ツツジに会いに 黒川・鶏冠山 

(2005/5/24 山梨県塩山市)


五月の低山歩きの味のひとつにツツジの花に出会える事が挙げられるかもしれない。木々の緑に映えるツツジの朱がいかにも光鮮やかな五月を演出してくれる。そんなツツジの光景は四季折々異なった美しさを見せてくれる日本の山の、春から初夏にかけての部の代表的な光景だ。どの季節にも好きな山の光景が自分にはあるが、春であればツツジを味わうことなく次の季節を迎えることは出来ない。匂いたつ紅の山へ、行かなくては。

奥秩父から大菩薩近郊の山であればツツジも咲いているだろう、といつものようにJK1RGA河野さんとともに柳沢峠をめざした。大菩薩北方の柳沢峠、自分では中央高速の勝沼IC経由を当然のごとくアプローチのルートとして考えていたが河野さんは奥多摩湖経由丹波山村を超えていっても時間はさして変わらないだろう、との事、高速代も浮くのでそちらで行くことにする。

(稜線に上がると期待通りにトウゴクミツバに出会えた) (鶏冠山へは木の根の張った急登だ)

黒川鶏冠山は青梅街道の柳沢峠から入山するのが一般的ではあるが実は林道のゲートが開いていれば、途中のその林道を利用することで柳沢峠からかなり黒川鶏冠山に寄ったところまで車で入ることが出来るという。柳沢峠が近くなった時点で地形図に目をこらしてその場所を目ざとく発見するとハンドルを左に切った。なかなか整備のされた林道であまり苦にすることなく奥に進んでいく。標高を稼ぐと言うよりは懐深くまで入っていくと言う感じで登りも殆どなく、ただ山のひだに沿って奥に進んでいく。ものの10分も進むと看板があり広場があった。「新横手峠」とある。目指す黒川鶏冠山への看板もある。柳沢峠からの登山道はこの林道を進行方向に更に2,3分進んだところにその合流地点があった。これで柳沢峠からここまで、約45分は登山道をショートカットしたことになる。「いやいや、結構奥まで来ちゃいましたね。」河野さんと苦笑ともつかぬ曖昧な笑顔を交わす。以前はこのように楽をすることに罪悪感を感じていたが山歩きの回数も山行の密度も下がってしまった最近は名より実を取らざるを得ない。楽できるときは楽してしまおう・・・。

身支度をして歩き始める。やや下ると柳沢峠からの登山道に合流した。ジムニーなら通れそうな幅の広い登山道が続く。僅かな登りに息が上がる。「なんか、こんなのでキツイなんて情けないですねー」「最近登っていないからね・・」残念ながら二人のこの会話も定番と化しつつある。山はどんな小さなものでも定期的に登っておかないと体がついていかなくなる。反省すること、しきり・・・。

落合集落への分岐を分けると道は尾根の下をトラバース気味にたどる様になった。この尾根の上に黒川鶏冠山があるのだろう。右手は深く落ち込んで入るが樹林があり別段恐怖感はない。たんたんとゆるく登っていくと意外に早く尾根の末端まで登りついてしまった。山頂までここから数分であろう。

黒川・鶏冠山はその名のとおり黒川山と鶏冠山に二峰からなっており、まずは鶏冠山にむかう。こちらは岩峰で山頂には小祠もあるという。ゆるく尾根の背を乗り越すと反対側に向けて緩い下り道が続いていた。その山肌には緑の中に期待通りの朱が混じっていた。

「河野さん、咲いているよ。」

声が弾んで胸も弾む。まだ盛りまではもう少しだろう、しかし、この緑とツツジのこの色はなんと形容したらよいのか。ブナやコナラの混じる天然林は四季折々の美しさを見せるがツツジに彩られた新緑の季節はそんな彼らの晴れ舞台とも言えるかもしれない。夏にはゆったりと茂る葉がぎらぎらとした陽光をさえぎり力強いコントラストを生んでくれる。秋も良い。濃紺ともいえる高く澄んだ空の下に赤や黄に染めた葉が映えわたる。冬、葉を落とした木々に淡い日差しがあたるとそこには簡素でいて立体的な陰影が生まれる。そして春、瑞々しい緑は周りの空気までをフレッシュなペパーミント色に染め上げる。そんな風景に色を添えるのがツツジの朱だ。鮮やかな緑に映える朱。透明で、瑞々しく、そして柔らかな空気が周りを包み込んでいる。そんな山の中を歩く。どれも良い。それぞれの季節に応じた山。今日はこの空気を味わいたくて、とっておきの緑と朱に溢れる山を目指したのだ。

