手ごたえのあった御坂の山・・毛無山から十二ケ岳へ 

(2003/11/2、山梨県南都留郡)


(毛無山から十二ケ岳(左)と節刀ケ岳(右)
を望む。十二ケ岳までは岩場が続く)

西湖のほとり、根場集落に来たのは久しぶりだ。節刀ケ岳から、王岳から、縦走して下山したのがこの根場だった。どちらの山行でもここに自転車をデポしておき入山地点に戻るという周回山行のコースだった。今回も過去2回と同じ場所、魚眠荘のキャンプ場の側溝脇に自転車をくくりつけてから西湖沿いに車を走らせる。今回の入山地である文化洞トンネルまでは10分とかからない。トンネルを抜けると大きな空き地がありそこに駐車する。準備をしてトンネルの脇から登り始めた。

このまま毛無山まで登りそこから西へ十二ケ岳へ、今回のコースは御坂の主脈縦走路から派生している尾根を歩くことになる。十二ケ岳の先、金山で御坂の主稜線に合流するこの枝尾根はまだ歩いたことがなく自分にとってはまだ登り残していた御坂の山として長く気になっていた。もっとも毛無山から十二ケ岳と二つのピークを持ちながら標高1500mを超えるこの支稜は枝尾根と呼ぶには立派過ぎるほどの顕著な独立している尾根とも言えるだろう。

登り始めるとすぐに右手の斜面に鋭い動物の鳴き声が響き黒い小型の獣が斜面を走り抜けていく。数匹の猿の群れだ。静かになった斜面を再び登っていく。山は丁度紅葉シーズンのようで赤や黄色の樹林の中を進むようになる。朝日が背後から差してくるのと相まって随分と明るい風情の山だ。このところ仕事も忙しく山にも以前のように行くことが出来なくなってしまった。そのせいか、ずいぶんと季節感を味わうことに乏しい生活を日々送っているように思える。気づけばもう秋たけなわだった・・。今まで一体何をしていたのだろう・・。

道は等高線の密に詰まった斜面を登っていくので辛い上りではあるがさすがに高度を稼ぐのは早い。早くも背後には河口湖の展望が大きく広がっている。湖面が銀色に光りそこにモーターボートの軌跡が波紋となってゆるやかに広がっている。再び登り始める。このようにたっぷりと登るのも随分と久しぶりのように思える。やはり山は素晴らしい。体の中の血管のすみずみまでゆっくりと新鮮な血が流れていくような感覚をまた味わうことが出来た。このリフレッシュされていく実感、そして土の感触、木の匂い、山の空気・・どれもが久々に接するものとはいえ自分の体の中には馴染みのあるものとして記憶されていたことが嬉しい。汗を拭ってまた登る。背後からひとけを感じたので振り向くと50歳くらいの単独行の男性が早いペースで登ってきた。使い込んだザックを背負っている。

急登もやや一息つくような感じになると小ピークに登りついた。地形図(2万5千分の1図・河口湖西部)上にその標高を記している1241m峰だ。落ち葉を踏んで先に進む。今日の好天もあってかさすがに入山者は多い。何人かを追越して登っていく。再び緩やかな登りになると指導標があり右手から長浜集落からの登山道が合流した。目の前には山頂部にカヤトの広がる毛無山のピークが俄然近くなった。日だまりのぬくぬくとしたピークといった感じだ。更に左手には十二ケ岳が思いのほか近くに見える。しかし実際には毛無から十二ケ岳までは近くは見えるが、岩場と鎖場の連続する御坂随一の険路とガイドブックには紹介されているコースでもある。昭文社のエアリアマップにもこの区間は破線表示だ。さてどうなることか・・。

灌木を抜けるとカヤトの中であとはこれをジグザグに登っていくだけだ。背後には富士が悠然とそびえたっている。御坂の山の良さは富士を思う存分に眺められることにある。

毛無山の山頂はカヤトではなく小広い土の頂上で眺望は素晴らしい。430MHzで手短にアマチュア無線運用をこなして、いよいよ十二ケ岳への縦走路に足を入れた。

小さなピークが続くコースには順に一ケ岳、ニケ岳、三ケ岳、と名がついている。ここまで特徴のない尾根道が続き内心ほっとするが、次の四ケ岳の先にはロープの下がった岩場がありそこに進退窮まった風の三人組中年女性パーティが停滞していた。一人が下がりかかったのはいいが途中の岩の上でその先の足場捜しに窮しているようだ。先を促されたので行ってみる。なるほど、ロープがもう少し手前についていれば手がかりになりやすいのだが・・わずか数メートルの下りとは言え自分の身長もそこに加わるので高度感はある。腰を低くして、過度にロープに頼らぬようにして足をおろす。無事に地面を踏んで一安心。女性パーティはここで戻ろう、と話している。

