春うららかな小野子三山

(2002年5月5日、群馬県北群馬郡小野上村)


(小野子山への稜線から行く手に中ノ岳と十二ケ岳を
望んだ。青空の下枯れ色に新緑が混じる。あぁ山だ。
春の山が強烈に自分を包み込んだ・・。)

五月連休。今年は会社の休みも例年に無く長い。子供は学校が中日に何日もあり連続休日ではない。好機だ、そんな日を利用して久しぶりの泊まりの山に行くのだ・・。弾む気持ちでパッキングをして山行に備える前日の夜、風呂の中で中腰姿勢をとったらいきなり腰にピキッと電気が走ってしまった。あぁやってしまった。最近、疲れ気味のときなど時折ひょっとした折に腰が痛くなる事がある。一旦そうなるとまぁなんだかんだと1週間近くは痛みが続く。とりあえず山どころではなくなってしまった・・・!玄関に置いておいた楽しみの象徴、テント・シュラフで膨れ上がったザックが今や絶望の象徴として目に映った。

自分が情けなく、ものすごく不機嫌となってしまった。せっかくの良い時期に山に行けないなんて、何の為の休みだ!全てが腹立たしく家族には笑顔どころか、何かと文句ばかり吐いてしまう。家の中に不穏分子があれば当然家庭の雰囲気は悪くなる。大人げないと分かっていながら、止まらない。

険悪(自己嫌悪)で自堕落な休みを何日も過ごしてしまう。それでも4,5日達ち連休の終わりが見えてくる頃には少しは痛みも減ってきた。このまま山に行かないで折角の連休を終わらす事は避けたい。這ってでも行かなくては・・・。明日が子供の日という前日、妻に明日山に行くよ、というと「どうぞ」との事。.子供の日に山に行くのは我ながら気がひける。がここまでさんざん家中に不愉快さをまき散らす元凶だったので(もうその頃は流石にテンションは落ちていたが)妻もせいせい?と言ったところか、「今更子供の日もないでしょう、どうぞ気の済むまで行って下さい」、と呆れ顔だ。更に「去年の子供の日にも山に行っていたでしょ」、となかなか鋭くフォロウしてくる。その通り。去年は去年でやはり天候に恵まれずヒステリックになり連休最後の5月5日に逃げる様に山行に出かけたっけ・・。でも更に思い出すと一昨年もそうだった・・。実は昨年のみならず一昨年も5月5日には山でしたとはとても言えない・・・。とまれ、家族には申し訳ないけれどお言葉に甘えさせていただこう。急に気持ちが晴れてしまう。この現金さ、いいのだろうか?

やぁやぁ悪いねぇ、それじゃちょっと遊びに行かして貰うよ・・・。

さてそんなこともありちょっとした腰のリハビリも兼ねた山でなくてはならない。であると高低差も少なく行程も短めの山となろう。こちらは泊まり山行を諦めた余勢がある。近場の山は眼中にない。行程の容易さから群馬の小野子山が浮かんだ。昨年の一月に登った子持山のすぐ西隣に悠然として控えていたその姿は記憶に新しい。それに山麓では子持を妻、小野子を夫、と両峰あわせて夫婦峰と呼んでいるそうで、確かに隣会って仲良く並んでいるその様は夫婦である。それに妻(子持山)のほうがやや標高が高いのもいかにもそれらしくて良いではないか!空威張りばかりしている情けない自分、妻と家族に贖罪?のために一つ夫の山に登ってみるか、と屁理屈をこねながら早朝の高崎線に揺られた。

さて小野子山の行程が短いのには実は訳があって、何のことはないかなり奥の登山口まで実はタクシーで行けるからだ。金を払って楽をする、つまり札束登山である。普段ならもったいないがなにせこちらは勢いがあるのでこのさい行ってしまう。実際上越線の渋川駅から30分余り、中山峠の奥の赤柴登山口迄来ると山頂は近い。爽やかな五月の風が流れる登山口で車を下りて身支度をした。

ジムニーでなら登れそうな2mくらいの幅の登山道が樹林帯の中、続く。しばらくで左手からこれまた道幅2,3メートルの明らかに林道が合流した。といっても久しく使われていないのか路面は良く無い。車道とは言え結構な傾斜で一汗かかされる。樹林が低くなり青い空から日の光が強い。更に歩くと林道が右手に屈曲するその箇所からようやくそれらしい登山道が現れ山道に導かれた。いきなり木の根っこが露出して歩きずらいコースだ。

しばらくは急な道だが稜線まではさほどの距離でも無い。空は青く晴れ渡り、まさに五月の山である。稜線に出ると西からの風が吹いている。ザックを下ろし一息する。草津白根山あたりだろうか、まだまだ白い高峰が目の果てに並んでいる。あの上を渡ってきた風はクーラーの様に涼しく、火照った体に心地よい。

