澄んだ秋の空気の中を - 日向山・甘利山 

(2004/11/6、山梨県北杜市、韮崎市)


(カラマツの紅葉と青空が澄んだ空気の下
立体的な風景を作っていた)

舗装された狭い林道をハンドルを左右に切りながらぐいぐい登っていく。ヘアピンカーブを曲がるとそこが入山地点のようで何台のもの車が路肩に駐車していた。ドアを開けると空気はさすがに冷やりとしている。やはり11月だ。しなりとした落ち葉を踏むと足裏に山の柔らかな感覚が伝わった。ザックをまとめ靴を履き替える。山の冷気で紐を締める指先がかじかむ。えぃっと気合を入れてフリースを脱いでザックに仕舞うと寒気がシャツ一枚の繊維の隙間をぬって体を包み込んだ。長袖のシャツの下で鳥肌が立つのを感じる。とはいえ期待感で気分は高揚している。体の寒さも、歩き出して10分もすれば霧消することはいつものとおりだろう。入山前のこの感じは悪くない。冷気をおして樹林の中を歩いたならそこには胸のすくような秋晴れが待っていることだろう。さぁ、つまらない現実の世界からいよいよ魅力に満ちた山の世界へ。ここからは愉悦の世界です。河野さん(JK1RGA)もいつもの年季の入ったカリマーの赤いザックをぐっと背負う。軽く一声かけあって登り始めた。

山梨県にここの所たちどころに出現する新しい市。山頂からのアマチュア無線を楽しむ身としてはこれら新しい市の山からオンエアしなくては気がすまない。平地しかないのなら全く食指は動かないがそこはさすがに山がひしめく山梨県、移動地選びに事欠かない。北杜市はこの11月1日に新たに誕生した新市だが移動ポイントとして選んだのは八ケ岳の編笠山。海抜2523mのそのピークであればロケーションには事欠かない。思いっきり新しい市をサービスしようという目論見だった。ところが出発の朝に改めて地図を検分していて気づいた。編笠山は小淵沢町に属しており、そして小淵沢町は今回の町村併合による北杜市施行に含まれる事もなく小淵沢町のままだった。てっきり北杜市になった旧・大泉村に属するとばかり思っていた。編笠山でオンエアしても北杜市サービスにはならない。行き先を変えなくてはいけない。行政地によって行く山を変えてしまうのだから”普通”の「山屋」さんには理解できないだろう。こちらは「無線屋」の看板も掲げた二枚看板なので、そこはフレキシブルに行きましょう。それに大声では言えないが、観音平から標高差1000mをこなし亜高山帯の編笠山に登るのは辛そうでやや気が重くもあったのだ。

黎明の国道16号線を北上しながら河野さんと行き先を検討する。旧・白州町の日向山に白羽の矢が当たった。甲斐駒・黒戸尾根の裏に位置する南アルプス前衛のこのピークは山頂直下に広がる雁ケ原と呼ばれる白砂の原で知られている。ガイドブックの写真からかねてより興味のあった山だ。無線のロケとしてはどうだろう。標高は1600mクラスで、関東平野に対しては黒戸尾根の陰になる。余り良いとは思えなかったが、そもそも編笠山なき今となっては北杜市は甲斐駒から鳳凰への南アルプス稜線にでも上がらない限り、日帰りピークはどれももロケ的には似たり寄ったりのようであった。数局とでも交信出来れば良いだろう。「無線屋」の看板は早くも傾きつつあった。

* * * *

落ち葉の堆積した雑木林の中、緩い登り道が続いていた。ゆっくりとしたつづら折れで高度を稼いでいる。前と後ろにそれぞれ何人づつか、思いのほか入山者が多い。「新聞を見て来たのですか?」と聞かれる。山梨の地元の新聞に紹介でもされたようだ。

