なるべくしてそうなった安蘇の山- 岳ノ山・大鳥屋山 

(2004/12/23、栃木県安蘇郡葛生町、田沼町)


晴天の2004年12月23日、冬枯れの安蘇の山、岳ノ山から一等三角点峰・大鳥屋山を歩いてきました。

山と渓谷社の分県別ガイド、それに随想社の「栃木の山120」を参考にしたのですが、どちらのガイドも上の空で読んだだけで地形図とコンパス、GPSがあれば何とかいけるだろう、と危機感も無く歩き始めます。

前原集落の駐車場から10分も歩くと五丈の滝への分岐がありますが確か正規の登山道は滝に寄らない、とガイドに書いてあったように覚えており直進方向に立派な踏跡もあるので分岐を見送りそのまま進みました。とすぐに倒木がにわかに多くなり踏跡が希薄になります。が、好事家の行く安蘇の山だから正規の道もこんなもんだろう、などと考えながら杉林の中の沢を直登していきます。踏跡もあるとはいえばあるともいえる、そんな曖昧なものです。しかしちょっとおかしい。傾斜もにわかに急になります。一歩一歩進むたびに地面に靴がずぶりと潜ります。人の歩かれたことのない山肌だ・・。足元に錆びた古めかしい缶ジュースの空き缶が土の中から顔を出しているのをみて、ここで完全にコースを間違ったことを察します。しかし見上げる上空には早くも杉木立の隙間から稜線が見えます。えい、登ってしまおう、迷うことも、楽しさだろう。四つんばいになるような急な木立を縫ってひたすら登ります。

(岳ノ山から5分ほどで岩場出現。
動揺を抑えて慎重に通過した。)

稜線に出ます。が、案の定ここが何処だか分からない。期待していた踏み跡も無いに等しい。汗をぬぐいながら気を落ち着かせます。登りついた尾根の反対側、下界に集落が見ます。あれは一体何処だろう。稜線をはさんだ反対側の旗川沿いの集落に違いない。とすれば岳ノ山の真北の稜線上に出たのだろう。ハンディGPSを出してあらかじめ登録しておいた岳ノ山を探します。ディスプレイに歩く方角が示されました。ちょっと位置がずれています。が、GPSを持つ方角にもよるのかもしれない。とにかく大体の居場所の見当はついたのです。あとはただ高みを目指して歩くのみ。

一歩一歩靴が潜ります。歩かれていない斜面。出来るだけ表面の固そうな斜面を探します。踏み跡はほとんど無く枯れ枝を押しのけて歩きます。枝が折れると埃が飛んで口の中が泥っぽくなり唾を吐きます。急な斜面、落ち葉の堆積した山肌は足が何処までも潜りそう。と思った瞬間、斜面に踏み込んだ右足が滑りました。慌てて手がかりにつかんだ直径5cm程度の木の幹、何の抵抗もなくあっさりと折れます。体を支えるものがなくなり体がそのまま数メートル滑り落ちる。落ち葉の斜面に指先と靴を食い込ませてなんとか停止。・・・・。言葉が、出ません。

まいったなぁ、とにかくあれが岳ノ山に違いない。とにかく登るのみ・・・。

煩いけれど手ごたえの無い潅木の枝を潜り抜けながら、落ち葉と乾いた土に注意を払いながら、登っていきます。あせる必要は無い。あそこが山頂です。

なんとか稜線を上り詰めると石祠があります。「あぁ、やっときた。てこずらせてくれた・・」自分のミスを棚上げして思わず声が出ました。やや進むとそこには先客が一人。駐車場で自分より5分ほど早く出発した50歳くらいの単独行です。あらぬ方向から現れた自分を怪訝そうに見つめる彼に状況を説明します。岳ノ山の山頂はそこからすぐでした。

祠と壊れかけた小さな手製の標識一枚の、全く簡素な山頂です。430MHzでCQを出すとすぐに柏市から呼ばれます。これでポイントを稼いだので先へ進みます。岳ノ山北稜から南下してきたのだから目指す大鳥屋山はこのまままっすぐに南下すれば良いはずです。何も疑うことなく踏後をたどって直進します。

急坂は短く、すぐに平坦になりました。地形図では標高差50mは降りるはずですがこんなもんでしょうか。が、すぐに行きずまりました。踏跡の先には崖のような急坂が待っているだけで、その先にあるはずの大鳥屋山への稜線がない。しかも改めてコンパスを見ると進行方向は北です。南に進むべきなのに。ここでふたたび間違ったことを悟ります。おかしいな、北から来てまっすぐ南下しているはずだが・・。狐に包まれた気持ちで岳ノ山に戻ります。あらためて地形図の磁北線とコンパスをあわせて進行方向を探ります。90度、ずれていました。行くべき道は直進ではなくすぐ横手に逆落としのような急坂が落ち込んでおり、これが正規の道でした。大鳥屋山の方向をコンパスにセットします。これで大丈夫。しかし何故間違ったのだろう。全く今日はおかしい・・・。波に乗れないままここまで来てしまった。

