北信州でクラシック山スキールートとブナの山へ −七ケ巻コースと鍋倉山 

(2013/4/13,14、長野県飯山市、下高井郡)


北信州・関田山脈の鍋倉山は見事なブナ林と一日の行動としては手ごろなサイズの山で、山スキーヤーの人気も高い。自分ももう何年も前から行きたかったのだがいかんせん自宅からは遠い。しばらく二の足を踏んでいたが、週末一泊すればいけるだろう、それも長野新幹線とレンタカーならアクセスも短い、と、Sさん(JI1TLL局)とともに出かけてみた。野沢・戸狩あたりの民宿に泊まって、初日は雪の状態がよければ野沢温泉スキー場から七ケ巻集落へ下りると言うツアールート、翌日鍋倉山を狙うと言う予定。週末の二日間、天気予報は晴れマーク。問題ないだろう。

1・野沢温泉スキー場から七ケ巻コース (2013年4月13日)

(ブナ林の水尾山山頂。
のどかな春山の気分が横溢する。)
(急な北尾根は
意外に滑り易かった。)
(水尾山北面から無事に
林道に軟着陸した。)

野沢温泉スキー場の中腹当たり、林道コースからスキー場を離れ千曲川の七ケ巻集落へダイレクトに下りる、と言うこのコースは山スキールートの中ではクラシックなものらしい。白山書房の「日帰り山スキー特選ガイド」(佐藤明著)の同ルート記事を参考として臨む事になる。4月半ばのこの時期、ポイントは下山地となる七ケ巻集落の雪のつき方だろうと考え、始めに七ケ巻集落まで車で入ってみる。ここから見てツアールートに雪がないとなると今回は無理だろう。スキーを持って薮くぐりは辛い。七ケ巻は小さな集落で、火の見櫓の横から広い谷筋に伸びる細道を登っていくとすぐに集落はなくなり畑となる。側溝に雪解け水が勢いよく流れ、そこそこに残雪が出てきた。ここからはツアールートを北面から見上げることになる。雪は腐り気味のようだが尾根筋にはしっかりついていることが確認できた。これならここまで野沢温泉から滑ってくることは可能だろう、と判断、野沢温泉に戻る。

豪雪の地で知られる野沢温泉スキー場もさすがに4月半ばだと下部ゲレンデは雪がない。それでも第一駐車場は満車状態で、辛うじて沿道にレンタカーを停める。長坂ゴンドラを使って一気に海抜1400mの上ノ平ゲレンデまで登ると流石に雪がまだまだ多い。スキー場の最高峰・毛無山まではリフトをもう一本乗り継ぐことになるがやや時間に余裕がないのでこれはパスしてここから一気にツアールートを目指すことにする。

上ノ平ゲレンデはほぼ平坦で足慣らしには持って来いだ。Sさんはこのゲレンデでスキーを覚えたと言うことで懐かしそうに周りを見回している。クワッドリフトがかかるこのゲレンデもSさんがスキーを始めた当時はJバーだったと言う。ワックスはゴンドラの中で塗っておいたのでさぁ滑走だ。今回の板は130cmのショートスキー。かねてからジルブレッタをつけた130cm板で薮の中を快適にルート取りをしていたSさんを見て、自分も短い板に興味があった。たまたま行った近所の古道具屋で5000円で130cmの中古板が売られていたので衝動買い。どうみても子供用の板としか思えぬが一応フィッシャーのカービング。ちゃちなアルペンビンディングをテレマークの3ピンに換装して持ってきたのだがどんなものか。・・・滑り出すとターンの軽さに驚いた。軽いと言うか不用意に回ると言うか、コントロールが効かない、というか。しかし考えようによっては小回りが効いて面白い。適度な緩斜面なので下手な自分でもテレマークターンが決まり心地よい。

この季節はいえまだゲレンデスキーヤーとボーダーは少なくない。上ノ平ゲレンデを下りきると、コースはそのまま90度向きをかえる。野沢温泉に向けてダイレクトに下るパラダイスゲレンデの上部に出たことになる。とここから真正面に明日登る予定の鍋倉山が大きい。雪をたっぷりとまとって当たり一体の盟主といわんばかりの立派な山頂だ。よし、明日登るから待っていてくれ、と挨拶。