空気が冷涼で立ち止まると汗が引いていく。寒いというほどではないが空気が硬い。この張り詰めたような感じは秋山の朝独特のものだが、もう少し日が高くなるとさほどでもなくなるだろう。決して近寄りがたい空気ではないのが良い。四季折々山の空気は表情を変えるが、秋山のそれは春の山の眠気を誘うような柔らかさとともに季節の移り変わりを最も感じさせてくる。秋の山が、自分は一番好きなのかもしれない。

しばらく高度を稼ぐと林相が広葉樹からカラマツに変わってきた。足元にはクマザサが広がる。思わず足を止める。針のようなカラマツの葉が赤く燃えている。青く澄んだ空気は透明度が高くカラマツの赤い葉を一本づつ浮かび上がらせている。林そのものに深い陰影がありその奥にすっきりと甲斐駒らしいスカイラインを望んだ。自分も河野さんも足が前に出なかった。カラマツのここまで見事な紅葉は初めて見た。落葉広葉樹の紅葉は親しみがあるがカラマツのそれは気品がある。山にこれて、良かった・・。

登りは相変わらずゆっくりとしたものでこの位が自分には一番フィットしている。「編笠なんて、登れなかったよね。」思わず言葉が漏れる。ロボット雨量計らしき設備を通り過ぎるとすぐに粗末な指導標が立っていた。山頂三角点への分岐だろう。果たしてそこを数メートルもすすむと刈り払いがありそこに三角点があった。日向山の山頂標識はないがここが日向山山頂1659mだ。

ザックを下ろし無線の準備をする。クマザサの中に釣竿をたてる。50MHzのヘンテナと430MHzの5エレ八木。バンドをスイープする何も聞こえてこない。しばらく回すと同じ北杜市からオンエアしている局がいたので聞いてみると清里の天女山からだという。天女山は車でいけるのでそれなりの設備で運用しているのだろう。それでも空振りばかりとの事。これはやはり苦戦するだろう。

果たしてCQを出してもまったく呼ばれなかった。河野さんの430MHzも同様で、オペレーションの交代もするが結果は変わらず。そのうちに無線機の電源ランプが点滅し始めた。どうやら電圧不足のようだ。SSBは駄目でも電信なら行けないか、出力を落としキーをつなぐ。ダメモトでCQを叩くとコールバックがあった。良かった、これで気が晴れた。結局河野さんも自分も数局づつの交信成果。新市サービスと鼻息が荒かった割には情けない結果となってしまった。自称「無線屋」の看板も地に堕ちてしまった。

撤収して100mも進むと突然視界が広がって一瞬何が起こったのかわからなかった。すごいなぁ・・・。 思わず声が漏れた。目の前一面に真っ白な砂浜が広がっているのだ。雁ケ原だ。それは浜ではないがまるで砂丘か浜辺のようだ。花崗岩が長い時間をかけて風化したものだという。甲斐駒の山頂しかり、鳳凰の山頂しかり、一連の南アルプス北部のピークとまるで変わらぬその砂礫の斜面は、やはりここも立派な南アルプスの山であるとでも主張しているかのようでもあった。

砂浜のその先は急角度で北西の谷に向けて落ちていく。あまり近寄ると蟻地獄におちそうで怖くて足が踏み出せない。谷を挟んで大きくその姿を見せているのは雨乞岳だろう。行ってみたいが山麓から登るだけでも4,5時間はかかるという、自分には遠い山でもある。しかしこんな山頂に全く驚きの砂の原だ。今日登る筈だった編笠山も良く見える。今日あそこに登っていたらこの山に来ることはなかった。「いやー編笠に行かなくて正解でしたね。」「本当、とても良い山だね」期待をはるかに上回るこの砂原には正直驚きと喜びを隠せなかった。デジタルカメラのシャッターを切りまくる河野さんも同様なのだろう。

砂を滑り降りるように下りていくと谷がぽっかり口をあけており、再び樹林帯のその中に潜り込む時名残惜しく振り返った。深い藍色の青空に白い原が輝いて、そのコントラストが眩しくて直視できなった。

(雁ケ原は山頂の砂浜だ) (青空に白砂が眩しかった) (日向山三角点にて無線運用)

