憧れのテレマークスキーツアー、霧ケ峰へ 

(2003/3/21、長野県諏訪市)


誰もいない真っ白なバーンだった。スキーを履き一歩踏み出した。ついに来た、こんな静寂の雪の山へ・・・。シュッシュッ。踵が上がるスキーはやはり軽い。これから今日一日、何が起こるのだろう・・とにかく憧れのツアーに出たのだ!ついに第一歩に踏み出した。先行する須崎さんに迷惑のかからぬよう、頑張らなくては。いや、まずは、とにかく楽しもう・・・。

山スキーに憧れて思わずテレマークスキーにトライしてみた。とにかくスキーを履いて誰もいない雪原を、ブナの林を縫うように歩き、滑りたい、そんな憧れを抱いたのはもう7,8年も前の事だろう。近郊の山とはいえ雪のついた山は間違えなく数段も役者が上がり魅力的な風景になる。そこに一人静かにスキーを進めてみたい・・・漠然とした憧れだった。本格的な山スキーは技術としてもスキーと雪山の両面が求められよう。テレマークによるツアースキーはもう少し軽いイメージがあり、対象も必ずしもピークハントではなく山麓や穏やかな地形をツアーするといった感じか・・。それなら自分にも出来そうな気がしたのも事実だった。

テレマークはもとより山スキーもこなすベテランが幸いにも自分の近くにいる。JI1TLL・須崎さんで、自分がテレマークを危なっかしくやり始めたのをさすがに見かねたのだろうか、手近なツアーに出ないか、とのお誘いを頂いた。自分としてはもう少し上達してからツアーの同行を申し込もうと密かに思っていたが、やはりここでベテランの技術に触れることは願ってもないことだろう・・はやる気持ちを抑えて二週間後、薄暗い横浜を出て中央高速を霧が峰に向かったのだった。

* * * *

まだ雪の残るビーナスラインは左右が1mくらいの雪の壁に覆われている。冬季封鎖のゲートを少し過ぎたあたりで車をとめる。ここが今回の入山口になる沢渡スキー場への入り口だろう。地元ナンバーの四駆が止まっており丁度クロカンスキーの準備をしていた。その後ろに駐車して装備を整えていよいよスキーツアーの出発だ。

今回のコースはクロカンスキーのガイドブックに載っていたものだが、沢渡スキー場から車山の肩へ登りそこから北西方向に1836mピーク(蝶々深山)、1780m地点(物見岩)と通過し八島湿原へと滑り込み後は湿原の中を沢渡スキー場へと戻るという周回コースだ。テレマーク初心者にとっても申し分のないコースだろう。コースの大半は夏は草原だという。広大な雪稜と雪原を行くことになろう。期待と興奮、そして緊張で不自然に体に力が入ってしまう。

沢渡スキー場はもう何年も営業していないようでチェアの撤去された索道のみがポツンとかかっていた。ガイドブックではこれを利用して高度を稼ぐとあったが、もちろんこのスキー場が営業しているとは半信半疑だったので登りは覚悟の上だった。

誰もいない真っ白な雪山。登りがきつくなってきた。みるみるうちに須崎さんとの距離が離れていく。平地に近い傾斜で何度が練習しただけのテレマーク板による登りだがここまで傾斜が急になってくるとなかなかステップカットがうまく雪面を捉えてくれない。それで一歩づつズルズルと下に滑ってしまいなかなか高度が稼げない。仕方なく斜登高を交えて登っていくがこれがなかなかきつい。ゲレンデスキーを離れてもう10年は経つだろう。ここまで本格的に雪面を歩くのは久しぶりのことで、改めてこんなにスキーって辛かったのか、と垂れる汗を拭いながら考える。手足をフルに使いここまでの時点ではやくもバテてきた。先行する須崎さんはさすがに手馴れたものでシュッシュッと軽快に斜面を登っていく。道具は同じなのだ。ステップカット板で登るコツがつかめないのだとは思うが・・。

