小さなバックカントリースキー・入笠山へ 

 (2005/1/22、長野県諏訪郡富士見町)


富士見パノラマスキー場のゴンドラ駅、ゲレンデに向かうスキーヤーとボーダーを尻目にゲレンデとは反対側に伸びる林道の前でスキーを履いた。今シーズン初のバックカントリー、滑りの要素はほとんど無いショートコースだがそれでも出発前の高揚感がある。

細板に皮靴の組み合わせ。カチリと3ピンビィンディングを締める。足元がとても軽い。このところゲレンデテレマークは太板にプラスティックブーツだったせいかこの足元は心もとない感覚だ。これで上手く行けるのか。しかしこの軽快感は何だろう。足が勝手に動き始めそうだ・・。緩い林道をゆっくりと登り始める。板のステップカットが良く効いて登り切る。右手正面に電波中継塔の敷地がありその裏手に向けて踏み跡が続いている。が、このまままっすぐ林道を降りる事も出来るようだ。

(雪山に映える空は青いというより黒い。
日常では味わえぬこの色の深みが自分を
バックカントリーに誘うのだろうか。)
林の中に点々とウサギの足跡が
伸びていた。山の空気に自分も同化
するような感覚に襲われた。) 

ちょうど後からバックカントリースキーヤーが登ってきた。テレマークではなくフリッチをつけた山スキーだ。そのまままっすぐ滑って行く彼を見て自分も後を追う。スノーシュー、つぼ足、スキーのシュプールの混じる林道をボーゲンで100mほどおりると左手に入笠湿原を示す指導標がある。ここを滑るのか、という狭く短い下りが密な林の中に続いており思案にくれる。先行の山スキーヤーはここを難なく滑っていってしまったが。こちらはやや迂回するように林間を半ば歩くようにして進む。樹林帯の中にウサギの足跡が点々と伸びている。静かだ。シーンとした雪のバックカントリーに自分が吸い込まれ行く。これだよ・・・。これに会いたかったのだ。

柔らかな粉雪の中をゆっくりと滑っていく。視界が広がるとそこは雪原と化した入笠湿原だ。ここから先はのぼりが続くはずだ。シールを貼って急坂を登ると再び林道に出た。先ほどの林道をショートカットした訳だ。わずかな登りの林道はステップカットでも十分だが着脱が面倒でシールを履いたまま登る。山襞を回ると目の前に目指す入笠山が大きい。これからあの頂まで。標高差はたいしてない。

マナスル山荘への荷揚げのスノ−モビルが登ってきた。回りこんでやや登ると大きな天体望遠鏡ドームの有るマナスル山荘で、通年営業の立て看板の後ろから小屋の暖かそうな煙が上がっている。キナコ餅のメニューに気が惹かれるが、登ってしまおう。

その昔はスキー場だったと聞く白い一面バーンの横の樹林帯に沿って踏み跡が続いていた。スノーシューの二人連れとつぼ足の一人、そして先ほどの山スキーヤーが登る準備をしているところで、彼らより一足先に上り始める。左手のバーンはふかふかのパウダーのようだ。帰りは滑ってみようか。自分には無理そうにも思えるが・・。入笠山はスノーシューの入門の山として人気があるようで、そのお陰でスノーシューの左右一対分の幅、約70、80cmにわたって徹底的に踏み均されており、まるで雪の雨樋の中を登っているようなものだ。板が潜らないのはありがたいのだが。

斜度が強まりヒールピースのクライムサポートがありがたい。シールが良く効いて快適に高さを稼いでいく。一面の無木立バーンを離れるとやや急になりそこからコースも曲がりくねったものになる。こんな雪の登山道をスキーを履いたまま登っていく。いったい何故スキー?と自問自答がわいくる。全く、物好き。つぼ足のほうがずっと楽なはずなのだ。

傾斜が緩み煩い潅木の中をトラバース気味に歩いていく。再び斜度が強まりストックを突いて一息を入れる。毛糸の帽子を取ると頭がひやりとして気持ちよい。サングラスを通して見る潅木の向こうの空は青いというよりも黒い。純白のバックカントリーで見るこの黒い快晴の空の色合いは全く非日常的な深みの有る色で、雪のある山への憧れがつきないのはこの深い淵を知ってしまったからかもしれない。

ブッシュを抜けると黒い青空が手招きをしていた。斜度が上がりシールが滑り始める。なんとか乗り切ると、大展望の山頂が待っていた!