ここから先尾白川林道に向けて一気の急降下となった。木につかまりロープにつかまって下りていく。まるでその山頂にあのような原があるとはとても思えない急な谷だ。落ち葉と滑りやすい道は多少の緊張感が必要だった。鉄梯子が現れてそれを下りると林道だった。

のんびりと林道を歩いて車を停めた入山地に戻る。道は大規模な崩落が数箇所で起きておりとても車は入って来れない。山肌の紅葉は見事で何度足を止めたことだろう。雑木林の紅葉、カラマツの燃えるような赤に映える青い空、山上の白亜の浜、そして紅葉の谷の下山。小さな規模の山に信じられないほどの顔があった。充実の山の興奮が生々しく、二人ともあまり言葉が出なかった。

*  * * *

車に戻ると河野さんがニヤニヤしながら話しかけてきた。「無線、やり足りないでしょう?もうひとつ行きましょう」 韮崎の甘利山であれば車で山頂近くまで行けて往復30分。ヘッドランプがあれば暗くなっても下りられますよ・・・。

遊ぶ事が好きな自分は一も二もなく賛成。やはり「無線屋」の看板も大事だろう。甘利山は、まだ登った事がなかった。国道20号を南下する。韮崎を過ぎて甘利山公園線をぐいぐい登っていく。立派な舗装路だ。しばらく行くと広い駐車場がありもうここが山頂の肩だ。無線機とヘッドランプだけを持って歩き始める。

(甘利山から富士遠望)

初夏にはツツジが咲き乱れるという山肌も今は枯れ芝色で地味一色。15分も歩くと山頂だった。富士山が立派だ。透明な空気が自分の身の回りを包む。もうさすがに秋の夕だ。空気が冷やりとしてる。この空気の固さは今朝のそれと変わらない。やはり秋は良い。このクリアで乾いた空気が汗にまみれた自分を洗い流してくれるような気がする。

ロケは抜群の山なのだがいかんせん時間が遅かった。50MHzは2.5Wに釣竿ダイポール。CQを出すが空振り気味でそれでも関東北部の局と59-59で交信できた。韮崎市で運用したがここは南アルプス市での運用も可能だ。今度じっくりと運用するのも悪くないだろう。河野さんの430MHzは好調のようで楽しそうに交信をされている。

ひたひたと夕闇が足元から迫ってくるのを実感する。追われる様に撤収して山頂を後にする。山を下りていくとヘッドライトを芝色の動物が横切った。タヌキだった。初めて野生のタヌキを見た。山歴の長い河野さんも山でタヌキを見たのは初めてだという。自分もなにか得したような気がして嬉しい。

* * * *

目的の山は登れずに直前で行き先変更をした山行だったが、期待をはるかに上回る充実の山だった。また思わずもう一山懸案の山を片付ける事が出来た。そして何よりも透明で硬質な空気の中を、まるで身を洗うかのように歩きさっぱりとする事が出来た。秋の素晴らしさを体から心までじっくりと感じる事が出来た。山を下りていき釜無川を渡ると前方にテールランプの列が長い。甲府の町に向けて夕方の渋滞が始まったのだろう。振り返ると甘利山らしい黒い影が濃紺の空のその下に大きかった。

素晴らしい秋の一日を山と河野さんのお陰で過ごさせていただいた。ここでこの渋滞だと横浜帰着は遅くなるだろう。が、それも気にならなかった。

(終わり)


コースタイム:
日向山 登山口9:10-山頂三角点10:30/11:55-雁ケ原12:00/12:35-林道13:30-登山口14:10
甘利山 駐車場15:30-山頂15:45/16:25-16:35


アマチュア無線運用の記録

日向山 1659m 山梨県北杜市 50MHzSSB/CW運用 FT690mkII+ヘンテナ 5局交信
甘利山 1745m 山梨県韮崎市 50MHzSSB運用 FT690mkII+釣竿ダイポール 2局交信

今回の行程図。ハンディGPSのログをカシミール3Dにダウンロードし、同ソフト付属地図に展開したもの。


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