更に進む。目だった岩稜はないが北側に深く落ちた斜面のへりを進む箇所も現れる。岩峰の基部をまくように進む箇所もある。なんとか十ケ岳まではそれでも進んできた。決して歩きやすいコースではないので直線距離の割に時間がかかるのも頷ける。

(思わず足が止まる吊橋
がキレットにかかっていた)
(岩場にかかるロープを
頼りに足場を探しながら
下りていった)
風に揺れる穂から秋の
香りが漂った)

十一ケ岳まできて真正面に十二ケ岳の威圧的な斜面が迫ってきた。遠目ではそうは思わなかったが近くから見るとまるで垂直の岩の壁そのものだ。それがまるで屏風のごとく目の前に立っていた。まるで取り付くしまのないような、絶望感すら漂わす斜面に目をこらすと、鎖を頼りに何人かがよじ登って行くのが見えた。あれを、登るのだ・・。

それもさることながら目の前に急角度で登山道が落ち込んできてそのさきに吊橋がかかっている。これをまずは下りなければあの斜面にすら取り付くことも出来ない。さてどうしたものか。悩んでも行くしかないのでまずは向かって左側から下りてみようと思う。数歩下りてみるがてみるが万事休すだ。この先に適当な足がかりが見当たらない。一旦登って右側から下りていく。垂れ下がっている鎖とロープを手に巻き付けながら慎重に足場を探す。鎖場ではあまり鎖に頼り過ぎぬこと、とは知識としては知っていても実際の現場を前にするとそうはうまく行かない。ましてや岩場の基礎がない自分はどうも必要以上に恐れてしまいがちのようだ・・。

なんとか下り切るとこんなところによく設置したものだ、と思わず唸るような吊橋がかかっている。距離は短く5mくらいだろうが、底板のすき間から見えるその下は軽く3mは何もなくその下には脆そうな岩稜が切り立った背中を見せていた。これは鞍部というよりもまさにキレットと呼ぶべき代物だろう・・。その先にはいよいよ峻険な登路が待っている。もう後にもひけない。緊張感とともに尿意が高まり気を静めるために用を足す。尿が放物線を描いて谷に落ちていく。落とすのは、尿だけにしたい。

橋はしっかりとした造りで不安なく渡り切ると、迷うことなく一気に登りにとりついた。左にある鎖に手をかけて上半身を持ち上げると古びた鉄梯子があった。それをたどると目の前に次々と手がかり・足がかりが現れてくる。傍から見るほどの登りではないようだ。適度に鎖に頼りながら高度を稼いでいく。落ちることを考えるとムズムズしたものを腹の底に感じるが実際にはそこまでの心配の必要ない登路なのだろう。

木の根に指をかけ体を上げ、鎖を補助に乗り切る。振り返ると十一ケ岳がもはや眼下に低く同時に目の上には稜線が近い。一頑張りで傾斜が緩み人の談笑が樹林越しに漂ってきた。

十二ケ岳の山頂はあまり広くなく、そこには小さな祠と7,8人の先客が居た。ザックをおろすが背中にはまだその重みが残っているような感覚がある。自分にとっては緊張感を強いられる箇所が続いたのでしばらくは脱力感が大きい。南面以外は樹林が茂りあまり展望がよくない山だ。肝心の富士の方向は南向きのため逆光で何も見えない。秋とは思えない強い日差しが溢れ込んでくるだけだ。山梨百名山の標識も立っているがその山名も日陰になり読みづらい。

手短にアマチュア無線・50MHzの運用を準備をしてCQを出していた局を呼んでみる。ピックアップはしてもらったがRSレポートも悪くどうも様子がおかしい。自分の無線機の出力計が全く触れていないことに気づいた。数々の山頂に持ち運んだ自作の無線機だ・・とうとう、いかれたか。無線はこれでおわりにしてお握りを一つ頬ばった。

ここで予定の山頂を踏むには踏んだがまだ行程は長い。そこそこ休んでザックを背負うとしたら足元の靴のソールが剥がれかかっているのに気づいた。ご丁寧に左右同時に、ビブラムのソールが土踏まずの箇所で剥がれている。ナイロンのこの靴は丁度5,6年目だろうか、ここまでの岩稜で剥がれなくて良かった・・。細引で応急処理して先へ進む。

山頂から先にも急な岩場の下りが待っていた。剥がれかかったソールが妙に気になって仕方がない。気をつけて下りるとこんどは登り返す。両手を岩にかけて慎重に登るとあとは目の前に素直な稜線が続いているのが見えた。岩場は、もう終わりだろう。右手に小さく尖るピークは数年前に登った節刀ケ岳だ。既に歩いたことのある自分の既知の稜線が近い。