山頂はまさに360度の展望台。ぐるりと。木曽駒、御嶽、乗鞍、霧が峰、蓼科山、八ケ岳、甲斐駒、富士山・・・。登った山、憧れの山、名を知る山、名を知らぬ山。寒風で雪が一部飛んでしまった山頂。その風に火照った体もあっという間に冷えてくる。風をよけてアマチュア無線・430MHzの開局。北杜市に住む山好きのOMが呼んでくれた。入笠山はもちろんの事日向山や諏訪・甲府近郊の山に良く登られるという。一局の交信でも山の好きな局との交信は心に残る。満足して閉局する。テルモスにいれてきた暖かいコーヒーで一息いれる。10人以上の登山者であふれる山頂にはそこかしこに満足そうな声と笑い声であふれている。雪のフィールドに出てわずかな苦労でこんな素晴らしい展望と溢れる充実感を手ごろに味わえるのだ。満足がはちきれるのをとめる事は困難だろう・・。

さて下山。シールをはいたまま滑り降りると多少の斜面までは大丈夫だが、斜度が強くなって転倒。そもそもあの雪の樋をすべる事は自分には不可能。板をはずしてずるずる引きずりながら登山道を降りていく。登山道の雪は締まっていて快適に足が進む。下からスノーシューの20人近い団体が登ってきた。「スノーシュー体験ツアー」と書かれた旅行社のバッチを胸に着けた一団。雪山の、ローラー隊だ。しかしこの程度の固さの雪ならばつぼ足の方が登りも下りもはるかに早い事だろう。かえってその足元が重そうに見えて仕方が無い。キックでステップを刻む事も出来そうにないスノーシューは深雪の平地を歩くのには向いているだろうがこのようなコースにはどうなのだろう・・。もっともスキーを引きずって歩いて下りていく何処かの誰かさんもいるのだから大きなことは言えない。

板をつけたり脱いだりしながらおりていくと先ほどの大斜面。さて、いくぞ。シールを剥がすピーッという音が小気味良い。意を決して滑り降りる。雪が深い。膝の半ばあたりまで潜ったままシュプールをつける・・・気持ちがいい! とはいえこんな雪ではとてもターンが出来ない、キックターン。ジグザグに降りるとあっというまに林道まできてしまった。

今日一番の短いハイライトは、あっという間に終わってしまった。テレマーク姿勢も、テレマークターンも、へったくれもなかった。何も出来なかった。でも滑る事が出来た。それだけで充分だった。

林道を滑るに任せて下っていく。入笠湿原で再びシールを貼って切り開きを登っていく。上りきって振り返ると手前に小さな雪の湿原と、その後ろにさっき踏んだばかりの入笠山が黒いブッシュの上に白い山頂を見せいていた。

* * * *

スキー場を革靴と細板で下りていく事は自分には出来そうに無かった。下りのゴンドラの客となって富士見パノラマスキー場を後にする。当初予測したとおりそもそもスキーに向いている山ではあまりなかったようだ。それにもまして自分の足前ではスキーが活躍出来るはずもなかった。歩いて登ったほうがはるかに早かった事だろう。なにしにスキーで行ったのか、良くは分からない。でも自分のやりたい事はそれなりに出来たのだ。こんなお手軽なバックカントリーの小ツアーでも、大展望と登行の充実、そしてほんのわずかの滑走の満足があれば言う事が無かった。

富士見駅から奮発してあずさで八王子まで。ビールの酔い、うたた寝がてらに浮かぶはいつもと同じ今日の山の余韻。夢うつつの反芻ほど楽しいものはやはりなかった。

(終わり)

コースタイム: 富士見パノラマスキー場ゴンドラ駅10:20-マナスル山荘11:05−入笠山・アマチュア無線11:45/12:20-富士見パノラマスキー場ゴンドラ駅13:45

スキー装備: Fischer Outboundcrown 178cm + ロッテフェラ- Super Telemark(20mmカーブ)、Garmont Tour

(ステップカットの細板に
皮靴は軽快な組合せだ)
(樋のようにえぐれた登山
道をスキーで歩いた)
(入笠山の山頂では
大展望が待っていた)
(ハンディGPSで取得した今回のコース。カシミール
3Dとその付属地図を利用。赤・往路、青・復路)

アマチュア無線運用の記録

入笠山 1965m 長野県諏訪郡富士見町 : 430MHzFM運用 STANDARD FT60 + ホイップ 1局交信


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