雪稜の向こうに消えてしまった須崎さんを追おうにもとにかくもはやクタクタだ。ようやくブッシュの袂でスキーを外し遠景の北アルプスを食い入るように眺めている須崎さんに追いついた。疲れてとても立っていることが出来ず、スキーを脱いで雪の上に座り込んでしまった。水筒の水をゴクゴクと飲み、ようやく人心地がつく。促されて遠くを見るとなるほどすばらしい展望だ。御岳から乗鞍、そして穂高・・うーん、登ってきた、とにかく、スキーで登って来たんだ。こんな展望の下にようやく来られた。地形図を見るとそれでも150mは標高を稼いだことになる。そしてこれから見る先は広大な雪のスロープであとはゆるやかに滑るのだ。早くもシャリバテを起こしていたのでサンドイッチをひとつ頬張る。「スキーツアーに出ると体重が確実に数キロ減りますよ」、と須崎さん。やはりそれなりにツアーはヘビィなのだろうか。

前方にはただもう真っ白な絨毯としかいいようのない巨大な雪があるだけでそこに滑り込む。おそるおそるの直滑降だが傾斜がゆるいので気持ちがよい。自然に止まるとまたなだらかな登りが待っている。地形図上1836m峰である蝶々深山への登りだ。

「足を滑らす感じで前に出すんですよ。うまくストックと足をリズミカルにあわせて登っていきます。」と須崎さん。ちょっとした事だがそれがうまく出来ない。それでも傾斜が先ほどよりゆるい事もあるが今度はズルリと滑ることなく登っていける。

(1838mピークをバックに。
誰も居ない真っ白なバーンだ・・。)
(登りついた1838m峰には南の耳という指導標。
蓼科山を背景に。)

蝶々深山の山頂は広大な白い頂きで、山名指導標が立っているだけのものだった。ここからの展望はすばらしく南アルプス、中央アルプス、御岳、北アルプス、蓼科山、浅間山、四阿山など、名だたる山が四周ぐるりと見渡せる。シールをつけた1m程のショートスキーを履いた先客の二人連れが降りていってしまうともうあとは誰もいない。さぁ後は二人だけでこの贅沢な風景と山そのものを満喫してしまおう。

昼食を取っていると10人ほどのパーティが上ってきた。クロカンスキーやテレマークありの混成チームで、みな高年・壮年に近い男女だ。シルバーパワーも馬鹿にならない。若輩者も頑張らなくては。一行の中の真っ黒に日焼けした人物が引率で、ガイドとも山小屋の親父とも思える。これから滑る物見岩から八島湿原へのルートを指し示してくれた。

さて今日の行程はこれからは殆ど降りるのみだ。手始めにすぐ目の前にそびえる1838mピークへ向かう。真っ白な斜面をボーゲンで数ターンしたらあとはまっすぐに直滑降で鞍部へ滑り降りた。そのまま1838m峰への緩い登りに転ずるが今度は歩きやすい。ようやくこのスキーのステップカットにも慣れてきたのだろうか。反対側の足に体重を移しかえる際に余り粘らないことが大切なようだ。ステップカットでもっとも体重がかかるのはやはりバインディングで固定されている足の指の付近なのでそのあたりまで体重をかけたら直ぐに反対側の足に乗りなおすがよさそうだ。

するすると登っていくとすぐに1838m峰だ。南の耳、と書かれた指導標が立っている。ここからの蓼科山は目の前に美しい姿を見せている。眼下にはエコーバレースキー場の最上部があり、こうしてツアーに出るとああして金を払ってぐるぐるとまわるだけのゲレンデスキーがずいぶんと遠い世界のようにも思えてくる。なんて思っているとエコーバレースキー場から、雪崩を起こす可能性があるのですぐに戻れ、との注意を促す放送が流れてきた。こちらのほうも監視しているようだ。

直ぐ下の物見岩まで気持ちのよい斜面が続く。ボーゲンでも上手くいかずに転んでしまう。が、こんな素晴らしい自然の中では転んでも別に何ともない。立ち上がってしばらく進んでまた一回転。さもない斜面だが自分はこんなにスキーが下手糞だったっけ、とも思ってしまう。物見岩までくると眼下に真っ白な雪原が広がっておりあれが八島湿原だ。ここに滑り降りるのだ。このまま尾根伝いで降りていってもよいが先ほどのガイドの教えてくれたようにやや北面の緩い谷に滑り込んで湿原に出てみよう。

