングラスを持ってこなかったのは失敗だった。薄目がちに来し方を振り返ると眼下に広がったのは無限の太平洋と地図に忠実な形を見せる相模平野だった。容赦ない太陽光線が透明な空気を透過し降りかかる。真冬とは思えない好天。「いいねぇ」同行のY氏と私の口からどちらからともなく声がもれた。

    * * * *

昨年の4月から続けてきた一年間毎月登山の目標も昨年末の風邪のおかげで達成出来ず、張りつめていた登山欲も若干萎えた感じであった。しかも今回は初めての積雪期の登山。コースとして選んだ明神、明星ケ岳も箱根とはいえ1000メートル級の山だ。前日の寒冷前線の通過に伴い都心部でも積雪があった位で、コースの雪の状況が心配だ。いつもの山行前の期待感に加え今回は不安からくる重い気持ちが少し心の隅にくすぶっていた。未経験の積雪期登山。ストックに軽アイゼン、それに万一に備えシュラフカバーと新規購入したツェルト、それに非常食用にあんぱんをザックに入れた。無事歩ききれるだろうか?日帰りなのに結構な荷だ。

大雄山最乗寺のすぐ裏から登り始める。うすい積雪。樹林帯だが雪のおかげでほの明るい。冷やりとした空気はいつもの山の気配だ。御無沙汰していた空気に又触れられて嬉しい。ストックを突いて登る。積雪は7、8センチだろうか、軽アイゼンの必要性を感じさせずに登れる。

明神ケ岳の山頂でランチタイム。富士が大きい。無神経なまでに大きい。さて何よりも私の関心は振り返った丹沢に注がれる。相模平野からだと大山以外は山塊が重なって見えるためボリューム感に乏しいのだが、西の明神からだとそれを斜め横から見ることになり一つ一つの峰がはっきりと判り量感に溢れる。三の塔、塔の岳、丹沢山、そして最高峰の風格に満ちた蛭ケ岳。そして少し離れ頭をもたげる檜洞丸。自分が喘ぎつつ歩いた事のある山、そして尾根。雪化粧をした山々はとても1500メートル級には見えず厳しさと美しさに満ちていた。丹沢に登りたい、強い思いが湧いてきた。

(濃紺と白。色彩の饗宴)

軽量化の為に今回はガスストーブを持ってきたのだが風の強い山では使い物にならない。豚汁うどんをつくろうにも沸騰せず、結局Y氏のガソリンストーブの御世話になった。やはり山ではガソリンだ。

明星ケ岳までは起伏のある雪の尾根道だ。左右に眺めは抜群に良い。「スキーで来れば快適だろうなぁ」とY氏。雪の稜線、行く手に広がる相模湾。白と濃紺のコントラストの鮮やかさに一瞬目が眩んだ。

明星ケ岳から箱根の宮城野への下山ルートをとる。下山時にアイゼンを試してみようと思っていたのだがその必要性もなく、好天にも助けられすべて予定時間通りに宮城野の街に下りついた。振り返ると明神ケ岳が大きく立ちはだかりその山頂部に傾きかけた日差しが明るかった。
   

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宮城野温泉会館で汗を流しビールを流し込む。登山靴に防水ワックスを厳重に塗ってきたのだが結構水分がしみている。この靴で雪は無理なのだろうか、課題だ。ビールをやりながらのY氏との気の早い次回山行の打ち合わせは今日登ってきた明神、明星に少し失礼だろうか?

(終り)

(最乗寺 9:00, 見晴小屋 10:00, 明神ケ岳 12:10, 明星ケ岳 14:30, 宮城野 15:30、明神ケ岳標高1169m、明星ケ岳924m)

Copyright : 7M3LKF, 1997/10/15