一度ならずとも二度まで間違ってしまったことでやはり動揺が大きいのでしょうか。どうも調子が出ません。心と体が同体になっていない。さもない坂道が妙に怖く感じます。小さな岩場が連続します。手がかり・足がかりが自分の手足のサイズに上手くフィットしないような気がします。そろそろと丁寧に下りていくしか出来ません。岩稜の背を通り抜けてしばらくいくとゆるく10mほど登り返します。地形図どおり。これを下りていくと目の前に大きなピークが見えます。地形図上の624m峰です。全く、地形図どおり。しかしこんな稜線歩きで地形図で現実の場所が照合できてもなんの得もありません。

がっかりして624m峰を登ります。このピークで大きな枝尾根が進行方向に直進する形で南南西に分岐します。進むべき主稜線はほぼ真東に直角に折れる。注意の必要な箇所とガイドに書かれていた場所です。薄暗い杉林の中に赤テープがありました。問題なくクリアします。

ゆるく登りかえして下りたところに左手から登山道が合流しました。駐車場への下山コースです。指導標はありません。ここから一気に大鳥屋山への標高差150mの登りになりました。右手に植林、左手に雑木。急な道を登っていくと上から10人程度の高年パーティが下りてきました。リーダーが「これが岳ノ山への道ですか?」と聞いていきます。当たり前の質問に答えを失いますが、地形図と各種機器を持っても立派に迷う自分も全く似たようなものです。

大鳥屋山の山頂は杉木立のさなかにありました。お目当ての一等三角点を探します。祠の少し先に海抜693m、立派な石柱がありました。三角点の周りだけミヤコザサが生えています。

少し戻り杉林の手前の陽だまりに陣取って50MHzを開局します。SSBで声を出してからAMに移ります。今日はAMコンテストの日。日ごろはマイナーなモードもさすがに混雑のきわみで空きを探すのも一苦労。栃木県安蘇郡をアナウンスするとやはりひっきりなしに呼ばれます。コンテスト終了時間まで15分程度でしたがパイルを浴びて満足です。今度は電信に移りますが全く呼ばれません。昼過ぎの冬場の50メガはこんなものかもしれません。CQ空振りの電信は残念でしたがAMでの成果に満足して閉局します。

無線運用中に岳ノ山で会った単独行が山頂を踏んで下山していきます。こちらも手短に撤収して山を下ります。男体山の方向から乾ききった冷たい風が吹いてきて思わず首をすぼませます。早くこの調子に乗れなかった山をおりよう。無事に下りれば気が楽になる・・。

分岐からは薄暗い植林の中を良く踏まれた道が続いていました。荒れた林道に出てあとは一本で駐車場に戻りました。ちょうど先ほどの単独行氏の車が駐車場から出るところです。軽く挨拶を交わしてザックをおろしました。

(今回の軌跡。ハンディGPSで取得したデータをカシミール3Dに
転送、同ソフト付属の地形図上に展開したもの。)

* * * *

下山してGPSで取得したデータログを地図にダウンロードして初めて自分の歩いたコースが分かりました。自分の想像と、まったく違っていた事がわかり愕然とします。

最初に自分が間違えた五丈の滝の分岐。間違いと悟った時点で自分はここから西に進む谷に入ったと思っていましたが実際は北に進む谷に入っていました。・・・方位磁針でなぜ進行方向を確認しなかったのか。

自分が迷った登りついた尾根は岳ノ山から北に伸びる主稜線ではありませんでした。岳ノ山から東に伸びる尾根でした。何故そんな勘違いをしたのか・・。

岳ノ山から大鳥屋山を目指していたつもりで歩いていた10分間。歩いていた方向は進行方向とは全く逆の北に向かっていました。地形図とは全く異なる地形に遭遇し、しかもここで初めて自分が北に向かって歩いているの気づいたのもお粗末でした。

そもそも入山地点の駐車場で岳ノ山へ向けて進行方向をコンパスにセットしておけばすべてのミスは防げました。それをせずに踏跡とうろ覚えの行程ガイドだけで歩き始めたのは無謀としか言えなかった。それに登りついた場所がどこか同定するのに、もっと冷静に考えるべきでした。少なくとも岳ノ山の北稜に登りつくには東尾根を乗り越えた上に北東斜面をトラバースしないとつきません。そんな風には全く歩いていないのにそれをなぜ北稜に登りついたと考えたのか。今冷静に考えると皆目わかりません。たぶん稜線上から対面に望んだ集落から自分の居場所が岳ノ山を南北に走る主稜線上の一部であろうと思いこんだ、その思いこみが大きかったので、そこにいたる矛盾には思いが及ばなかったのでしょう。確かに登りついた稜線の反対側に見えた集落を岡庭場集落と認識すれば自分の居場所は北稜になります。自分が登ってきたその反対方向に谷と集落が見渡せる箇所は北稜しかありえないのです。しかし実際に自分が登りついたのは北稜ではなく東尾根でした。そして登りついた場所からも対面には集落が見える事が分かります。自分が入山した秋山側沿いの堀の内集落です。しかし、自分は地形図を折りたたんだ状態でマップケースに入れており、堀の内集落はマップケースの裏側に隠れていました。ケースから地形図を取り出して全体を俯瞰すれば、あるいは違う判断が下せたのかもしれません。あらゆる可能性を探るためには全体を俯瞰できる地図の情報が必要なのです。

