シール登高に快哉を叫ぶ 湯ノ丸山 

(2004/3/20、長野県小県郡東部町)


(湯の丸スキー場からのぞむ湯の丸山。
前線が去った後だったのか、素晴らしい
好天の下、自分が苦労して登った山を
見るのは格別な思いだった。)

北八ケ岳から戻って、次のスキーは何処にしようかとそればかりが頭をよぎっていた。そんなおり家族でスキーに行こうという話になった。であれば半日でバックカントリースキーが楽しめるフィールドを選ばせてもらおう。長野・小諸市北部の湯の丸高原はスキー場もさることながらその周辺に池の平や湯の丸山というバックカントリースキーの盛んなエリアがある。スキー場も標高があるので雪質は良いという。ちょっと遠いが新聞配達屋さんが来る時間には半ば朦朧としている家族を車に乗せて出発した。

3月も早下旬だが相変わらず関越道はスキーを載せた車が多い。自分も家内も昨シーズンに再開したスキーだが、その間10年近いブランクの間にゲレンデにはスノーボードが浸透していた。新しい遊びはつねに生まれてくる。かくゆう自分もゲレンデスキーではなく野山を歩き登り滑るバックカントリースキーに興味が移った。樹林の中を登り雪原を歩く。そして潅木の尾根を下りていく・・。流れる風景に身をゆだね、静寂の雪の中進んでいく・・。わずかしかない経験はとにかくも、それは自分にとり強烈なまでの新鮮さであった。

湯の丸スキー場の第一リフトをおりるとその奥に向けてカラマツの切り開きが続いていた。GPSの電源を入れる。衛星はすぐに4つ捕捉できた。現在位置をGPSに登録する。時刻は10:20。音楽の流れるゲレンデを後にしてそのまま切り開きに向けて滑り始める。圧雪車の入らない箇所となりパリパリの固まった雪に先週の八ケ岳同様に板のステップカットが殆ど利かなかった。へっぴり腰になりながらすすむと余計ウロコが雪を噛んでくれないのでうまく体重を乗せなくては。それにどうしても歩くときには下を見てしまう。体の遅れる原因かもしれない。もっとも普段の山歩きでも登りのきついときは足元ばかり見てしまう。悪い癖だ。目の前には目指す湯の丸山が結構な高みで聳えており、正直あそこに今からスキーで登れるのか、とやや不安でもある。

右手には潅木の点在する雪原が広がっている。雪原の向こうの高みは地形図上の1855mピークだろう。この原を自由に滑れたらさぞや気分が良いだろう。そう思うが雪は表面が完全にクラストしているので自分の腕前ではとても駄目だ。

ここからはいよいよ壁のような登りが続くだけだ。板を脱いでシールを装着する。初めてのシールだ。どんなものか。板を履こうとするがうまく3ピンのビィンディングにブーツの穴がはまってくれない。いよいよ始まる行程に緊張しているだろうか。

歩き始めてその効果に驚いた。急な坂道も一歩たりとも後ずさりする事無く登れていく。自分の足で、本当に登っているのだろうか。へっぽこな自分が操っている道具とはとても思えない。ステップカットの効果を初めて体感したときも驚いたが、シールの効果はウロコ板のそれをはるかに凌駕していた。まるで雪上車のような感覚でストレスなく高度が稼げていく。もっともシールを装着した板はそれなりに重たく、もともと軽量な板に400gもない締具を装着しているだけなので余計に重量の増加が実感できるのだろう。

傾斜が急になり、足を前に運ぶのが辛くなってきた。そこでヒールプレートに装着したクライムサポートワイヤーを立てる。嘘のように登りやすくなった。驚きの連続だ。まるでこれでなら湯の丸山どころか何処にでも登れてしまいそうな錯覚すらする。振り返ると思いのほか高度が稼げているのに驚いた。なんだか、とてもいい感じだ。牧場の牧柵が雪の中から顔を出している。それにつかず離れず登っていく。斜度が一層きつくなった。と思ったらずるりと後退してそのまま転倒した。滑りやすい服を着ているせいか数メートル滑る。シールもやはり魔法の道具ではなかった。妙にほっとして更に登る。さすがにこれ以上の直登に不安を感じて階段登高を交えて斜めにすすんでいく。クラストした雪も手伝ってかキツくなってきた。ブッシュに進路を妨げられてキックターンで向きを変える。見上げる上に数人のパーティが登って行く。あぁ、自分は一人ではなかった。