さてツアールートはこのパラダイスゲレンデの下部、パラダイスフォーリフトの乗り場から北に向かって伸びる林道に入ることになる。今回のツアールートはこの林間コースにはいってすぐの灯篭木峠(海抜1014m)からスキールートを外れてバックカントリーに入ると言うもの。ガイドブックに書かれていたとおりで灯篭木峠・1014mは林道が90度西に向けて直角に曲がる地点にあり、目の前には携帯電話の基地局があるのでまずはこの入山地点を見逃すことはない。高度計を更正して12:55、スキー場のコースを外れていよいよ七ケ巻へのスキーツアークラシックルートに一歩踏み出した。

(今回のルート図。GPSデータ
をカシミール3Dに転送)

ガイドブックには「美しい疎林帯から千曲川に向けて滑り込む、忘れられた名ルート」と書かれている。期待と緊張で胸が躍る。ここからこのルートの唯一の登りとも言える水尾山(1044m)に向けて歩き始める。このルートはここ以外は登りが殆どないので今日はザックの中にはシールを入れていない。緩い登りだが早速苦戦する。ステップ板ではないのでズルズルと滑ってしまう。Sさんは諦めよく腰紐にスキーをくくりつけシートラーゲンで上り始めた。自分も諦めて板を外してザックのサイドにくくりつける。板が短く軽いので助かる。10分程度進むと平坦になった。針葉樹の中やや小ぶりだが立派なブナも点在する。水尾山山頂まではゆっくり歩いて、13:25。ここで遅めの昼食を取る。このルートに入ってから明瞭なトレースはなくここしばらくの入山者はなさそうだ。静かで、天気も申し分ない。Sさんがハンディ機で145MHzをワッチすると十日町市からのCQが聞こえてきた。Sさんに続き自分もこの局をコールして無事山ランポイントをゲットする。

14:05、スキーを履いて、いよいよ下りだ。見下ろすと遥か眼下に北に向けて延びる尾根が延びている。あれに乗るのか。ガイドによるとここからの下りはじめは尾根が明瞭ではなく、「50mほど北北東向き尾根でおりてから一本左の北向き尾根に移る」、と面倒なことが書かれている。小ぶりなブナの疎林を見下ろして滑りやすい尾根を下ってみる。割りに急斜面であるが雪がよくターンが心地よく決まり気持ちよい。少し下りると目指すべき北尾根がやや左手だ。それを目指し左に向けて斜面をトラバースしてから未だ顕著でない尾根に乗りここを下る。ショートターンが心地よい。すぐに明瞭な尾根になり傾斜も緩んだ。案ずるより生むが易しで、きちんとガイドブックに書かれたとおりに下りたことになる。もっとも目指すポイントが見えている絶好の有視界だからであり、天候が悪かったらこうはいくまい。ほぼ下りきると左手から雪に埋まった林道が合流したようでここからは平坦な尾根筋の林道歩きとなる。

ガイドブックの示す次のチェックポイントは838mピークの尾根に乗る為の分岐で、北上するこの尾根筋にある939mピークのすぐ先あたりで「腕木式信号機が雪面から顔を出している。ここが838m尾根への分岐点である」と言う。そこから「尾根を外して北北西に伸びる尾根に乗れ」、とある。進路をしばらく進むがそれらしいものはない。このガイドももう10年前の発行なので、あるいはくだんの信号機は撤去されたのかもしれない。ここは読図。高度計、地形図とコンパスを駆使して二人で地図を読みあえば確実だ。腕木信号機はないもののこの先林道が緩く東に屈曲しているし939mピークらしい高まりも通り過ぎたので、ここが尾根を外れるポイントだろう、と判断して14:45、林道から樹林帯の中に進路を変える。濃い樹林を抜けると果たして目前に目指す838m北北東尾根が延びていた。

一旦屈曲してきた林道をクロスしてそのまま尾根を目指す。雪は多いがすでに小枝が雪面から顔を出し始めておりやや煩わしい斜面となった。838mピークは顕著な高まりではなくいつ通過したかは分からない。(後日のGPSデータによると15:03になっている) 雪面に折れた小枝や葉などが目立ち始めた。この先で尾根が北東と北西に分岐する。「838mピークをすぎたところで慎重に北西尾根に乗ろう」、とガイドにはあるが、この尾根の分岐あたりは濃い樹林帯となっており見通しが利かない。しばらく場所の同定に迷うが周囲の地形を読んでここが分岐だろう、と西側の尾根の縁をトラバース気味に滑ると林が途切れすぐに明瞭な尾根の上であった。これで北西尾根に乗ったことになる。