又、岳ノ山から大鳥屋山への南下すべきコースに対して実際は北上してしまったのは、自分が北から歩いてきたと錯覚していた、だから南へは進行方向を直進すればいいのだろう、という思い込みからでした。いずれも最初の失敗と、現在地点の同定ミスが生んだ勘違い。どれも、まさに後の祭り。過ぎし後悔。コンパスと地形図、そしてGPS。どれも全く有効に使っていなかったのです。

一つわかったのは、自分は「こうだ」と思い込んでしまうとそれに対する矛盾点の数々はいとも簡単に黙殺し、忘れ去れるということ。本当は違うのです。真実は事実の積み重ねの上にしかない、ありえない。そんな当たり前のことが不安、動揺、焦りなどの中では全く忘れ去られていました。今後の教訓にしたいと思います。

* * * *

安蘇の山は自分にはやはり曲者です。登りはじめから気を引き締めていかないとあっという間にしっぺ返しが帰ってくるのです。尾出山では登山道の分岐を見逃しそのまま違う谷から山頂に立ちました。ミスコースであることには山頂で正規の道に出会うまで確信が持てませんでした。松田ダムから仙人ケ岳へは、これは最初からそのつもりで踏み込んだのですが、落ち葉の堆積した谷から潅木のブッシュへ突入して四苦八苦しました。そして今日の岳ノ山では入山後10分にしてミスコース、そして自分の位置を勘違いしてそれが更なる間違いを生みました。

どの山でも方角を確認しながら歩くことは必要でしょう。ただエアリアマップにカバーされていないような安蘇の山はそもそも入山者が少ないせいか正規の道とはいえ踏み跡がしっかりしていない。正規の道と山仕事の作業道、どちらも希薄で、正規のコースが判断出来ない。それに指導標の類は極端に少なく赤テープもまばらです。分岐で迷ったとき行く先を判断するために必要なものは読図による判断のみ。コンパスと地形図による判断のみ。踏み後はあてにならないのです。そんなこともありエアリアマップの山を歩く以上に、出だしから気を引き締めていかないと思いがけないところから間違いに引き込まれていくのです。漫然と歩き出してはその時点で迷うことが約束される。今日の山は出だしから迷うべくして迷った、当然の結果と言えます。低山で規模が小さい安蘇の山では間違っても何とかなります。が懐の大きな山ではそうはいかない。

「迷うこことも、また楽し」そんな事を口にしながら歩きましたが、最初からそのつもりで道筋をたててから歩くのと、気づいたら迷っていたでは大違いです。今日の山が消化不良なのはやはり気づかず道を失い最後まで自分のペースで歩けなかった事が最大の要因でしょう。山頂でのアマチュア無線の満足も、それを払拭するには足りませんでした。

それでも、一方では、やはり安蘇の山は楽しいものです。植林が多いとはいえ山は一貫してひと気が少なく、(出だしにつまづきさえしなければ)ルートファインディングの楽しさがあります。コース上には必ずといって良いほど小さなそれでいて緊張感が必要な岩場も出てきます。小粒ながら癖のある山とも言えるかもしれません。冬の木漏れ日を浴びながら静けさを味わうにはもってこいの山であろう、そんな印象もあります。

不完全燃焼の気持ち、一方では安蘇の山を又一つ登れたことの満足。それらが入り混じった複雑な思いです。石灰の採集場がそこらじゅうにあるせいか全体に白くくすんだ感のある葛生の町を走りながら自分の心も曇ったままです。勝手知ったる佐野の町によって美味しいラーメンでも食べて帰るか、そう考え気分を入れ替えて冬枯れの栃木を後にしました。

(終わり)

駐車場9:20 - 五丈の滝分岐9:32 - 稜線上9:50 - 正規登山道と合流10:36 - 岳ノ山10:40/10:50 - 標高650m地点11:02 (ミスコースと判明、戻る)- 岳ノ山11:10 - 624m峰11:40 - 下山道分岐11:55 - 大鳥屋山12:15/13:20 - 駐車場14:00

(大鳥屋山山頂。三角点の周りだけ雑木林) (大鳥屋山展望) (岳ノ山・左奥の高み を望む)

アマチュア無線運用の記録

岳ノ山 704m 栃木県安蘇郡葛生町・田沼町 430MHz FM 運用、STANDARD FT60+ホイップ、1局交信
大鳥屋山 693m 栃木県安蘇郡葛生町・田沼町 50MHz SSB/AM運用、YAESU FT817+釣竿ダイポール SSB 5局、AM 16局 交信


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