腹が減って体に力が入らなくなった。喉もからからだ。標高はもはや2000mは超えているだろう。風がぴりぴりと冷たく、毛糸の帽子の上からジャケットのフードをかぶせた。

ブッシュを避けながらの階段登高と斜登高が続く。コースも雷光型にとっていく。

見上げるその上に空が大きくなった。湿った風の吹く暗い空だ。それでもこの空間の広がりの雄大さはもはや山頂が近いことを示している事はわかっていた。

(1855mピークを遠望。この原を
自由に滑れたらさぞや快適だろう)
(湯の丸山山頂は雪がなかった。身を
刺すような寒風が吹きそこに雪が
混じり始めた。さぁ、下山するか。)
(下山してきたら湯の丸山は折からの
深い雲の中に隠れてしまった。ここ
まで無事に来れた事への満足が
心の中に大きかった。)

最後の壁を登りきって、思わず快哉を叫んだ。もうそこは頂上の一角と言ってよかった。風の強さのせいか、この先には雪がとんで岩が露出していた。しかしなんという充実感だろう。丁度横を10人ほどのスノーシューのパーティが自分の横を下山していくが、それも気にも留めずに「やった、やった、登ってきた!!」と独り言が止まらない。初めてのシール登高。自分の足でスキーを操り、そして立った海抜2101mのピークだ。稼いだ標高差はわずかでも、その満足の思いは無限だった。雪のある箇所を伝ってやや一旦さがって最後の一踏ん張りで雪のある箇所が果てるまで登った。もう山頂までは数メートルだった。

11:30、山頂。リフトを降りてからほぼ一時間だった。強い風に吹かれるままだったがすばらしい興奮に頭が痺れてしまいそうだった。かろうじて吹く風の寒さが自分を我に戻してくれる。430MHz で山ランメンバーをコールすると、なんと家内が下から呼んできた。約束の交信時間より30分も早い。ゲレンデのレストランで和んでいるという。あぁあとは無事に下りるだけだ。

身を切るような風の中、シールを剥がすのは結構辛い仕事だった。かじかむ手で収納して、さぁ、下山だ。ちらちらと降り始めた雪にも何か背中を押されるような気分だった。

4,5人の山スキーのパーティを尻目に滑り始める。思ったとおり自分には自由の利かない雪面だったが、適当なターンを交える。あっという間に数十メートル下りてしまう。テレマークターンを試みるがうまく行かない。もっとも、とにかく下りてしまえさえすればよいのだ。そんなこと、どうでもいいと感じてしまう。ブッシュの中を斜滑降で抜けていく。決して良い雪ではないがこれはなかなか楽しい。辛い斜度は横滑りで下りる。キックターンもある。いいぞ、こんな世界があるなんて、知らなかった。自分は一体今まで何をやっていたのだろう。あの木を超えてターンしよう。いやぁ曲がったぞ。また潅木を縫って滑降していく。プラブーツのおかげか、それなりに操れる。

あっという間に、下りてしまった!!もう、いくらもなかった!!

なんという快感。なんという呆気なさ。そしてこの満足度はなんだろう・・。

振り向くと雪雲の中に湯の丸山のピークはまさに隠れようとしていた。あぁ、あのピークを確かに踏んだのだ。ゆっくりとカラマツの切り開きを歩き始めた。一人っきりでやや無謀だっただろうか。でも有視界だからこそ最後まで登ったのだ。ツアーではなくほぼピストンに近い行程だったが、それも自分には向いていただろう。

林の向こうに音楽が聞こえてきた。ゲレンデに戻り、あっけないほど滑りやすい圧雪されたコースを滑りおりた。

* * * *

(今回の行程。ハンディGPSにて取得したログをカシミール3Dに
ダウンロードして同ソフト付属の地形図に展開したもの。)