ここから先の尾根の滑走はガイドブックにはこのルートの中の白眉であると書かれているので期待も大きくスキーを進めるが、標高が下がったこともあり雪面から顔を出す枝がより増えて煩わしくなってきた。快適な滑走とは程遠い。それでもスキーを進めると前方眼下に疎林越しに千曲川が望めた。山上から山里へ向けて尾根を辿って滑っていく・・、いかにもスキーツアーをしているようでなかなか気分がよい。赤テープがこのあたりでは目立ち始めて心強い。地形図の609mピークを過ぎると傾斜がやや急になり、枝が散乱して滑りにくい斜面となった。雪質も明からに水尾山付近とは異なっており、腐った春の雪だ。ターンで引っかかる感じが残り足が疲れてきたのか、枝に足をとられて転倒することが増えてきた。リカバリーには体力を使う。いかなる雪質でも転ばぬことがバックカントリースキーの要とはいうがその通りだろう。にわかに勢いづいてきたブッシュの枝で、目を弾かれぬ様に気をつけながら進むようになった。広い斜面で下りに苦闘しているといつしかSさんとはぐれてしまう。大声を出すと尾根の東側からSさんの返答があった。

下るにつれブッシュはますます濃くなり滑ると言うよりは枝を払いながら板を進める場所を探すのに手間取るようになってきた。雪もところどころ切れ始めて進むことが不快になり始める。ブッシュの辛さに休憩も増えてくる。下山するべき七ケ巻集落は進行右手で、樹間から雪原が見えるがあそこにおりればよいのだろう。ここには1980年代初頭まではスキー場があったらしい。あの旧スキーゲレンデに出ればもう七ケ巻集落のはずだ。さて、うるさいこの樹林帯を抜けてあの雪原まで下りなくてはならない。ガイドブックには「標高420m付近で尾根を横切る林道を利用して旧スキー場へおりる」、と書かれているが手元の高度計が400mを示してもまだそれらしい林道にクロスしない。二人で顔を突き合わせ、えーい、とばかり右手の薮をスキーで突破しゆるい斜面を無理やり下っていくとそれらしい林道跡に無事軟着陸できた。林道跡といってももう道の態をなしていないのか、木々が生えており、無雪期とて廃道だろう。これを30mも辿ると広々とした雪の畑の一角にひょっこりと飛び出した。旧スキー場というがそれらしい痕跡はよく分からない。ただ古びた資材小屋のような廃屋が数棟、崩れる一歩手前で立っている。その間を歩いて16:50、スキーを脱いだ。足元をしきりに雪解け水が流れ蕗の薹が山肌に踊っている。春爛漫の、山里だ。

無事野沢温泉−七ケ巻集落の、クラシックルートの走破成功だ。後半はブッシュがうるさく快適な山スキーとは程遠かったが、点と点を結ぶスキーツアー本来の持つ魅力を充分に味わうことが出来たのではないだろうか。ここまで薮くぐりは不快だったがやはり随所随所で読図をしながら会心のルート取りが出来たことが嬉しい。薮山を下って山の里に下山するとはなんとも日本のツアースキーらしいではないか。二人で無事下山の笑みを交わした。

ここでSさんが携帯で野沢温泉のタクシー会社に電話、迎いの車を手配する。七ケ巻集落の火の見櫓まで下りてくると下りきったSさんと私に対して、居合わせた村の人から、「ツアールートで降りてきたか。ご苦労様。野沢に戻るのか?まぁウチへ寄ってお茶でも飲んでいきなさい。」と、声をかけられる。これまたなんという日本らしい光景だろう。深田久弥か川崎精雄か記憶も定かではないが、もう50年以上も昔、山里をスキーで下りたその村の春の風情、そして村人との交歓が、山スキーの最大の楽しみである、といったような事を古い書物で読んだ気がする。現代の山スキーにもそんな素朴さが残っていたのか。自分もそんな先達の感じた山の春と人の心に触れることが出来たのか、となんとも心豊かになる。残念ながらもうタクシーがやってくる。素晴らしいお誘いを丁寧にお断りして、タクシーに乗り野沢温泉に戻った。