思ったより急な谷で足がすくむ。須崎さんが先行し斜滑降とシュテムターンを交えてぐんぐん降りていってしまった。こちらも斜滑降だが、こんなに難しかったっけ?うまく二本の板に体重がのらずずいぶんと不自然な姿勢でそろそろと進んでいく。ターンはキックターンしかない。谷へ降りていくと潅木帯となる。須崎さんは遥か前に小さくなっている。須崎さんには申し訳ないけれど、ゆっくり行かせてもらおう。このあたりまで滑ってくると少しは昔の勘が取り戻せたか、横滑りで斜め下方に下りていくことが出来た。そういえばこんな事も前はすいすいやっていたよな・・。

(物見岩から眼下に滑り込む八島湿原を遠望する。結構な下りで緊張がよぎった。)

沢を抜け出すと潅木の混じる雪原を縫うように滑る。真っ白なピークからブッシュの原へ、これがツアースキーというのだろうか、
自分の周りの風景が流れるように変わっていくではないか・・。

須崎さんを見逃してしまったので430MHzで連絡をとりあい合流する。もうひたすら真っ白で大きな雪原が目の前に広がっている。八島湿原だ。夏は広大な緑の湿原だが今は1m近くの積雪はあろう。誰も居ない。丁度傾きかけた日が鷲ヶ峰の肩にかかっており自分と須崎さんの影が長く伸びる・・ここんな所に居ることがとても信じられない。来て良かった、なんという贅沢な一日だろう。

須崎さんに習いパスカング走法を真似してみる。上手くはいかないが一回のキックでなかなか距離が伸びる。歩くスキーには昔なんの魅力も感じなかったものだがそれは早計だったというべきだろう。自然と一体にゆったりとしたリズムで歩くというのがこれほど楽しいとは・・。

左右の山肌が狭くなってきていつしか湿原の出口だ。物見岩から下りてきた山肌のすそを回りこむように東に進む。そろそろ今朝のスタート地点が近いはずだ。須崎さんがここで2.5万分の1図を手に素晴らしい読図を見せてすっとコースを離れるとすぐにビーナスラインに出た。そこからは今朝路肩に停めた自分の車まで30mほどしか離れていなかった。

ツアー無事終了。申し分のない天気にこの辺りにしては珍しく無風に近い一日だったのはまさに天の配慮だろうか。須崎さんとがっちり握手をする。

* * * *

諏訪の市街地に下りて温泉を探す。昭和三年に建立されたという由緒ある片倉館の湯船につかる。熱い湯がスキーで酷使した体にとても心地よい。

手くスキーの要領がつかめなかったこともあるが辛い登りだった。登りついた潅木の裾で飲んだ水の美味しいこと・・。そして蝶々深山。自分にとって初めてスキーで踏んだピークとも呼べる個所だろう。展望も素晴らしかった。そこからは登りも交えるが緩い下りで真っ白なバーンから潅木帯の沢筋まで、何度転んだかわからない。しかしなんと素晴らしい風景の展開だった事だろう。そして締めくくりは静寂の雪原を目の前にした。西日に伸びる自分の影とあまりの静けさにおもわず感傷的にすらなってしまうほど・・。

・・・まるで今日一日夢を見ていたような気がする・・・。

古い建物の湯場は西欧風の重厚なもので湯船は深く立って温もるという貴重な体験が出来る。体がゆっくりとほぐれてきて汗もたらりと流れてくる。すっかり体がリフレッシュされたように温まった。今日一日下手糞なスキーに付き合っていただいた須崎さんには申し訳ないという思いがある。須崎さんには物足りないコースだったかもしれないが・・。でも貴重な経験をさせて頂いて本当に嬉しい。憧れていたテレマークスキーツアーがとうとう自分にも出来たのだから・・。さぁ後は横浜まで長いドライブが待っているばかり。あと数時間頑張りますか・・。素晴らしい山仲間が供にいて、贅沢な一日が過ごせたことがただただ嬉しかった。

(終わり)

(コースタイム:車9:36−沢渡スキー場入口9:48−蝶々深山11:30/12:50−南の耳(1838m峰)13:10/13:20−物見岩13:30/13:35−八島湿原出合14:30−八島湿原西端15:00−諏訪神社横15:20−車道15:48−車15:50)

GPSのTrip Comupterより:TOTAL Time 6H50min、Moving Time 3H08Min、Stopped 3H41Min、Odometer 9.97Km、MaxSpeed 20.2Km、Moving Ave 3.2Kh、Overall Ave 1.5Kh


アマチュア無線運用の記録

蝶々深山(1836m) 長野県諏訪市 430MHzFM運用 STANDARD C710+ホイップアンテナ


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