新春の伊豆ケ岳 

(2003/1/11、埼玉県飯能市)


(青い雪面に杉林を透過して陽射しが届いた。
斑模様に浮かび上がった中、清涼な空気に
一人包まれた。)

Nikon nFM2/T ズームニッコール35-70mm

奥武蔵の山は武川岳と大持山周辺しか登った事がなく奥武蔵入門の山としてポピュラーな伊豆ケ岳にはまだ登っていなかった。なんとなく植林帯の山なのではないか、と勝手に想像していたからかもしれない。雑木林の山が四季折々に風景と表情を変えるのに較べ植林の山は一年中無表情な緑色と茶色のみ。色彩の変化の無い山はつまらない。だからあまり触手が伸びなかったのかもしれない。であれば雪のあるであろうこの季節が良いのではないか。雪が多少の表情の変化を山につけてくれる事に期待しよう・・・。それに正月あけののどかな山里の風景に包まれて歩くのも悪く無い。奥武蔵は手軽に山里の雰囲気が味わえる場所でもある。そう思い早朝の横浜線で八王子に出て八高線に乗り換える。

ディーゼルカーの走っていたのどかな八高線も今では立派な電化区間であり新造車両までも走っている。それでも走り出してすぐに車窓の風景は雪の残る田園風景となった。横浜から1時間ちょっとで随分と内陸に来た感じが漂う。東飯能で西武線に乗り換える。山々の北斜面にはのっぺりと雪が残っておりそこそこ楽しめそうだ。正丸駅で下車するとここで下りるハイカーが多い。やはり伊豆ケ岳は手近なのだろう。みなさんシルバーエイジで自分とて立派な中年だがまだまだ彼らに混じると若輩者だ。

西武線をくぐり抜けると緩い登りみちで点在する民家の中を登って行く。車が通るので除雪はされているが側道や辺り一面は雪が残っている。空気が冷たくまだ靴底が固く感じられてうまく道路に馴染んでくれない。のんびりと先行するパーティをいくつか追い越して進む。車道が大きく右手にカーブしてやや登ると小さな沢が左手から合流してきてそこに伊豆ケ岳をしめす指導標が立っていた。ここから沢沿いに登って行くのだ。そのまま沢沿いに踏みこんで進むが雪が嫌な具合に凍結しており滑ってしまう。やや山肌側を歩くとパリパリと固まった雪を踏むような感じでグリップが得られる。沢と言うが小川と言った感じで小さな規模の流れだ。案の定杉の植林の中へ深く進んで行く。白い山肌に杉の穂先が落ちている。

傾斜の緩い道で相変わらず固まった雪は滑りやすい。道はやや傾斜がきつくなってきたがそこにべったりと固まった雪が付いているのが見て取れる。横着しないで軽アイゼンを履く事にした。左手から大きな尾根が落ちてきてそれを右手に回り込むように進んで行くと傾斜がいっそう強くなってきて急速に沢らしさが失われてきた。短いつづらおれがありこのまま尾根まで遮二無二登ってしまうようだ。沢の源頭部がこうして山肌に消えて行く箇所は自然が作り上げたものとはいえなかなか興味深い地形でもある。

立ち木につかまる様にしてぐいぐい高度を上げて行くと伸び上がるように植林帯を抜け出して、振り返るとすかっとした風景が待っていた。奥武蔵グリーンライン沿いの山並が眼前にせまっている。こちらからみると南西斜面となるのか雪は殆どついていないようだ。そこからすぐに尾根の上に立つ事が出来た。伊豆ケ岳の北にある780mピークからほぼ真東に向かって伸びる枝尾根に登り付いた事を地計図で確認した。山が小さいのでもう殆ど登りきってしまったことになる。ちょっと呆気ない。この支稜を西に向かって登って行く。好ましい雑木林は一瞬で尾根の左手はまたもや谷から上に向かって植林が進出していた。。

滑りやすい雪道が続く。尾根を境に右手に雑木、左手に杉林をという眺めだが左手の杉林の中から陽射しが射していた。その光に目の前の青みがかった雪面が斑模様に浮かび上がっていた。空は例えようもなく青くて、立ち止まると空気は爽やかに冷たい。やはり山に来たという喜びがある。例え小さな山とは言えやはりそれなりに素晴らしい。こんな所に一人で佇んでいる事はやはり幸福そのもといえた・・・。

斑模様の尾根をゆっくり歩くと目の前にほぼTの字のように尾根と交わった。伊豆ケ岳から正丸峠に向かってまっすぐ北に伸びている主稜線だ。雪が一部かなり深くなる。スパッツは履かなかったがくるぶしを没する程の積雪となった。気にせずそのまま進む。ピークに登りついたが前衛の780m峰だろう。そのまま素通りすると目の前に伊豆ケ岳が高く望まれた。眼前の岩場の絶壁があるがこれが男坂だろう。積雪のせいかロープと立て看板があり入れないようになっていた。踏み跡は無いともいえないが腕に自身が無い。左手に巻いて行く女坂へ迷う事無く足を進めた。