滑っているよりも地形図を見てルートファインディングをしている時間のほうが長いルート。滑りはやや旬を過ぎていたようでブッシュとの格闘が半分を占めた。もう1週間早かったら随分とルートの様子は違っていただろう。それでも下山地までほぼスキーを外すことなく下りきれた。まさに山の旅をした、手軽なルートではあるが、そんな満足感を味わせてくれる好ルートだと言えるだろう。

これが実戦デビューとなった130cm板だが、充分実用になると言う判断。どうせ山スキーでは高速ターンなどしないし、いざとなってはザックにくくりつけることもある。何よりも今回のようなブッシュ帯のルートには取り回しの楽さが効いてくる。軽くて簡単。今後も出番が多くなりそうである。

野沢温泉でレンタカーを回収して、途中のローソンで買出しをして予約してあった戸狩温泉の民宿へハンドルを向けた。

(コースタイム: 灯篭木峠12:55 - 水尾山13:25/14:05 - 939mピーク先分岐 14:45 - 838mピーク15:03 - 北西尾根分岐15:15 - 609mピーク15:45 - 廃林道16:39 - 七ケ巻集落上部16:50。 参考文献 「リフトで登る 日帰り山スキー特選ガイド」佐藤明著、白山書房))

(上部はブナ林の中スキーも走る。) (眼下に千曲川がゆっくりと流れていた。) (下部、ブッシュが煩くルートは辛くなった) (ブッシュを抜け七ケ巻の里へ下りた)

2・ブナの山、鍋倉山に登る (2013年4月14日)

戸狩温泉の湯は薄醤油色をした湯で、じっくり湯を使った割には夜中に何度か足に筋肉痛が起きてしまった。昨日の七ケ巻コースでは下りだけとはいえやはり普段使わない筋肉を酷使したのだろうか。

ボリューム満点の宿の朝食を平らげてから鍋倉山の入山地点である温井集落へ向かう。15分も走ると温井集落(海抜550m)で、ガードレールに沿って駐車の他県ナンバーの車の駐車車列が長い。見上げる山肌にはもう何パーティも歩き始めている。鍋倉山はバックカントリーの一大メジャーピークなのだ。千曲川をはさんで野沢温泉の対面にあたる関田山脈、その主峰鍋倉山(1289m)が今日の目的地だ。この稜線は長野と新潟の県境尾根で、信越トレイルと いう名のトレッキングルートになっており、何よりも立派なブナ林が最大の売り物らしい。地元飯山市の作ったパンフレットを眺める。今日のコースのガイドブックは「ネイチャースキーに行こう」(橋谷晃著、スキージャーナル社)。自分をテレマークスキー、バックカントリースキーに誘ってくれた書で、見事なブナ林の中滑るという、巻末に紹介されていたコースだ。その紹介記事に惹かれ長く訪れたかったが今回ようやく念願かなった事になる。

車止めの手前に駐車スペースを確保して、昨日は出番のなかったシールをスキーに貼り付ける。さてここから山頂までは標高差700mのシール登高。山スキー、テレマーカー、それにガイドをつけたスノーシューの団体と山はカラフルなウェアが入り乱れているのには驚いた。高尾山のような混雑と言えばおおげさだが、それに近いものはある。これほどの人気なのか。なんだかなぁとも思うが気のはやる我々も早速その中の一団に加えてもらおう。さて出発だ。

この集落の上部に田茂木池という池がある。駐車した車止めの先にも実は除雪された道が集落上部に向け続いており、それはこの田茂木池まで九十九折れで登っていくが、その縁に雪がしっかりついているので我々はそれをショートカットで登っていく。温井から一気に100mシールで上ることになるがこれがなかなか良いウォーミングアップになる。

上りきると温井から上がってきた車道にぽんと合流する。まだ2m近い雪の壁の上にいきなり飛び出すことになる。前方に鍋倉山が見事な根張りで、その手前から裾にかけては広大な雪の原が広がる。このスケール間は期待していなかっただけありややたじろいでしまう。

