師走の山旅 駿河の山・牛ケ峰と満観峰へ 

 (2009/12・26,27、静岡県静岡市、焼津市)


静岡の駅前は朝からどんよりとし小さな雨粒も混じっている。目的のバスはワイパーを動かしながらやってきた。そんなバスに乗り込んだ面子は例年と同じ顔ぶれで、彼らとの山行は昨年の安蘇の里山以来ちょうど一年ぶりだ。年に一度の年末の日本への休暇帰国を利用しての忘年山行に今年もSさん(JI1TLL) Iさん(JL1BWG)Iさんとご一緒することができた。欠かせぬメンバーであるKさん(JK1RGA)が今回の顔ぶれに無いのは寂しい限りで、山行直前にくじかれたという足の回復を祈るばかりである。

バスが安倍川の支流に分けいると山肌が両脇に迫ってくる。猫の額のようにせまい平地、山を切り込むように奥に延びる谷の風景は圧迫感があり狭っ苦しいが、その麓に点在する集落の風情は妙に心安らぐ。無造作に立ち並ぶ電柱、ふるびた家の横にポツンと置かれたジュースの自動販売機。集落の奥に目をやれば細道の奥、山肌にへばりつくように立っている石造りの鳥居。ヨーロッパに住み初めて四年を越えその広大な風景にすっかりとけ込んだつもりの自分だが、日本の風景はやはり慣れ親しんだ水のようにあっという間に自分の心と体にフィットしてしまう。

初めて来たのに妙に懐かしい、そんな風景が広がるとある集落でバスを降りる。八十岡入り口、というバス停だ。気になっていた雨もすっかりやみ、頭上には雨上がりらしくコントラストの強い青空が空に広がっていた。

小さな流れに沿って林道を歩き始める。左右の山肌には茶畑が広がった。静岡の山らしい風景だ。林道をぐんぐん進むと左手に荒れた椎茸栽培跡地があり、このあたりから余り手入れされていない山なのでは?という危惧が漂いだす。林道の斜度があがり、Sさん、Iさんのペースに追いつけない。まともに山を歩くのは一年ぶりで情けないが結構辛い。登りはこれからなのに。

今日の目的は「牛ケ峰」(717m)。地形図上は「高山」と記されているこのピークはヤマケイの分県登山ガイドには記載されておらず、静岡新聞社による「静岡県の山50選」から探し出した掘り出し物でもある。静岡市民憩いの山、とガイドには書かれていた割には林道終点から先にさらに谷を詰めるコースの荒れ具合はますますきな臭い。

荒れた沢を詰め始めるととにかく足元に注意を払うことに先進する。足元がグズグズで濡れた木の根が嫌な感じだ。とても初心者向けの山ではない。先行するお二人のザックが頭の上で揺れていたが見えなくなってしまった。沢床を離れて斜面につづらおれで取り付く。杉の植林帯で面白みは無いが足元がようやく安定してきて歩きやすくなる。辛い登りだが一歩一歩足を進めていくとぐいぐい高度を稼いでいくことができる。垂れる汗を拭って歩くことに専心すると上から話し声が聞こえてきた。

一息で稜線で、Sさん、Iさんがザックを下ろして休んでいた。地形図上は「高山」のピークのほぼ真南にあたる545m ピークの隣のすこし北側に出たことになる。こちらもザックをおろす。体が急に楽になったきがする。八十岡入り口のバス停が海抜86m。500m 弱を一気に上ってきた。自動車通勤であまり歩くことの無いだらけた生活者にはいささかきついものがあった。

稜線の道もあまり踏まれておらず、いったん下ると高山の池への標識がある。が、この調子だと道も荒れていよう、と一気に山頂を目指す。トラバース気味に登っていくと一気に樹林帯を抜け出て、それまでの荒れたコースからは想像できないほど整備された、公園のような山頂が待っていた。信じられないことに立派な木製展望台もあり、バイオ循環式のハイテク水洗便所まである。展望台に上って謎が解けた。我々の辿ったコースの反対側から真新しい立派車道が延びている。自分の手にした1998年度版のガイドブックにはさすがに載ってはいない。この車道のおかげで従来の登山道はすっかり荒廃してしまった、というのがどうも真相のようだ。