北西斜面をトラバースする女坂は皆が歩く事もあってか完全に凍結していた。今履いている4本爪のアイゼンよりも、6本爪を持ってきた方が正解だったかもしれない。スケートリンクの様になった道を登って行くとはや山頂は近い。階段を上って一息で山頂に着いた。素晴らしい眺めだ。それになによりも陽射しに溢れている。まだらに残る雪に反射して光の粒子が飛びまわっている。暗い北西斜面から登ってきたせいかしばらくは目が慣れない。

関東平野が目のまえにぼうっと広がっている。後ろには武川岳と大持山が思いのほかに近く立っていた。パァンと時折聞こえてくる発破の音は武甲山だろう、セメント用の石灰岩採取の為にその姿かたちが全く変わってしまった山だ。石灰岩採取は山の姿を切り崩す事よりもはるかに大切らしい。奥武蔵随一の名山と詠われた山はもはや亡骸になってしまったが、この調子だとほんとうに削り取られてしまいそうなのでやはりあるうちに登っておこうか・・。

50MHzの運用は簡単にピコ6とデルタループアンテナで行う。ロケのおかげか良く呼ばれる。小出力の無線機に簡単なアンテナ。気負いの無いアマチュア無線は楽しい。湯を沸かしココアを入れる。荷をまとめて出発だ。
(820m峰から伊豆
ケ岳を見る)
(植林の暗い尾根道をたどると車道が横切る
天目指峠に出た。)

天目指峠方面に向けて尾根伝いに南下する。一旦100m近く高度を下げて再び70m近く登ると東屋の立つ820mピークでこれを超えて更に降りていくと柔らかい日差しの雑木林から再び薄暗い杉林の中へ導かれていった。たんたんと進む。パンと乾いた音が谷あいからこだましてくるがこれは勿論武甲山の発破ではなくハンターの発砲だろう。果たして雪のついた稜線の端に派手なオレンジ色のベストを着たハンターが谷筋を窺っていた。下から猟犬の遠吠えも聞こえるが余り良い気はしない。雪は南向きはすっかり溶けているが日陰や北面にはアイスバーン状に残っておりアイゼンはやはり脱げない。伊豆ケ岳の山頂で一緒だった二人組みを抜くが、彼らの足元にも6本爪がまだ付いたままだ。

高畑山・695m峰は薄暗い植林の中だった。1200MHzでCQを出すが全く呼ばれない。仕方なく430MHzに切り替えるとすぐに交信相手が見つかった。余り好きになれないバンドなのだが山岳移動を手早く終えるという観点からは避けてとおれないのかもしれない。

高圧送電線をくぐりあいかわらず代わり映えのないしない植林の尾根だ。ひとしきり下がると車道にでた。天目指峠だ。ようやくついたという気がする。先ほどの二人組みはここでアイゼンを外していたが彼らはこのまま尾根伝いに子の権現まで歩き吾野駅へむかうという。自分も最初はそう考えていたが、しかし今日はもういいかな、という想いが心の中でわいていた。もうこれ以上植林の尾根を歩いても楽しいこともないだろう。このままおりて西吾野の駅に出よう。

車道歩きは単調だが、周りの田園風景や今日の山への反芻などをしながら歩くとなかなか距離がかせげるものだ。また石蹴りなどをするのも悪くない。がそれも舗装路の硬さに足の裏が痛くなってくるとそれまでで、今日は下久通の集落を過ぎたあたりでそれがきた。あとはだましだまし歩くだけだ。

国道に出る。余り便利とはいえない電車のダイヤ。西吾野駅着の時間まであとわずか。頑張って上り坂を走りホームに着くのと池袋行き電車がやってくるのがほぼ同時だった。朝買ってそのまま飲まなかった缶ビールが喉に心地よい。

一月、新春早々の小さな山歩き。山間の駅から歩き里を抜けて植林帯へ。雑木に転じて山頂へ。そして再び植林へもぐり山里から駅に戻った。単なる点から点への移動といってしまえばそれまでだが、舗装路歩きで熱気の残る足の裏に今日の山への確かな満足感があった。

(終わり)



アマチュア無線運用の記録


伊豆ケ岳  851m 埼玉県飯能市 50MHzSSB運用 14局交信 Mizuho MX-6S(1W)+デルタループアンテナ

高畑山   695m 埼玉県飯能市 430MHzFM運用 2局交信 Standard C710+ホイップ

左は軌跡をザックにつけたハンディGPSで取得しカシミール3Dにてダウンロードして地図上に展開したもの。





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