藪をこいで春に出会う・・足利の山・仙人ケ岳、赤雪山 

(2003/4/19、栃木県足利市)


(枝林道の終点から分岐する沢
に踏み込んだ。深い落ち葉に
覆われて足元もおぼつかない。
落ち葉をどけると滑りやすい
滑床が現われた・・。)

足利の最高峰である仙人ケ岳は以前から行きたかった山だが、標高的にも650m級と低いこともあり晩秋から春にかけてに歩くのが最適だろうと考えていた。四月ももはや中旬を過ぎている。今を逃すとまた半年はチャンスがなくなるのではないか、そう考え東北道を北上する。どうせなら仙人ケ岳単独で登るのではなく東隣の赤雪山へも足を伸ばそうと考えた。足利市の最奥部の尾根を歩き同市最高峰と二番目の峰をつないでしまおうという計画だ。

両ピークをまわるとなるとちょうど中間にある松田ダムを起点にして馬蹄形に歩けばよいのだが、問題は松田ダムから仙人ケ岳へ至るに適当な登山道がないということであった。地形図により仙人ケ岳北東800m付近まで林道が伸びていることがわかりこの終点から適当に藪を縫って稜線に上がれぬか、と考える。

* * * *

松田ダムから歩き始める。ダムサイトの道には桜が植えられておりまだ半分以上が咲き残っている。風が吹いて花びらが舞う中をゆっくり歩き仙人ケ岳の懐へ伸びる林道へ踏み出した。地形図を見ながら今日のアプローチを考える。当初考えたようにこの林道の終点から稜線にあがるのもよいが、この林道の途中から南西に向けて派生する枝林道を辿ってみると、仙人ケ岳から猪子峠に向けて南下する登山道中の561m峰付近に出られるのではないかと考えられた。やや急だがこのほうが馬蹄型に歩く距離が伸びるので面白そうだ。そう考えて派生している枝林道へ足を踏み入れた。

キャタピラの跡が残る枝林道には重機の音がこだましている。見上げる遥か上部までショベルカーが入っていた。木材の積み出しだろうか。林道をたどるとショベルカーがつけた道が左手にジグザグに伸びている。無残に山肌が露出している。なんだか、スゴイ話だ。

狭い谷でザックにつけたハンディGPSが衛星からの電波を十分に捕捉出来ていないことに気づいた。後で足跡を見るためにもGPSに軌跡を残したいがこれでは無理だろう。あきらめて先に進む。地形図で見て取れる大きな二股があり重機のキャタピラ跡は左手の谷にも伸びている。がこれを分けて右手に進むと数メートルで林道は消滅していた。ここも小さな二股だ。

さてと、本番だ。この二股の右手に入り込むと目指す561m峰に上がることは出来ないだろう。左の沢に入れば561m峰付近の北面に至るはずだ。すぐに行く手は両側に崖が迫りゴルジュの様相、肝心の沢は濡れた滑床。嫌な個所となった。幅1mくらいの沢に落ち葉が堆積しており一歩一歩30cmくらいは潜ってしまう。足元が読めないのは、不安だ。高さ1mくらいを乗り切ると谷はやや広くなり視界が広がった。喉元を通り過ぎた。滑りやすい沢筋は歩行が困難で右手の高みに逃れたい。濡れて崩れやすい急なザレ気味の土を必死の思いで登っていく。手がかりにとつかむ枝はあっけなく折れた。焦る。なんとか安定した斜面をトラバースしていく。直下に流れる沢はあいかわらずの滑床でよく滑りそうだ。50mも100mも進んだだろうか、ここで小さな二股に遭遇する。地形図ではわずか数ミリの等高線の窪みでしかない。目指す稜線は標高差40、50mといったところだろうか。上が、明るい。さぁどちらにいこうか、直進する沢は山肌に露岩が多い。岩がちの谷を登るのはくちょっと嫌だ。一方分岐している左手の沢は一気に稜線に突き上げておりこちらも曲者っぽいが尾根筋に比較的易しく取り付けそうにも思える 。しばし考えこちらに入る。

下から見るのとは大違いの急な斜面だった。落ち葉が堆積しており足元が見えない。目の前の落ち葉を掻き分ける。土よ、現われてくれ。口の中に土っぽさが広がりつばを吐く。あぁ、嫌だなぁ。やや後悔するがのっぴきならない。露岩に手をかけ3点支持で登っていく。滑落したら数メートルは落ちるだろう。心臓がどきどきして体から力が抜けていく。さて、深呼吸。行くぞ。10m近く登る。なんとか右手の尾根筋に逃れられそうで、緩い足元に注意しながら立ち木をつかむが相変わらずに直ぐ折れる。何とか逃れてブッシュの中に入った。これで滑落の恐れはもうないだろう。

