霧の雲取山 - 雲取山から石尾根縦走

(1993/6/5,6、東京都西多摩郡、山梨県北都留郡)


1・雲取山に登る :

前回の丹沢縦走から2ケ月近く、体調を崩したり、出張があったり、梅雨入りしたりと山に行けずに欲求不満が心の中で風船のように膨らんできたのを感じていた。眼を閉じると浮かぶのは原生林の中を、草原の中を、「こちらにおいでよ」と誘うかのようにただただゆるやかに続く小道の情景のみだ。こりゃいかん、はやく行かねば・・。行けば行ったで登りが苦しい事はわかっている、それでも行きたいと思うこの気持ち、一体何なのだ?  

梅雨の間の晴れ、との天気予報を信じ去る週末(6月5、6日)に奥多摩へと出かけた。今回は会社の先輩、Y氏との2人組だ。事前のプランニング段階で行く先は 雲取山に。すぐに決まった。なんでもY氏は小学生の頃雲取山頂から広がる雲海の写真を見て以来いつか行きたいと思っていたそうだ。なんといっても東京都の最奥 に位置し、そして標高も最高の2017メートル。奥多摩の盟主だ。場所柄日帰り は無理。待望のキャンプだ。さすがにもう雪はなかろう・・。山登り初心者が2人不安もよぎるがまぁ行ってみよう。 コースは留浦(とずら)から七つ石山を巻いて石尾根に入りキャンプ泊。翌日雲取山山頂で日の出を仰ぎ、奥多摩駅まで続く長大な石尾根を下って下山とする。

2・ゆるやかには続かぬ小径、相変わらず苦しい・・ :  

奥多摩駅からバスに揺られ40分、留浦から入山。さして急な坂でもなし、されどとっつきは苦しい。5分ではや蒸気機関車の如く息が荒くなる。10分で濡れ雑巾をしぼるが如く汗がしたたる。Y氏は、と見れば幾分顔を上気させてはいるが普段とさして変わらぬ様子。情けない・・。申し訳ないが休ませてもらおう。小休止、 小休止だ。

意図してゆっくり登る。ギヤをローに落とす感じだ。前回の山行でもそうだったが登りはじめて1時間もたつと相変わらず息は荒いが歩く事自体は余り苦しくなくなってくる気がするのは不思議だ。思うに出だしをなんとかこらえるとあとは苦しいなりに足が進むようだ。Y氏は異様に遅い私のペースにもつきあって下さる。申し訳ありません、頭の下がる思いだ。

天気はと言えば前方には厚い雲が重なり余り嬉しくない光景だ。 だましだましの5時間、ようやく主縦走路たる石尾根に合流した。 石尾根はなだらかな草原状の稜線を行く縦走路だ。そして北斜面にはうっそうとした原生林。大展望を期待していたのだがあいにくの霧。いやもうここは標高1800メートル近く、霧ではなく雲の中を歩いているのかもしれない。


3・霧の山頂  :

(町営雲取小屋のテント場にて)

町営奥多摩小屋そばでテントを張ったままにし朝4:30、朝食とセーターだけを軽ザックに入れ山頂をめざす。東京都の最高所で御来光を仰ぎつつ朝食を、という 訳だ。しかし昨夜は良く降った。テントを打つ雨音は一晩中続いていたような気がする。おまけに思っていた通り結構寒く、カッパまで着込んでシュラフにもぐって しまった。Y氏はY氏でシュラフの上にアルミのレスキューシートを鮭のホイル焼 きよろしく巻き付け眠ったとの事。霧の微粒子が風に運ばれてやってくる。無音の世界だ。雲取山の手前の小雲取山ま では急坂が延々と続く。先を行くY氏が遥か上にちらりと見え、そして霧に消える。小石がザレてコロコロと下まで落ちていく。登りきると小雲取山。一瞬霧がはれる。下界がさっと見渡せる。下は雲だ。雲の中から忽然と尾根筋が浮かびあがってきて自分達が今いる山へと続いている。雲取山とはよく言ったものだ。もう雲を取り、飛び越えてしまっている。高い処にいるなと思う。「海抜ゼロの沼津の海岸から登り始めてそのまま富士山の頂上まで登り通してみたいんだよな、一度。」隣でY氏がつぶやく。

頂上は霧のなかだ。一息ついていると途端に体が冷えてくる。頂上直下の避難小屋に入り朝食。相変わらずの霧の縦走路をテント場に戻り、撤収。石尾根ルートの下山にかかる。途中針葉樹林帯の中からボォっと太陽があらわれる。霧の奥の黄色い太陽。写真で見たことのある北ドイツの森林のような光景だ。

4・無事下山 :