壁の縁にそって焦らずに進んでいく。雪原は広くしばらく進むやがて沢状となり前方に小さなロッジ風の建物が現れた。沢を更に詰めてスノーブリッジを渡りこの小屋の横で一本立てる。左手からかなり山肌が迫ってきており、右手には田茂木池からさらに伸びて来ていると思しき車道のガードレールのものだろうか段差が迫り、その真正面は必然的に喉のような地形になっている。前方にこのまま沢を詰めることも可能だろうがさてどうしたものか。Sさんと地図とガイドを広げ思案する。とここでガイドに率先された3人組のパーティが登ってきた。テレマークと山スキーの混成部隊だ。自分達のすぐ隣で小休止した彼らであるが、ガイドが「このままこの段差を登って車道で回っていくのが一番です」と言っている。ここは彼らに従おう、と先行していった彼らのトレースをありがたく追わせて頂いて我々も段差を上がり雪に埋まった車道にでる。と広大な雪原の中半分未だ凍結している田茂木池が眼下に広がりすこぶる開放的な光景が眼下に広がった。地形図によるとこの上にもう一つ池があるのだがそれはまだ雪に埋まっているのかまったくその跡もわからない。

(温井集落から一段上がると素晴らしい
鍋倉山の姿が全面に広がった)
(登るにつれ規模の大きな原となった。
まるで南八甲田に居るような気がした。)
(危なっかしい壁をトラバースするが、
最後に壁が崩れて滑り落ちてしまう)
(沢床が徐々に狭まる。ゴルジュになる前
に斜面に逃げるルートを探さなくては。)

目の前に鍋倉山がますます立派に迫ってきた。その雪の裾野も広大だ。さて我々はどう進むか。ガイドブックの紹介しているルートはこの先880m付近から鍋倉山と北隣の黒倉山への鞍部へ向けて伸びる沢をその登高コースに取るというものだ。ただここまで来ればもうルート取りはいかようにもありそうで確かに目の前に広がる鍋倉の急な尾根を一気に上って直接ピークを目指すのも手だろう。事実豆粒のように前方の斜面を登っていくパーティが見える。が、シールで登っているようだが傾斜がきつく危なっかしそうにキックターンで高度を稼ぎながら登っていくその姿は自分に不安感をもたらしてしまう。一方ガイドブックのコースは等高線も比較的疎な谷で、雪が落ち着いている今の季節には向いているだろう。谷に向けそのまま雪原を登っていく。

まるで南八甲田のようなスケールの大きな雪原だ。ひたすら登るがこのあたりでやや疲れを覚えてきた。何てことだろうまだ400m程度しか高さを稼いでいない。しかもこれからが今日の山の詰めなのだ。ややペースを落として先行するSさんの後を追う。程なく沢の入り口で、左右をゆったりと尾根に囲まれた広い沢に入り込む。ブナの木が倒れ掛かりそうな程立派に迫ってくる。この沢を自分達は沢の上部に向かって右手の台地、つまり左岸をそのルートに取った。と左手の右岸方向後方からに先ほどのガイド連れの3人パーティが現れた。なるほど、やはりガイドさんも沢ルートですか、と一安心。沢はやがてどんどん細くなってきたがこれから進む左岸ルートが急な角度で沢に落ち込むようになってきた。まずい、ここから沢床まで下りないとちょっとこの先のルート取りに苦慮しそうだ。とSさんは適当なところで見切りをつけてスキーをつけたまま尻セードで一気に沢床までの10m近い高低差を滑り降りてしまった。さて、自分はどうするか。まずはエッジを効かせてこの急な壁をなんとか前方20m先の沢床までトラバースしよう、と決め進み始める。雪がグズグズでエッジがなかなか効かない。今滑り落ちてしまうとすぐ眼下にあるブナの木の根の溶けた穴に落ち込んでしまうだろう。怪我の一つや二つは避けられまい。慎重にスキーを進めるがブナの木を過ぎたところで足元の雪が崩れて一気にずるりと5m程度滑り落ちてしまった。とSさんが楽しそうに一部始終をしっかりカメラに収めているではないか。何はともあれ無事沢床に下りれてホッとする。

一呼吸置く。この先この沢床はゴルジュの様に狭まっているようでどこかで再び右岸か左岸に上がらなくてはなるまい。鍋倉山は進行方向左手、右岸側になる。とここで先ほどのガイド連れパーティが下から追いついてきた。ガイド氏は若そうであるが流石にあたりの地形に精通しており、ここから右岸に一気に上がるのが良いですよ、とのアドバイスを頂く。再び先行してその通り右岸に上がっていった彼らのトレースを使わせていただき我々も沢床から一段高くなっている右岸に上りついた。

