静寂のブナ林を縫ってショートスキーツアー・鎌房山へ 

(2005/2/21、福島県岩瀬郡天栄村)


毎度の事ながら家族旅行の行き先を決めるのにも自分の山行計画を絡めてしまうのだから全く自分は病気と言って良いだろう。今回のスキー旅行とて同じである。雑誌「山と渓谷」2月号の山スキー特集記事に載っていた福島県岩瀬郡の鎌房山が脳裏にずっと残っていた。ゲレンデトップから往復するという標高差も少なく手ごろな3時間コースだ。これなら短時間ですむし難易度的にも自分でも行けよう。スキー旅行のついでにはもってこいだ。ゲレンデは「グランディ羽鳥湖スキー場」となる。家族はそんな自分の行動パターンを熟知しているのでスキー用具に混じって山用具の入ったザックを準備していてももう何も言わなかった。

(森の中を一歩一歩歩く。雪のスクリーンに
静寂の影が伸びる。自然と一体感を味わう、
そんな言い古された言葉を本当に実感できる
ように感じる。)

一週間の疲れが溜まっていたのか、4時半の目覚ましに気づくこともなく目が覚めたらもう6時が近かった。慌てて家族を起こし家を飛び出す。幸いに湾岸首都高から東北道はがら空きで家を出て2時間で福島県の白河ICまで来てしまった。我々家族のスキーをやりたい気持ちが所要時間を短縮させてくれたのかもしれない。が肝心の天候のほうは下り坂の続いたこの数日から回復傾向とはいえスキー場に向け高度を上げるにつれて暗いガスの中に入ってきた。しかも風が強く木々が大きく揺れている。これでは今日の鎌房山行きは無理だろう。

初日はゲレンデでの練習だ。このスキー場にはもう15年近く前に一度来たことがあるはずだがその記憶も全く無かった。林間を使ったコースは好感が持てるがやたらと風の強い日でコースはそのせいかガリガリ。そんな中子供たちはボーゲンの直滑降でかっ飛ばしていく。昨シーズンに覚えたようなスキーだがやはり子供は覚えが早い。では一枚脱皮を、とシュテムからパラレルへのやり方を長女に教えようとすると露骨にいやな顔をする。「パラレル出来なくてもいいもん」とまで言う。こんなところまで来て親から講釈を聞かされたくないのだろう、もう、それなりの人格と自己主張の出来る年齢なのだ。それを今でも意のままにコントロールしようと思うのは間違えなのはわかっているが、そうしないと気がすまない、子離れの出来ていないのは自分だった。

一ヶ月前家族で長野の「ブランシュたかやまスキー場」に行った際にテレマークスキー教室に入校した自分だが、その講習内容を思い出しながら滑ろうとしても上手くいかない。山足に上手く体重を乗せられていない事が分かってはいるがなかなか思うようにはいかないものだ。体重のかけ方が悪いのだろう膝上の筋肉が張ってきた。下手糞なテレマークは苦行でもある。子供たちは元気があまっているのか容赦なく滑りまくり、自分も家内もついていくのがやっとだった。ナイター照明が灯る時間まで、皆も満喫したことだろう。

* * * *

翌日、起きたて一番で窓を見ると昨日とはうって変わりすばらしい好天だ。風もない。これならば行けるだろう、はやる気持ちでゲレンデトップに上がる。430MHzでの家内との定時連絡の時間を決めてゲレンデを降りていく彼らを見送った。

ゆっくりとシールを貼る。昨日あたりをつけていたように山頂に向かって左手の樹林帯の中に踏み込んだ。煩い潅木帯で板を絡ませないように足元に気をつけながら進むと顔や腕に枝が飛び込んでくる。藪漕ぎは身の回りすべてに気をつけなくてはいけない。ヤマケイの記事から右手に逃れれば林道に出ることが分かっていた。辛いブッシュも7,8分で、まるでトンネルを抜けるかのように真っ白な広い空間に飛び出した。林道だ。

ここで濃紺の空の下に広がる鎌房山を前にした。素晴らしい爽快感。目指すピークはなだらかな盛り上がりで、あぁこれからあそこに登るのか、と期待が高まる。コースの目印になる電波中継塔も視界に入った。

幅3m程度の切り開きをゆっくりと登っていく。雪面は表面がクラストしているが強く踏み込むとパリパリと割れる。モナカ雪だ。自分の技術では下山は苦戦する事だろう。幅広のシュプールはスノーボードか、それにスノーシューの踏み跡が曖昧に残っている。今日のものではないだろう。昨日あの天候の中を登った人がいたのかもしれない。

電波中継塔を通り過ぎてもなおも林道の登りは続く。足元にシュカブラ。気まぐれなその模様、その美しさには強く惹きつけられるが、同時に心の奥に感じる胸騒ぎを抑える事が出来ない。波打つその模様にそこを通り過ぎた風の強さ、音を感じとる。雪山を吹く烈風。それは自分にとっては厳しすぎる非日常的なもの、だからその痕跡を見るのにもやはり不安を抑えられないのだろう。そんなクラストしたその模様を破って小さな直線的な足跡が潅木帯の中に伸びている。キツネだろう。自然は素晴らしい。バックカントリーに出て頭のてっぺんから足の指まで、まるで血が入れ替わっていくような感覚を味わうのだ。