石尾根ルートは雲取山から奥多摩駅まで延々と続く長い尾根上のルート。休憩なしでも7時間はかかろう、という体力のいるコースだ。尾根道故にルート上に七つ石山、鷹ノ巣山、六つ石山などのピークが控える。ただ幸い(?)な事に各ピークにはすべて巻き道がある。時間と体力セーブで片っ端から巻いて行くことにした。

霧はやがてはれ、目に6月の緑があざやかだ。明るい尾根道、樹林の中の薄暗い巻き道。ウグイスがすぐそこで鳴いている。長い縦走路をひたすら歩く。路は少しづつだが確実に高度を下げている。軽めの朝食のせいか腹が減ってきて歩みがにぶりそうになる。止まるのもおしくキャンデーやピーナッツなどを片っ端から口に放り込みながら進む。「下山したらソバを喰おう、山菜ソバだ。いや、その前にビールを浴びるほど飲んで・・。」妄想が頭を支配する。ソバ、うどん、味噌おでん、食べ物が頭のなかで渦巻き体の平衡を失いそうになる。
(霧深き稜線)

六つ石山の手前から霧が再び濃くなり、そして雨に。雨宿りのできそうにない六つ石山山頂での昼食の計画はあえなく挫折、山頂手前の縦走路の脇で倒木に腰掛けてラーメンを作る。濃い霧だ。これほどの水蒸気は一体どこから来るのだろう。路肩で休んでいると霧の中からフッと人が現れ、挨拶をかわす間もなくすぐ霧の中に消えていく。霧と雨の中、下る。六つ石山からは急坂の連続。ゴアッテックスのカッパとはいえさすがに蒸れる。一歩ずつ確実に高度を下げていくのと同時に気温も確実に上がってくるようだ。ましてや暗い植林帯の中はサウナ同様に蒸すのだ。下を向くとカッパの中から汗の蒸せたいやな臭いがムッとくる。暑い、この雨がビールの滴だったら・・、またもや妄想が渦巻く。 

完全に歩くのが嫌になったころようやく奥多摩の町並みが眼下に広がる。雨雲の中を抜けたようだ。どんよりとした天気。谷間に続く町並み。山だらけで狭い日本では平野以外には皆谷間に住まざるをえないのかもしれない。 午後4時少し前。奥多摩駅にやっと到着。妻に無事下山の電話をいれる。あんなにあこがれていたはずの緑の小道から正直言って「やっと解放された」。12時間近く歩き通した訳だ。Y氏とおでんとビールで乾杯。初の幕営山行、初の2000m級山岳。満足感よりも安堵が大きい。 満足感は一呼吸おいて、帰りの車中にでも来るのだろう。 

山並をもう一度眺める。駅前からは奥多摩最奥の雲取山など見える筈もなく、近所の裏山、っと言った感じで山が並んでいる。でも知っている。その裏山から一本の緑の小径が幾多の山を越え、雲と霧を越え確実に雲取山まで続いている事を。天気の良い日に大パノラマを仰ぎにもう一度来たい、そう再訪を期し奥多摩を後にする。青梅線に揺られながら二度目の山が無事に終ったという満足感をかみしめた。

5・発見など :

- 山の湧き水うまし。今回のルートは水場が豊富で、随所で水の補給が出来、気が楽であった。それらの水の冷たくてうまい事甘露の如し。特に最初の水場(堂所の少し手前)。ヘトヘトでたどりついたせいもあり、うまさがしみわたった。 

- 食事に凝れたら・・。キャンプの楽しみはまず食事。普段のキャンプでは凝るものの徒歩の今回は荷を少しでも軽く、ということでレトルト、ラーメン中心で済ませてしまった我々。しかし山頂の避難小屋で会った一人はフランスパンを取り出しスライスし、熱したコッヘルのフタにバターを溶かしベーコンと共に焼いている。 香ばしい香りだ。そしてドリップコーヒー。優雅だ。菓子パンに薄いインスタント コーヒーそしてリンゴという我々の朝食が少しミジメに思える。昼は昼で、横で美味しそうにうどんを食べているおじさんがいたし。やはり山慣れている人々は限られた装備の中でもそれなりに凝るんだなぁ、としきりにうなずく2人であった。

旅の疲れか、風邪をひいたか、翌日の夕方からなんと熱を出してしまった。 会社を休み、布団の中で早くも登山地図を広げる私。あれ?

(終り)

(6/5、留浦 10:15, 石尾根合流 15:40, 町営雲取小屋テント場 16:30, 6/6、小屋 4:30, 雲取山 5:15 / 6:00, 小屋 6:40 / 7:50, 六つ石山 12:15, 奥多摩駅 15:50) 雲取山標高2017m

Copyright : 7M3LKF,1997/10/15