このあたりは先ほどとは桁違いに大きなブナの林となった。実に見事なブナで思わず見とれてしまう。Sさんがストックでブナの木の上部を指し占める。熊棚だ。なるほど、この森は熊にとってもサンクチュアリだろう。沢の源頭部を過ぎたのか、このあたりからは一気に地形が広がりまるで扇状地のようになった。ブナの巨木が点在するなんともリッチな扇状地だ。前方に空が見えてきてもう稜線が近い。傾斜がやや強くなり胸突き八丁だ。ビンディングヒールピースのクライムサポートをセットすると多少登りが楽になる。一呼吸置いて一歩一歩。が、肝心なこのあたりですっかり足が前に出なくなってしまった。シャリバテだろか、情けない。Sさんはぐんぐん先行してブナの林の中に姿を消してしまった。背後からは先ほどのガイドパーティの声が追いついてきた。なにー、負けてたまるか、とがむしゃらに足を前に出す。すぐに息が切れてザックを下しペットボトルのお茶を口にする。冷たくて美味い。気を取り直してまた進む。辛い。直登するとシールが雪面を捉えきれなくなるような斜度になって、ジグザグに登っていく。ホラもう稜線だ、最後の力を振り絞って登りきり稜線にたった。とすぐそこにSさんが待っていてくれた。前方に日本海側の谷筋の光景が一気に広がり、一瞬汐の香りがしたように感じた。軽く、軽く眩暈を感じてしまう、そんな風景だった。

ここから鍋倉の山頂までは10分程度と訳もない。一足先に進み始めたSさんの後を追って最後のひと頑張り。鍋倉山の山頂1289mは真っ白な広い原のようであり、そこには山スキー、テレマーク、スプリットボード、そしてスノーシュー、とざっとり50人近く、各人各様のギアをつけたパーティで大賑わいだった。真正面に真っ白な火打山と妙高山の姿が圧巻だった。その左手にも頚城の白銀の山々が連なっていく。その更に左手はいうまでもなく日本海だ。以前戸隠の飯綱山へやはりスキーで登った際、その山頂から遠くに日本海を眺めてずいぶんと遠くへ来たと言う気がしたが、今日はより日本海に近づいている事になる。

ザックからパンを取り出して昼食とする。ペットボトルのお茶は随分と減ったが構わずごくりと飲み干す。Sさんがオレンジを半分分けてくれる。甘みと酸味が心地よい。さほど大変ではないだろう、と思っていた鍋倉山も実際にはなかなか大変だった。最後はパワーダウンしたがそれでもここまでスキーで登ってくることができてとても嬉しい。スキー登山は登りを楽しめる事が大切だ、と読んだことがある。その意味ではここまで文句なく満喫できた。

(沢の源頭部近くは
見事なブナ林となった。)
(日本海望む鍋倉山山頂、
一瞬汐の香りを感じた。)
(今回のルート図。GPSデータをカシミール3Dにて付属地形図に
転送したもの)

一息ついたのでハンディ機を取り出して144MHz FMでCQを出してみる。新潟県妙高市鍋倉山移動、とコール出すのが嬉しい。PTTを話すと一発で2局から呼ばれる。先に強い局をピックアップするとこれは新潟の長岡市からだった。59-59で結構強い信号だ。引き続きCQをかけると先ほど重なって呼んでくれた局が再び呼んでくれた。ポータブルセブンと言っているがなんと山形は蔵王・地蔵山からだった。相手は山スキーではなくツボ足登山のようでお互い山岳移動局どうし。52-52のレポートでしっかりとした変調だ。引き続きSさんがその局をコールしてしかし山形市とはずいぶんと飛んでくれたものだ。(後日談であるがこの相手の局はブログをやっており、そこに当局一行との交信の記録がアップされていた。それによると鍋倉と蔵王の間は直線で240kmとのこと。2.5Wのハンディ機にロッドアンテナ式ホイップでこんなDXも可能なのか、と記憶に残る交信となった)

先ほどのガイド連れパーティもいつしか山頂から降りてしまったようで、気付けば山頂には数名程度。ただ尾根ルートから今朝温井集落で見たガイド付きスノーシューの大パーティが登ってきた。我々もここで記念写真を取り、下山だ。ただしルート取りに迷う。このまま尾根筋に標高1000m付近まで下りて、そこから今朝上り始めた沢コースまでトラバースする、というのがガイドブックに書かれているコースではあるが、どうも登りに見た急な斜面をトラバースするのかと思うと気が進まない。また未知のルートなので多少なりともルートファインディングも必要だろう。沢ルートであれば登ってきた道なのでルートは完全に分かっている。Sさんと顔を見合わせてから、沢ルートでの下山を決めた。