山頂からの展望はさすがに素晴らしかった。静岡市の町並みが近く、その奥には伊豆半島が鯨の背中のように長く大きかった。富士山がその左手にうっすらとしている。Iさんが展望台で50MHz の店を広げ運用を開始する。がなかなか呼ばれずに苦戦されているようだ。伊豆半島を電波が越えてくれれば良いのだが。ようやく1局と交信できたようで、これ以上は無理だな、と言うIさんに代わって、自分もオペレーションをさせてもらう。CQ 連呼するがむなしく田方郡の局と交信できたのは10分以上経ってからだった。

下山は北東に延びる尾根を伝うことにする。ぐんぐん下っていくと廃屋があり、それをさらにおりていく。あたりはどうも手入れを放棄された茶畑のようで、絡み合うお茶の木がジャングルのようでもあり歩きにくい。しばらく下ると杉の植林帯となるがこのあたりから急な谷をトラバース気味に降りていくルートになった。殆ど踏まれていないだろう道は狭い上に、グズグズで滑りやすい。植林の密度は疎で、もし滑ったら一気に下まで滑落しないか、嫌な道だ。先行するSさん、Iさんも重心を落し気味にして靴の裏のフリクションを充分利かせて降りていく。自分もそれに習う。人に歩かれていない低山というのもなかなか厄介だ。

(下山して望む牛ガ峰のピーク) (海鮮民宿の夕食はとてもリッチだった)

しばらく緊張しながら降りていくと沢が近づいてきて床におりついた。冷たい流れにほっと安堵する。林道に出て、敷地という集落までは近かった。久しぶりの山はなかなかてこずらせてくれたように思える。決して登りやすい山ではなかったが、茶畑と素朴な山里が溶け込んだ山並は、日本にいるという実感を味あわせてくれた。バスまであと数十分。ベストなタイミングであった。

* * * *

バスで静岡駅に出て東海道線で焼津に向かう。予約してある民宿は焼津港の近くで、今夜は新鮮で種類豊富な海鮮がたらふく食べられるだろう、と楽しみで仕方が無い。ヨーロッパに住んでいるとやはり日本のように様々な魚料理が食べられるわけではなく、食いしん坊な自分にとって海鮮に対しては渇きに近い思いを抱いてしまう。今回の忘年山行が駿河湾の山になったのも、実はそんな情けない理由が背景にあり、Sさん・Iさんには大変わがままを言ってしまった。

焼津は漁師町とはいえ思ったよりも静かな佇まいで、民宿からは目の前に太平洋が大きかった。師走とはいえ風に棘が無いのはさすがに温暖な駿河だけある。小奇麗な3 階に案内される。廊下の反対側はオーナーの居住スペースで、廊下で息子さんだろう幼稚園くらいの男の子が二人遊んでいる。生活感が漂う様は民宿らしく好ましい。夕食は焼き物、揚げ物、刺身と海の幸が勢ぞろい。宿の看板にしているだけありさすがにどれも美味しくたらふく食べる。山の後の冷えたビールと新鮮な海のもの。そして山の楽しさを語れる仲間がいれば、渇望感を癒してくれるには充分すぎた。食べ過ぎて苦しくなるほどであった。

* * * *

明けて12月27 日、窓の障子を開けると、目の前の駿河湾のかなたから太陽が昇ってきた。今日も良い天気だろう。

民宿でタクシーを呼んで高草山・満観峰の登山口、花沢集落まで走ってもらう。新幹線のガードをくぐって古い街道の面影を残す細道をタクシーは登っていく。山裾に溶け込むかのような宿場町然とした古い家並みとくすんだ紅葉が、あたかも嵯峨野あたりにいるのではないか、という錯覚を起こさせてくれる。

上りついた車道の果てに小さなお寺があり、満願峰へのハイキングコースはこの寺の右手から始まっていた。植林帯の中をつづら折れにずっと登っていく。展望が開け背後に高草山がよく見える。再び登り続けるとひょっこりと鞍部に飛び出した。日本坂峠である。峠の少し上に古びたお地蔵様が祭られている。いにしえの峠道を感じさせてくれる雰囲気のある峠だ。このまま道なりに直進すると静岡市に至るが、満観峰への縦走路はここから左へ尾根伝いとなる。