こちらはこちらで猛烈な藪だった、ザックの角がひっかかり直進もままならない。それに相変わらず急登なので動きが取れなくなった。右に行くがザックが引っかかる。左には枝が密生しておりこれまた進めない。万事休すか。蜘蛛の糸に絡んだ虫はこんな気持ちなのだろうか・・。下を見ると藪を通して谷が見える。 た・ま・ら・な・い。

喉がからからで力が出なくなった。情けない。先は見えているのだが。目の前の枝をひたすら払いのけて進む。目に枝が飛び込んでくる。粉塵対策用のゴーグルでもあればよいかもしれない。とにかく。前へ。とにかく、上へ。それでも斜度が緩まり尾根の形がしっかりしてきた。安堵感が広がる。
(681mピークに出た。緊張を覚えた沢から尾根への藪漕ぎ。
目の前に現われた鮮やかな新緑とピンクのツツジを
前に感じたのは深い安堵と脱力感だった・・・。)

Nikon FG-20 + Nikkor 28mm

疎らになった潅木をぬって、進む。大きな枝をまたぎ小枝を払う。陽光溢れる尾根の上に遂に出た。やった、終わった。ザックをかなぐり捨てて土肌に座り込んだ。もどかしくそれを開け、水を口に含んだ。ドク・ドクとなっていた心臓がすこしづつ納まっていく。言葉が出ない。

眼下数十メートル下まで重機の入った跡があった。しかも伐採されハゲ斜面と化していた。力が抜けてしまった。苦労して詰めた沢も反対側の尾根筋には重機のつけた道路があった。まぁいいや、ここまできつくなくとも多少なりの手ごたえを味わいたかったのも事実だった。実際には自分には荷が重いほどだったが・・。しかし凝縮された時間だ。実際にはわずか40分、それが自分には無限だった。

何分休んだのだろう、実際には10分か。気を取り直して歩き始める。ここは561峰から北東に向けて派生している枝尾根のはずだ。もはやブッシュは全く無く、まるでハィウェイだ。枝尾根をどんづまりまで辿ると目の前に良く踏まれた登山道が横切っていた。猪子峠と仙人ケ岳を結ぶ登山道だった。ここはやはり地形図上の561m峰だった。正解だ。

よく見ると山が点々とピンク色に染まっていた。ヤシオツツジが咲いている。その美しさにははっと息をのんだ。期待していなかっただけに、驚いた。と同時に緊張感が完璧に消え体中に脱力感が大きかった・・・。下から物音が聞こえ壮年の単独行が登ってきた。会話を交わす。かれも松田ダムから藪尾根を無理やり辿ってここまで登ってきたとの事で、コースは違えど好事家だった。横浜から来たと話すととてもびっくりした様子だった。

* * * *

南アルプスの鳳凰山系に移動しているはずのJI1TLL・JK1RGAコンビを430で呼んでみるがNG.だ。山頂へ急ぐ。生満不動からのコースを合わせると急に人通りが多くなった。ここは北関東ではメジャーなハイキングの山なのだろう。

山頂は10人程度。やや離れて50MHzを開局する。すぐに南アルプス市・大崖頭の山でCQを出すJI1TLL須崎さんを捉えた。予定通り鳳凰山から夜叉神峠に伸びる尾根上のピークに移動していた。南アルプス市での山岳移動、これほど無線岳人を愉悦の境地へいざなう場所もあるまい。須崎さんの満足そうな姿が目に浮かぶ。向こうは積雪1.5mという。こちらは桜とツツジ、花の山だ。

1時間近く無線を楽しむ。そういえばここまで腰を落ち着けての山岳移動も久しぶりだ。JS1MLQ川田さんは表丹沢を歩いていた。丹沢に川田さんの未踏の地があるとはにわかに信じがたかった。更にCQを続ける。お馴染みさんも多く、山岳移動の素朴な楽しみを改めて感じる。好きな山に登って、好きな無線をする。それだけの話だ。これが楽しい。交信をしながらおにぎりを食べ、最後に須崎さんからオペレートのバトンタッチを受けていたJK1RGA河野さんに声をかけて山頂を後にした。

* * * *

赤雪山への縦走路は読図力と脚力が必要で一般的ではない、とガイドには紹介されているがどんなものだろう。踏み出したコースは良く踏まれており心配もなさそうだ。5分も歩かぬうちに林道へと示された看板があった。右手に下りていく踏み跡は当初考えていた林道の末端に出るのだろう、よく踏まれているコースでこれなら薮漕ぎの心配も無いだろう。が多少なりともの手応えを味わいたかったのでこれを辿らなくて良かった、と考える。

読図練習を兼ねて地形図と実際の行程を照らし合わせながら進む。なかなか地形図と実際の距離感・標高差は一致しないものだ。地形図上に記載のある623m峰で北上してた登山道は東に向けて大きく方向を転じる。このあたりは植林に包まれた。小ピークが連続する。小さな祠の鎮座する岩峰を通り過ぎる。ヤシオツツジが見事でそれが新緑に良く映える。良い時期に来られた。踏み跡は一貫して明瞭で少なくとも読図力が必ずしも必要とも思えないようなコースだ。

