海の見える湘南の丘陵・仙元山 

(神奈川県三浦郡葉山町、2003/9/23)


(仙元山山頂は桜の木が多かった)

9月も夢のような速度で去ろうとしていた。平日は忙しく帰宅も午前様も多い。さすがに週末はどこへ出かける気もなく漠然と怠惰にすごす事が多くなった。心は焦っても体は言うことを聞かなくなっている。

気づけば9月ももう幾らも残っていなかった。どこかへ行こう・・。以前アマチュア無線のローカル仲間がハイキングに出かけていた湘南の山、仙元山に目を向けた。小さいがそれなりに楽しめた、と言われていたっけ。遠い山、きつい山などはとても今の自分にはこなせそうにもなかった。里から近いとは言え思いのほか自然の残る三浦の丘陵を歩くのはこんな気分には相応しかろう・・。

例によって行動開始の遅い我が家の面子が揃い家を出たのは11時が近かった。もっとも三浦半島の基部、葉山は近い。逗葉新道から国道に出て南下する。トンネルの手前から入山するのだが適当な駐車箇所が見当たらない。ぐるりと走り回りトンネルの反対側は葉山町立図書館に車を停めることにした。駐車場は広いしわずかな時間でもある。許してもらおう。

トンネルを抜けて歩き始める。急な簡易舗装の道を登っていくと教会がある。その裏手から登山道が始まっていた。さっそく子供たちと家内はどんぐりを拾い始める。スーパーの空きビニル袋に次々と詰めていく。一体何に使うのだろう、しかし自分は見向きもしないものが家族には意味があるというのだから面白い。家族とは四人の異なる個性の集まる共同体なのだろう・・。

そんな彼らをおいてゆっくりと先へ進む。緑の中の土の小径。下からは車道を行く車の音が聞こえてはくるがやはり目の前に続く自然の織り成す眺めは心に安らぎを与えてくれる。ここのところふがいない毎日を送る自分がやや情けない。そんなことを考えながらやや急になった道を登っていくと樹林を抜けて見晴らしいのよい斜面を行くようになった。もうそのままのペースで登りきると早くも仙元山の山頂だった。さすがに標高118mではこんなもんだろう。しかし目の前には相模湾がすぐそこに銀色に光っている。心なしか潮の香りさえ感じさせる。桜の木が多い。春はさぞや人手があるだろう。

家族が登ってくる前に50メガの運用準備をする。三重県が聞こえていたので声をかけると出力4W の自作のトランシーバーでも容易に交信できた。やはり海上伝播のおかげだろう。家族がはしゃぎながら登ってきたので無線機のスイッチを落とす。ここのところ以前のように山の上で無線運用を頑張ることも減ってしまった。無線は数局でも出来ればよいだろう。それよりもゆっくりと山を楽しむ事が楽しく思える。

コンビニで調達したパンやお菓子などを食べながらイワシ色を放つ相模湾を眺める。今日は9月のさなかとはいえ随分と気温が高く、そのせいか海もややボーっと霞み眠たそうだ。子供たちはお菓子を取り合いしたり、歌を唄ったり、とまったく休むことなく活動している。コイツら、それぞれついこの間まで自分の両の手にすっぽりと納まるほど小さかったのに・・いつの間に大きくなったものか・・。暇さえあれば喧嘩ばかりしている二人だがお互いに随分な屁理屈を喧嘩につけるようになってきている。それなりに知恵も発達しているのだろう・・。それにここ数ヶ月来顕著でもあるが上の娘などはもう街の中で自分と一緒に歩くのをなんとなく嫌がっているようでもある。明らかに自分の過ごす毎日と彼らの過ごす毎日とは一日の長さも、濃密さも、違うのかもしれない・・。まぁそれもいいか・・。

(登山道から189m峰を。
本コースでの最高峰。)

山頂で写真撮ろうとデジタルカメラを取り出すがカメラがエラーメッセージを示した。メモリーカードが入っていないのだ。そういえば家のPCに差し替えたままにしていたっけ・・。なんだかぼけているなぇと悔やんでいると、下の娘が「はい」といってカメラを手渡してくれた。学習教材の付録のおもちゃカメラを面白がって持ってきたようだった。それでも一応フィルムが入るようになっている。撮れるかどうかわからぬが何枚かパチリ。しかし、早くも子供たちに救われるようでは情けない話だ・・。

先へ行こうよ、と促されて山道を奥に踏み出した。このままハイキングコースがあって、最終的には葉山町役場までほぼ馬蹄形に歩けるのだ。階段道が続く。それも終わると森閑としてきて足が進む。子供たちは注意も聞かずに先へと歩いていってしまった。結局家内と二人で取り残された山の中をゆっくりと歩く。山歩きは好きではないと普段から言っている家内も、やはりこの森林シャワーは気持ちがよいようだった。

常緑低木帯が続く。山深く気持ちは落ち着いてくる。三浦もなかなか捨てたものではない。コースは相変わらず手入れがされているが木の階段が部分的に続きそれがかえって自然を損ねてもいる。子供たちは時々待っているが親の顔を見るとまたホイホイと走っていく。家内は下り坂を怖がってへっぴり腰となる。そんな難しい場所ではないのに何故だろう・・。山道を歩くコツは何なのかなぁ、とも思う。

地形図上にその標高を示す189m峰への登りは急な階段が延々と続くものだった。さすがに皆途中でへこたれてくる。上りきった場所はまだピークの頂上ではなくその肩のようだった。皆美味しそうにペットボトルのお茶をゴクゴクと飲んでいる。この先ハイキングコースは189mピークには行かずその南面をトラバースし始めた。189mピークの頂上にある電波中継塔への送電線がここから登山道に並行するようになった。これだけで随分と人臭い。

途中で葉山町のごみ処理場のそばを通るようになり、異臭が漂い始めた。右手の樹林越しに見え隠れする大きな建物だ。

このあたりで興ざめがして後は淡々と歩くだけとなった。しばらく歩くとお彼岸の線香の匂いが漂ってきたらお寺の上部に出た。車道はすぐで、これでぐるりと一周したことになる。

国道をのんびりと歩いて図書館に着いた。

* * * *

海が見たくなりそのまま車を海岸近くまで走らせた。静かな山の中が嘘のように、何が楽しいのか海岸道は車で溢れていた。場違いにように感じられて下りることなく帰路に着いた。途中の大きなショッピングセンターでさっそく二女のおもちゃカメラからフィルムを取り出し現像に出してみる。現像を終え手にした写真は、わずか数時間前の三浦の緑と、家族の光景をしっかりと捉えていた。いつしか大きくなった子供たちと、中年真っ盛りの自分たちが、そこに居た。

思い立っての散歩に歩いた三浦の丘陵。緑を見て、海を見て、そしてその奥に見えたのは確実に過ぎてきた時の流れだった・・・。

(終わり)

今回のコース。カシミール3Dを使用。


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