(シュカブラの雪面にキツネの足跡
がのびていた)
(今回のルート。ハンディGPSデータをカシミール
3Dにダウンロード、同ソフト付属地図上に展開)

林道終点。進行方向はここで南西からほぼ真西へ向きを変える。コンパスに進行方向を再セットする。先行者の淡いトレースを追って森林帯に足を踏み入れた。立派なブナの林だ。バックカントリースキーでまとまったブナの中を歩いたのはもしかしてこれが初めてかもしれない。ブナは、好きだ。樹皮のもつ独特の優しい斑模様。新緑の瑞々しさも、冬の落葉したその姿にも、そこにゆったりとした生命を感じるからだろう。ブナの林の中を歩きたい。出来ればその中を滑りたい、そんな想いで何年もかけてここまでやってきた。

首から下げたコンパスで進行方向をこまめにチェックしながら登っていく。樹林の中だけあって雪質は柔らかい。ブナを抜けるとブッシュが煩しくなり、それを嫌って南へスキーを向けると前方に雪庇が現れた。あれを超えると頂上だろう。

西へトラバースして雪庇が低くなったところを突っ切って登る。もうそこは雪面から枝が頭を出しただけの木々がまだらにある頂上の一角と言ってよかった。しばらく歩くが何処が最高標高点か分からない。周りを見てここが一番高かろうと思われるところでザックをおろした。

旭岳から三本槍岳に続く那須の山々が神々しく立っていた。シーンとして誰も居ない、こんな世界にただ独りだ。ここまでゲレンデを出てから1時間。おっかなびっくりの自分でもこんな所まで来れた、とやはり嬉しい。

登頂記念のアマチュア無線運用だ。ハンディ機を取り出してバンドをスイープするが430MHz帯は誰も居ない。一方の144MHz帯は賑わっておりやはり都心部とは事情が違う。144メインでCQを出すと一発でコールバックがあった。郡山市街地を走行しているモービルからだった。430MHzで家内をコールするが入感なし。ゲレンデを楽しんでいるのだろう。成果に満足して閉局する。

さぁもういいか、シールをはがして下山しよう。狭い樹林の中は自分のスキーに自信がもてなかった。階段降下で小広くなった箇所で向きを変える。ターンなぞ綺麗である必要ないんだ、確実に行こう。とはいえ自然雪はやはり調子が違う。ブナの木に激突しそうになり転倒する。

ゆっくりと滑って林道終点に戻ってきた。後はこれを下りるだけだが、シュカブラの斜面だ。どうしたものか。

案の定パラレルもテレマークも出来ない。ターンをしようとしても板のアウトエッジが上手く抜けない。転倒。後ろ足で山を踏みつける、という感覚はむずかしい。プルークなら何とかなりそうだ。両スキーを思い切りハの字に広げ制動しながら林道を下りていく。時折吹き溜まりで雪が柔らかくなる。そこでテレマークターンを試みるがやはり駄目だ。倒れこみ雪まみれになる。見上げる空は真っ青で、しばらく動かなくてもいいか、と思う。スキー場トップからの簡単な数時間行程のコース、との紹介につられて来たが、潅木の煩わしさも、シュカブラの美しさも、ブナの生命感も、目を奪う大展望も、そしてこの深い淵のような青空も、どれもこれもなんという素晴らしさなのだろう。あぁ、なんか良いなぁ。本当に楽しいよなぁ・・・。

* * * *

入山時にこの林道に合流した地点を通りすぎてそのまま滑っていく。樹林が薄くなったところで右手に向きを変え枝を払いながら滑るとすぐにゲレンデコースに合流できた。無事終了。オフピステでは出来なかったテレマークもここでなら何とか出来るだろう。怪しげなターンをしながら下のレストハウスへ戻った。

家族は4時間券をフルに使ってもう7本以上も滑ってきたとのことだった。かっ飛ばす子供達に付きあわされた家内はかなり放電しているようで申し訳なかった。まだ券は1時間残っているが、もう満足、とここで切り上げる。さぁ後はこのスキー場を選んだもう一つの理由である白河市のラーメンを食べていこう。楽しかった1.5日はあっという間だった。車のシートに座りやや走ると目の間に鎌房山が大きい。車を停めてそれをじっくりと見て山を後にした。

(終わり)

(林道に出ると前方に鎌房山。左手に電波塔) (風が作った気ままな模様) (樹林帯を抜けると雪庇が現れた)
(鎌房山山頂から。前方に那須連山) (顔を出した潅木で積雪量が推量できる) (林道はプルークで下りるしかなかった)

コースタイム : 羽鳥湖スキー場トップ(クワッドリフト終点)9:50-林道合流9:58-電波中継塔前10:05-林道終点10:27-鎌房山10:47/11:05-林道終点11:15-羽鳥湖スキー場ゲレンデ合流11:33

スキー装備 : Dynastar Agyl6 162cm + ロッテフェラー 赤チリ(20mmカーブ)、SCARPA T3

GPS Dataより:
Trip Odmeter 5.29Km, Moving Time 1H10min, Stopped 55min32sec, Max Speed27.5Km/h, Moving Average4.5Km/h, Overall Average 2.5Km/h


アマチュア無線運用の記録

鎌房山 1510m 福島県岩瀬郡天栄村 144MHzFM運用、1局交信、STANDARD FT-60+ホイップ


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