胸ポケットに入れていたハンディ機が自分のコールサインを呼んでいる。家内だった。ゲレンデのレストランに戻り無事合流。家内と子供たちはリフトを3本乗ってあとはここでのんびりしていたという。2時間半も、自分の我儘を聞いてもらい頭が上がらない。湯の丸山山頂でちらつきだした雪は今や激しく吹雪くように降っている。

缶ビールが美味い。規模は小さくとも存在はとてつもなく大きな山行を終えた後のこの一口はまさに言葉で言い表せない。昼食をとりゲレンデスキーヤとなって午後は楽しむ。怪しいパラレルもどきを操る妻とボーゲンをマスターした二人の娘。こうして共に滑る家族がいなかったら、ゲレンデなどまったくも楽しくないだろう。比較にならない密度の滑りを楽しんだあとにはその思いが強い。

先ほどから激しく降ってきている雪のおかげか、まったく軽い粉雪に思わず自分の足裁きが上達したようにも思えてしまう。それは家族も同様なようで、3人とも歓声を上げて滑っていく。テレマークターンを試みるが多少は出来る。板も湯ノ丸山アタックに使ったフィッシャーのウロコ板ではなく、使い古したダイナスターのゲレンデ板に履き替えてきた。フィッシャーから取り外したケーブルビンディングを付け直した即席テレマーク板だが、もとがゲレンデ板ということもあろうが、さすがに滑りやすい。このスキー場は結構テレマーカーも滑っている。テレマークの講習会もしているようだ。皆、上手いなぁ・・これはこれでもっと上達したい。

夕方になって嘘のように雪がやんだ。前線が丁度通りすぎたのだろう。最後の一本、リフトに乗り四人でゲレンデの最高所に立つ。足元の粉雪もすばらしいが、手のひらを返したように真っ青に晴れた空の下、自分の目は今朝その山頂を踏んだ向かいの湯の丸山に注がれて離れなかった。それは深い青みをたたえた空に下に白い地肌にブッシュを点在させて立っていた。あぁ、思い出しても痺れるような満足だ。あそこに、スキーで登ったのだから・・。右手を遠望するとそこにはまだ山頂を雪雲に隠した四阿山が悠然とした姿を見せていた。数年間に踏んだその山頂が懐かしく思い出される。自分の踏んだ山々を仰ぐ思いは格別なのだ。

ゲレンデの連絡コースの右手にはカラマツの疎林が広がっていた。先に滑っていった家族を見送りその雪の林に踏み込んでみる。。傾斜が緩いので下手糞なテレマークターンでも木々を縫って滑っていける。降りたての雪がちらちらと輝いておりそこにスキーを入れていく、なんという快感だろう。緩い斜面の向こうに積雪の林道が見えた。なるほど、これが高峰高原に続く林道だろう。これを登っていくと池の平や篭ノ登山に方に行けるのだ。これはこれで素晴らしいコースのように思える。この林の中をテレマークスキーで漕いで登っていくのだ・・。でもそれは又の機会にしよう・・。名残惜しくその方向を眺め、先に滑る。家族の姿を先方に見つけた。湯の丸山に最後のお別れをして滑り始める。

あぁ、山、山。なんと素晴らしいのだろう。初めてのシール登高での山頂、嘘のような本当の話。そして皆と一緒のゲレンデスキーも悪くない。ひと気のなくなったゲレンデで先に滑る3人にシュプールを追いながら、楽しくって、嬉しくって、胸が弾んで、仕方がなかった。

終わり

湯の丸スキー場第一リフト終点10:19−湯ノ丸山11:30/11:50−湯ノ丸山スキー場第一ゲレンデ下12:30

スキー装備
湯の丸山登山: Fischer Outboundcrown + ロッテフェラーSuper Telemark(20mカーブ) SCARPA T3
ゲレンデ: Dynastar Curve + ロッテフェラー赤チリ(20mmカーブ) SCARPA T3


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