涼を求めて男体山へ 

(2013年7月14日、栃木県日光市)


梅雨もあけ毎日暑い。こう暑いとたまらない、と涼を求めて高い山を考えます。日光男体山であれば標高2400mを越えており涼しいでしょう。また夏山計画の足慣らしにもなりそうです。コースは中禅寺湖からダイレクトに登るのと裏側北面の志津小屋から登るルートの二つがありますが、距離が短くかつ北面ルートなので直射日光を避けられよう、という事で志津ルートへ。

自宅を出るのが少し遅かったのと途中東北道で事故渋滞もあり日光到着が予定より1時間遅い。焦り気味に裏男体林道へ。志津の登山口は駐車場も無く路肩駐車が続きます。もう10時半。手持ちのエアリアマップによるとこのコース、山頂まで2時間40分とあります。山頂到着は13時をまわるか。12時前には山頂に着きたかったのですが。時間に押されやや焦り気味に歩き始めます。

10時45分、歩き始めます。5分程度で林と笹原の中に志津小屋があります。中を覗きますが綺麗で広い。立派な避難小屋です。地蔵の立つ原を抜けて歩き始めます。すぐに1合目標識。10分も登ると堰堤の脇に出てここに2合目標識。ガレ気味の堰堤脇を上ると再び樹林帯でこの先滑りやすい赤土の登山道が続きます。しかも道はえぐられてなかなか歩きづらいものです。さらに前日当たり夕立があったのでしょうか、路面はドロドロ。木の根の露出も多く、グ リップの悪い靴だと苦戦しそうです。自分は靴底の劣化したナイロン軽登山靴で行きましたが、何箇所かグリップが取られヒヤリものです。

11:30、5合目で5分休憩。遅い出発を少しでも取り戻そうとやや焦り気味に登ってきたので息は上がりましたがここまで45分で登ってきました。ここで丁度半分との事ですがこの調子だとあと45分で山頂?まぁ先は分かりませんが一息入れて再び出発。

6合目を越えて7合目へ向かいます。10分おきに着実に1合づつ登れるのでなかなか励みになります。相変わらず歩きづらい登山道を行きます。足元に白ピンクの花。シャクナゲでしょうか。薄暗い登山道にぽっとあかりがついたようです。しばらく登ると展望が開け東側に大きなガレ。日光方面が一望できます。とここで前方から外国人二人連れがやってきました。聞こえる彼らの会話から英語ではありません。フランス語のようです。よーし。「ヴーゼットフランセ?」と話しかけてみると「ウィ!」と返事。すっかり忘れてしまったフランス語ですがドキマギしながら少し話してみます。彼らは昨日は日光白根山に行ったそうで、日本の山はとても素晴らしいとの事。東京には明日戻る。素晴らしいバカンスだ、と言ってくれました。こちらのフランス語が余りにも適当だったせいか、別れ際に「アビアントー」と言ったら日本語で「ヤマ、ガンバッテクダサイ」と返されました。日本の山をこうして楽しんでくれる外国人が居るとは嬉しいものです。ただ道標などはすべて日本語。外国人が日本の山を楽しむのにはまだやはり垣根は高いのかもしれません。ツール・ド・モンブランのルートやスイスの山では英・独・仏等マルチ言語の表示が完備していました。

久々のフランス人との会話。自分がフランスから帰国してもう3年経ちました。でも少しだけ覚えていた。フランス語、また勉強してみようか、そんな気持ちがわきます。やがてと8合目も通り過ぎます。いつしか足元は火山性の赤土になります。とこのあたりからガスの中になり、細かい霧とも雨ともつかぬ水分がまとわりつき始めました。傾斜がゆるむとそこには9合目標識。この先はもう平坦なようです。ですがこの稜線、北からの風が強烈でまっすぐ立っていられないほど。ガスが猛烈な速さで移動しており前方に深いナギがあるようですが伺い見ることが出来ません。5分も歩くとガスの中から人の声が聞こえてきて、山頂のようです。だしぬけにボーっと大きな剣のような棒が立っています。12:30、山頂でした。志津から1時間45分、エアリアマップのルート表示2時間40分は少し大げさなようです。鳥居の少し先に小さな東屋がたっています。

記念撮影をしてからアマチュア無線運用。ガスがしっかり霧雨に転じてしまいカッパを着込みます。そうでなくとも風が冷たく上着なしでは寒くてじっとしていることが出来ません。50MHz運用。ところがリグのPTTを握って声を出してもPWRメーターが触れません。こりゃ駄目だ、と430MHzに転戦。こちらは3局と簡単に交信できます。(山ランメンバー7K4NXB@久喜市とも交信できました。ありがとうございます。)サンドイッチを頬張りながら震えながら交信継続。幸いにガスが一瞬晴れたので もう一度冷静に考えて、もしかして電池がダウン?と考えてリグの電池蓋を外し手持ちの新品に交換するとばっちりPWRメータが触れました。お恥ずかしい限りです。50MHzSSBで小諸市黒斑山移動局と交信できたので心おきなく閉局できます。

13:30分、下山は滑りやすいので注意しながら下りていきます。小さな子供をつれた家族連れが危なっかしそうに降りていきます。子供連れにはややきついルートかもしれません。たんたんとおりていき志津に戻ったら15:00。遅い出発を危惧しましたがなんとか日の高いうちに戻れました。

戻りの東北道は事故渋滞。佐野−羽生間が2時間、というとんでもない電光掲示板情報にたまげて、50号バイパスから4号線バイパスに転進します。 4号線バイパスはかねてから友人から東北東の渋滞時の逃げ道に使える、と情報を貰っていたので今回実地検証。たしかにスイスイと足立区 まで走ることが出来ました。例年より早い梅雨明け、涼を求めての2400mの山はやはり涼しかったですが、アプローチには意外に時間がかかりました。

(シャクナゲがさりげなく咲いていた) (太郎坊方面を望む。ガスが流れる) (山頂はガスの中だった) (戦場ヶ原から男体山)

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