スノーシュー大パーティが早くも沢ルートに向かって下り始めたのを見て、一足先にスキーを進める。彼ら一団が尾根を下り始めたらスキーで下りることができなくなる。それでは、と一気に尾根筋に滑り込んで黒倉山鞍部までは訳もない。振り返るとスノーシューの一団が稜線でもう豆粒になっている。スキーの行動力は強力だ。ここから先ほどの扇状地のように小広いブナ林の沢源頭へ向けて滑り込む。斜度も適当でブナの林を縫うように滑り込む。下手糞テレマークターンもばしばし決まる(様な気がする)。思わず歓声が口から漏れる。オー、楽しい。こんな心地よさは、他ではちょっと考えられない。雪が良くとにかくスキーがよく回る。ブナの林は木と木の間が適当な距離でルート取りには気を使わない。一気に標高を下げて登りの際に斜面のトラバースで苦戦した沢のゴルジュまではあっという間だった。

細い沢からあとはゆっくりペースで沢から抜け出して雪原の一角に躍り出た。だらだら下りの雪原はもう足がくたびれたのか滑りが苦痛となってくる。大きな杉の木の麓で最後に一本立ててから、温井の集落までスキーを脱ぐことなく滑り降りて戻った。

あー、もう終わってしまった。夢のように楽しいひと時はもう終わってしまった。振り返ると鍋倉山が大きなシルエットで立っている。今日は夕方彼天候が変わると言う予報だったがその通りで山頂付近にはもうガスがかかろうとしていた。長く憧れていたブナのピーク。ブナ林を縫って稜線を目指し、眺めの良い山頂に立ち、そしてブナ林の中を気持ちよく滑り降りた。自分が山スキーに対して持っていた憧れは、もちろんスキーを履いた藪くぐり、ダケカンバの中の滑走、森林限界を超えた白銀のピークハントもある。しかし本当はスキーでブナの林をゆっくりと辿りたい、それが山スキーへの憧れの全てであった。今日はようやくそんな自分の憧れを満たしてくれる、素晴らしい山に巡り合った、と思う。

満たされた気持ちで装備を撤収。いつの日かの再訪を期して温井集落を後にした。

(温井集落8:27 − 田茂木池上のロッジ風一軒家 9:23 − 沢入り口(海抜880m付近)10:30 − 鍋倉山・黒倉山鞍部11:40/11:52 - 鍋倉山12:05/13:15 - 鍋倉山・黒倉山鞍部13:18−沢入り口(海抜880m付近)13:42 − 温井集落14:30、参考文献 「ネイチャースキーに行こう」(橋谷晃著、スキージャーナル社))

*****

戸狩温泉の共同湯で再び湯につかり、長野駅までレンタカーを走らせる。飯山線沿いの、千曲川沿いのこの谷は随分と遠いというイメージを持っていたが、数年後には飯山にも新幹線が通じ東京からのアクセスが一気に便利になると言う。又、七ケ巻集落から野沢温泉に戻るタクシーの運転手氏の話では、野沢温泉ではオーストラリア人が民宿をやっており、そのおかげでシーズンには随分沢山のオーストラリア人がここ野沢までスキーに来ると言う。そのせいか、温泉の町の中には英語の看板も目立った。また投宿した戸狩の民宿では、浴室に「日本の風呂の入り方」を帰した英語、それに中国語の案内用紙が貼られていた。宿の女将さんの話では数週間後にはオーストラリア人の子供達の団体の予約が入っていると言う。 このような地方にまで思ったより国際化が進んでいるのに改めて驚かざるを得ない。日本の観光業がシュリンクして久しいといわれていたが、こうして国際化を含むさまざな進歩が着実に遂げられているのを目にして改めて驚く。日本も、捨てたものではない。

横浜から長野まで往復は長野新幹線。長野からレンタカーという少し高くついた山ではあったが、2日間タイプの違う山スキーを満喫することが出来た。素朴な山里の人の気持ちに接して、ブナの森を滑りぬけた。素晴らしい山スキーの週末であった。Sさん、お付き合いいただきどうもありがとうございました。


(戻る) (ホーム)