道を下りきるとタルのようになっており落合方面への登山道が分岐している。そこからは木の枝の出た露岩の急登で小ピークに立つことができた。鶏冠山山頂だ。此処にあるといわれていた小さな祠は見当たらない。岩がちの山頂にはのんびりもできない。潅木の合間に奥秩父の山並みを望むだけにして元に戻る。先ほどの尾根の背までもどりこんどは尾根の上を西へ戻るようにたどると今度は三角点のある黒川山の山頂だった。

小さな広場と手書きの山名標識があるだけのここも良いが無線運用には長居しずらそうだ。この先には見晴らしの良い展望台がある、とのことなので先を急ぐとツツジに彩られた小さな岩の高みにでて、ここが展望台だった。なるほどさすがに展望はすばらしい。すぐ目の前に大菩薩嶺が大きくたっている。目を反対に転ずると笠取山方面だろうか、奥秩父の主稜線が鯨の背のように長く続いている。

此処はやや狭いがアンテナも立てやすく無線運用するにはこちらのほうが良いだろう。なるべく展望の邪魔にならないところで店を広げる。久しぶりに50MHzは自作のSSB/CWトランシーバーを持ってきた。冬から五月連休にかけては山スキーばかりやっていたので無線もハンディ機一台で済む144/430MHzを運用していた。それも各ピークで1、2局のみ。腰を落ち着けられる今日は長くご無沙汰していたおかげかSSBの変調音が妙に嬉しい。知った局のCQが聞こえてくる。やはり50MHzはバンドをスィープするだけでホッとする。装備はやや大掛かりになるが愛すべきメイン・バンドでもある。

山梨県塩山市移動。結構呼ばれる。久しぶりだからか緊張もするが知り合いにも呼ばれるうちにいつものペースとなった。20局ちかく一気に呼ばれる。無線に重きをおいた山もやはり悪くない。心地よい運用だった。河野さんはアワードのために25局交信を目指しており430MHzで頭打ちになったところで50MHzにスイッチすると今度は良く呼ばれてノルマ達成もまじかだろう。

この狭い展望台は黒川・鶏冠山の中では屈指の眺望を得られる個所であるせいか、客足は絶えない。ただ旅行社のツアー登山者の一団が次々に訪れるのには閉口した。ツツジの山としては絶好のツアー対象なのかもしれないが、この山のキャパシティに対しては明らかに超過しているように思えた。

二人とも無線を満喫したころにはもう来訪者もまばらな時間となった。どちらからともなく笑みを浮かべツツジに彩られた山を後にする。ツツジの盛りも、新緑の盛りももうあと少しかもしれない。が、季節感を今年も山で味わうことができて大満足だ。四季折々の違う顔に触れられる事が日本の山のすばらしい事なのだ。

* * * *

車に戻り柳沢峠まで車を進める。ここから片道20分程度で”柳沢の頭”があり山ラン有効ポイントだ。折角ここまで足を伸ばしたこともあり稼いでいくことに二人とも異存はなかった。駐車場に車をおき緩くカラマツの林をのぼっていくと静かな山頂が待っていた。甲府盆地の遠景がガスに滲んでいる。1200MHzで手短に交信を済ませるとあとは下りるだけだ。にわかに降り始めた雨音を気にしながら足は速まる。「帰りに丹波山村の日帰り温泉にでも軽く入っていきましょう」、と二人の意見は一致して奥秩父の山を後にする。アスファルトに雨の黒い染みが急速に広がり、五月の山の匂いに雨の匂いが加わった。

悪くない。柔らかな、春だった。

(新横手峠には駐車場もあった) (カラマツの林の中、空気が緑色だ) (湯上りに登山道で摘んだ竹の芽を味わう)

(終わり)


アマチュア無線運用の記録

黒川・鶏冠山 (山梨県塩山市)50MHz SSB/CW運用 自作トランシーバ(出力4W) + ダイポール
柳沢の頭 (山梨県塩山市) 1200MHzFM運用 STADARD C710


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