尾根道は小さなアップダウンが続く。時折右手に安倍川河口と静岡市の展望が開ける。いつしか道は左右に茶畑の広がる稜線を行くようになる。急な斜面をはるか下まで茶畑が続き、モノレールのレールが谷底へ向けて延びている。茶畑の中を歩くのはいかにも静岡の山らしい。幾重にも重なる茶畑を抜けていくと満観峰のピークが待っていた。標高470m。山名の如くすばらしい観望だ。眼下に広がる静岡市、膨大な太平洋、遠望する伊豆半島、視界の左に富士が大きい。広い山頂にはベンチがあり、何パーティもが休んでいた。

ここで無線運用と昼食を兼ねて大休止。風景を眺める限り海まで近くいかにも電波が飛びそうな気がする。Iさんがさっそく50 メガのヘンテナを設営してバンドをスィープする。北関東の移動局なども聞こえてくるがCQ を出すとまったく呼ばれない。この程度の標高では電波が伊豆半島を超えていかないだろうか。それとも静岡市は1 エリアからはありがたくないのか。中京地区にも届かないのだろうか。それでも何局か交信されたIさんのバトンを受け、自分も運用。結局富士市の固定局から呼ばれただけであった。1 エリアは遠い。一方Sさんは430 メガで山ラン局をコールすると、なんとJQ2CKB、 Mさんから呼ばれている。自分も代わってもらい久々のQSO。今も頻繁に山に行かれているとのこと。Mさんとの交信は7,8 年ぶりではないだろうか。ハムフェアの「山と無線」ブースでも何度もアイボールをしており、元気そうなお顔が目に浮かぶ。アマチュア無線・山岳移動を通じていつしか各地に出来た知人。こんな素敵な趣味もなかなかあるまい。

あれほどいた他のパーティもまばらで、すっかり山頂に長居してしまった。縦走はまだまだ後半戦が待っている。茶畑を左右に見ながら再び稜線を東へ進む。作業道がいくつも分岐していくが主稜線を辿っていくだけだ。再び植林帯の中に入ると巻き道と丸子富士のピークへの分岐がある。やや登り丸子富士。展望はない。ここは山ランポイントになるかは不明だが念のためIさん、Sさんと奥の手交信をしておく。再び降りていく。稜線は明瞭さを失いこ広い地形となる。茶畑のモノレールの残骸や古びたワイヤーなどが散乱する箇所をこえてさらに進む。小さなピークを超える。このコース、なかなか歩き甲斐のあるルートで展望にも変化があり、尾根歩きの楽しさを充分に感じさせてくれるルートといえるだろう。さらに進むといきなり林を抜け、小さな岩峰がある。朝鮮岩のピークだ。ここからの展望は素晴らしかった。ピークの下に安倍川がうねっており、静岡市内を走る車も見えそうだ。安倍川河口の発電用風車がゆっくりと回っている。縦走の最後を飾るにふさわしいビューポイントだった。

あとは標高差300m 弱を一気に降りていくだけだ。植林帯の中をジグザクに下っていく。小さなお堂の裏手におりつく。里道に出てJRの安倍川駅までは20分ほどであった。

****

下り東海道線で焼津に戻る。今日半日以上かけて歩いたルートを電車は数分のトンネルで抜けてしまう。焼津駅でタクシーを拾い民宿に戻り荷物をピックアップ。その足で焼津黒潮温泉までつけてもらう。山旅のあとの温泉は最高だ。こんな大きな湯船にゆったりつかれる日本のお風呂文化はなんと素晴らしいのだろう。浴槽の外で体を洗えぬ自分のヨーロッパでの普段の生活はシャワーのみ。やはり湯船で芯まで温まることは気持ちがよい。

湯冷ましにゆっくり歩きながら温泉の受付で聞いた港の寿司屋へ足を進める。二日間の山行の締めに悔いを残さずもう一度海鮮を食べていこうという算段であった。素朴な山里に加え今回は静岡らしい茶畑の中を歩き、新鮮な海の幸を味わうという、山と食を満喫することが出来た。温泉も、海鮮も、普段日本にいる分には当たり前過ぎて何のありがたみも感じまい。日本のよさをこうして改めた感じることが出来たのはしばらくそれを味わえない場所にいたからだろう。例年のごとく師走の山旅に付き合っていただいた友人に感謝の思い新たにする。

日本の味をかみしめることの出来た駿河の山だった。

(駿河の山は茶畑に彩られる) (満願峰への登山口には秋の名残) (満願峰の縦走路からは茶畑を左右に望んだ)

(戻る) (ホーム)