そんな安堵がいけなかったか地形図上の自分の居場所と実際の居場所の照合がおぼつかなくなってきた。地形図上の585m峰は何処だろう。地形図を見る。何だか良く分からない。細かい小ピークと地形図の等高線のでこぼことの実際のマッチングはなかなかピンとこない。小ピークに登り着き一服する。ザックを下ろし路岩に腰掛ける。ぬるくなったペットボトルのお茶を飲む。頭を動かすと周りの風景が一瞬すーっと動いていき自分だけがその中に置いて行かれそうな気がした。そして心臓の鼓動に我を取り戻し汗を拭く。結構なハイペースで歩きやや疲労に耐えかねて一服すると、時々こんな感覚を味わう事がある。この感じを味わったのも久しぶりにも思える。

ザックを担いで先へ進む。気づけばなだらかな地形と登山道が南下するように向きを変えている地形に出て、それが585m峰の東隣にある590m地点と判明した。585m峰はそれとわからず通り過ぎてしまったようだ。悔しい。

ここから地形図どおりで緩く下り70mほどの登りを経ると赤雪山山頂から250mほど北方のピークだ。あとはたんたんと歩き不意に東屋が見えた。赤雪山山頂だった。
(仙人ケ岳山頂。雑木に囲まれて好ましい。) (赤雪山山頂には東屋があった。)

仙人ケ岳から休憩を入れて2時間。自分には結構歩き甲斐のある辛いコースだったといえる。ひさしぶりに歩いたという気がする。1200MHzで手短にポイントを稼いで下山の途に着く。ここから松田湖へと示された看板と木の階段が目の前に伸びていた。ガイドブックには載っていないコースのようだ。もう藪道は勘弁してもらいたいが木道まで入っているので整備された道だろう。ここから地形図上の491m峰を経てダムまで一気に南に伸びている尾根の上を辿っていくのではないだろうか。そう考えて踏み出した。

果たしてよく踏まれた道で何の心配も要らない。491m峰を越えると植林帯となった。ジグザグについた道をおりて30分、ダム湖のほとりに出た。

久々の山歩きだったように思える。仙人ケ岳へ至る藪道も、自分には手が余ったが今回の山行を満足感の高いものにしてくれたような気がする。そのときはそんな余裕も無かったが・・・。思わずヤシオツツジに出会えたのも、期待していなかっただけに嬉しかった。懸案だった仙人-赤雪間の縦走路もルートファインディング要素は皆無だったものの、人に遭うことも無く新緑とツツジの中、まるで桃源郷のさなかを歩んだかのようだった。山頂での無線運用はひさしぶりにのんびりと運用したこともあって山岳移動を始めた頃の新鮮な感動を思い出すことが出来た。

再び桜が舞い散る湖畔の道を歩く。振り返るその先には今日歩いた仙人から赤雪への稜線が長く連なっている。あそこを歩いたのだな、たったさっき通ったのにもう懐かしい思いがするのは去る山に対していつも思うことなのだ・・。踏み跡なき沢から藪をこいで登りついた稜線には緊張感の後の満足があった。そして何よりも花満開の尾根歩き・・。

緑色の湖面を大きく渡るように数十匹の鯉のぼりが泳いでいた。もうまもなく五月。低山ながらも素晴らしい爛漫の春山を味わえたことが嬉しかった。

(終わり)


(コースタイム:松田ダム管理棟駐車場8:45 - 枝林道終点9:36 - 561m峰から北東へ派生する尾根上の535m付近に到達10:20/10:25 - 561m峰10:30 - 生満不動登山コース合流地点10:44 - 仙人ケ岳・アマチュア無線運用11:04/12:10 - 623m峰12:43-600m峰の北東100m付近13:25/35 - 585m峰の東250m付近のピーク13:51 - 赤雪山アマチュア無線14:10/14:33 - ダムサイト15:06 - 松田ダム管理棟駐車場15:15)


アマチュア無線運用の記録

仙人ケ岳 663m 栃木県足利市 50MHzSSB運用、自作4wSSB/CW機 + ダイポール 13局交信
赤雪山 621m 栃木県足利市 1200MHzFM運用、STANDARD C710 + ホイップ


(ハンディGPS(GARMIN eTrex)にて捕捉した
トラックデータをカシミール3Dを用いて5万分の
1図(カシミール付属)上に展開したもの。赤線
はトラックデータ、青線は捕捉出来なかった
個所を後で追記したもの)
(国土地理院ホームページからダウンロードした地形図。黒太線の
枝林道を辿り、青線のように沢に入り尾根に出た。赤線は仙人-猪子峠間
の尾根道。青線と赤線が交わった個所が561m峰。)

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