ゆっくりと歩きなだらかに登りつめると金山のピークだ。ここで黒岳、節刀ケ岳から続いてくる御坂の主稜線に合流したことになる。ここまで、結構手ごたえのあるコースが続いてきたのでなにやら疲れてしまった。山らしい山からしばらく遠ざかっていたのもあるだろう・・。随分と早いペースで減っていくペットボトルのウーロン茶をごくりと一飲みして430MHzで交信相手を捜してみる。CQを出すとすぐ隣の鬼ケ岳のピークから一局呼んできた。今から向かう縦走路中のピークだ。今から向かうところです、と告げて先へ進む。

(ハンディGPSで取得した今回のログ。カシミール3D
を使い同ソフトに付属の5万分の1図に軌跡を展開)

緩やかに登り続ける稜線を辿っていくと大きな岩に回り込むようになりそれを抜けると鬼ケ岳のピークだった。先ほどの無線局は三脚に八木アンテナをつけて山頂の隅に座っていた。挨拶をする。普段は50MHzばかりで430MHzFMの運用をしないせいか、初めて交信した局だった。南都留郡足和田村が近く統合されるのでそのサービスに来たという。朝早くから運用しているとのことだったが運用局数はあまり成果が出ていないようだ。やはり標高はそこそこあっても関東平野からは結構奥まった場所でもある。

鬼が岳とは面白い名前だが山頂にある2つの大きな石が遠くから見れば鬼の角に見える、とはどこかで読んだ記憶がある。石はいくつかあるのでどれがそれかはわからぬがその一つに立ってみると、とても嬉しいことに北岳をはじめとする南アルプス北部の山が秋空の下に綺麗なスカイラインを描いているのが目を打った。南アルプスが見える・・、ここまでの疲労も忘れ去って、崇高な自分にとってのアイドルにただただ眺めいるままだった。

もう少し運用をしていくという彼と別れてここから直接根場へ下山するコースをとることにした。鍵掛峠に回るのも良かったが靴のソールが気になりちょっとでも短いコースを、と考えた。節刀ケ岳から下山する際に前回も通ったコースなので未知ではないという安心もある。記憶の通り長さ5,6mはあろうかというアルミの梯子を降りていく。急な下り坂になるとカヤトの原に出て、前回の山行の際にはここで出くわした富士の威容に暫くは足が止まった記憶がある。今回はやや霞がかっておりうっすらとしたシルエットのみだ。ススキが緩やかな風に揺れて、それにつれて秋の匂いがゆっくりと伝わってくる。

急な下り坂をジグザグに下りていく。雑木林の中をガサゴソと音を立てて歩くのも秋ならではの山の音。そんな季節感を味わいながら下っていくと道は尾根を左手に外れて暗い植林帯の中に導かれる。陽の光も届かずほの暗くなった中をたんたんと下りていくと砂防ダムの工事現場になりそのすぐ下に林道が届いていた。ソールはすっかりと剥がれてしまったが、とりあえず無事に歩けきったのは幸運だった。

魚眠荘に戻りデポしておいた自転車にまたがる。さっきまでそこに居た、明るくオレンジ色に輝く稜線を見つめる。今日も、一山登って、下りてきた。何が楽しいのか、と言われても即答できない。ただ、日々会社で仕事に終われている日常からこうして山に来ると、改めて自分は毎日何をしているのだろう、と考えることができるし、歩きながら、いろんなことを考えることも出来る。家族の顔を、目の前にするよりもよりじっくりと頭の中に描くこともある。お気に入りのメロディを無意識に口笛で吹いていることもある。そんな事に飽きれば、全く何も考えることなく移り行く目の前の風景に自分を同化させるだけだ。疲労感が楽しみと思える、貴重な時間。

ゆっくりと自転車をこいでゆく。火照った体に湖面を渡る風が気持ちよい。毛無山までの秋の気配の深い尾根も、十二ケ岳までの岩稜歩きも、そして落ち葉を踏んだ下山路も、手ごたえのある楽しい一日の山だった、と、そんなことを思いながら横浜へ戻った。

追記:自宅で確認したところ無線機は無事動作しほっと安心。アンテナのSWRが高すぎて出力が出なかったのではと想像する。

(終わり)

(コースタイム:文化洞トンネル8:30-1241m地点9:05-長浜分岐9:20−毛無山9:45/10:05−十二ケ岳11:40/12:15-金山12:55/13:15-鬼ケ岳13:45/14:05-根場15:27-(自転車)-文化洞トンネル15:50 )

(根場に自転車
をデポした。山が
赤く輝いていた。)
(細引きで補修したものの
ソールが左右ともすっかり
剥がれてしまった。)
(文化洞トンネルを河口湖側に
抜けたところに駐車場と入山
地点があった。)

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