小野子山からの稜線は南に向けて続いている。しばらく辿りやや斜面をトラバース気味に進むと有刺鉄線に囲まれた大木があり、「姉ツツジ」とある。ツツジの季節にはまだ早い。通りすぎて再び稜線に登ると目の前に目指す小野子山の山頂が近い。東を見れば妻峰たる子持山が立派で、以外に高い。やはり夫は妻には頭が上がらぬという事だろう・・。目を西に転じれば小野子山の次に辿る事になる小野子三山の二山・中ノ岳と十二ケ岳が目の高さに控えていた。間の鞍部が思いのほか低く、結構縦走は疲れそうでもある。山は枯れた茶色い色彩だが、そこに濃い緑が混じり、無上の青空とあいまってまさに爽快そのもの、五月の山が強烈に自分を包み込む。

小さなピークを通り越して緩く下り登り返すと小野子山の山頂だった。登山口から以外に呆気ない。雑木の茂る山頂の片隅に50MHzのヘンテナを立てて自作のトランシーバをつなぐ。さすがに連休中なので局は沢山出ている。電信で出ていた埼玉・児玉郡の局と交信してSSBでCQを出すと、そこそこ呼ばれる。雑木林越しに関東平野が広い。標高は低いのだが、それなりのロケーションなのだろう。JI1TLLとつながったので閉局しても良いか、という気分になる。気づけば山頂には十数人もの人であふれていた。随分と熱中したものだ。会話に耳を傾けると皆地元の登山者ばかりだろう、わざわざ横浜くんだりから来ている物好きはそうもいるまい。先がまだあるのでザックをしまい周りの人に軽く会釈をして中ノ岳へ続く道へ踏み出した。

ずいぶんと急な階段状の下り坂でみるみる視界が狭くなり前方の中ノ岳が高くなっていく。それに樹林越しの山麓・高山村方面が思いのほか近ずいてくる。このまま下山してしまうのでは、と思うほどだ。以前に登ったお隣の子持山でもそうだったが、山頂から南に眺める山麓、つまり渋川や吾妻川沿いの集落に対する標高差に比べ、山頂から北に見る山麓、つまり高山村方面に感じる標高差はずいぶんと少ないように感じる。山頂を境に南と北では山麓の海抜がかなり違うのだろう。小野子山も子持山も南から眺めるとそれなりに高く広く悠揚相迫らずと言った姿だが、北から眺めるとただの冴えない盛り土の如きピークなのかもしれない。南から登れてラッキーだった。

がっかりするほど下りてようやく最低鞍部ですぐに登り返す。登りは辛いが上越国境方面から風が強く吹いてくるので心地よい。やや登ると展望の開いている北東方面に白銀の山々が高い。目立つ純白のピークが二つ。頭の中のうろ覚えの地図から武尊山と皇海山ではないか、と想像する。いや、皇海ではなく日光白根山かもしれない。立木にもたれるように手をあて休んでいる二人組を追い越しさらに頑張ると、樹林に囲まれた静かな中ノ岳の山頂だった。視界は効かないが太陽が新緑を透過して射し込みあたり一面に緑の空気が充ち溢れている。自分も身も心も同じ色に染まってしまう。このままずうっと為すがままに任せたいところだが勢いがあるので行ってしまおう。

立木に捕まるような急坂を下りていくと眼前の十二ケ岳が威圧的に迫ってきた。鞍部となり小野上村への下山路を左手に分けた。通り過ぎて緩く登ると男坂と女坂の分岐となり直登の男坂へ踏み込んだ。

手足を使うような急な登りだが岩場はなく樹林に囲まれているので恐怖感はない。再び北から心地よい風が吹き付けてくる。鞍部はちょうど喉のような地形、あるいは洗面台の排水口のような場所とでもいうのか、あたり一面に吹きあたった風がここに集中してその強さが倍増している、風の通り道なのだ、と実感する。涼風に励まされ押されるようにぐいぐい登ると視界がパッと開け、360度の展望を我が手に納める十二ケ岳の山頂だった。

オォーっと短く叫び、あとはしばらくは声も出ない。北には谷川連峰から上越国境の山々が白銀の衣装も麗しく近づきがたい絶対さで居並んでいる。素晴らしい眺めだ。自分に馴染みの無い山々なので峰々が同定出来ないのが悔しい。振り返れば眼下には小野上村の集落がマッチ箱のように可愛く点在し、その奥に幾つものピークを並べる榛名山の東裾にははや霞がかった関東平野が眠気を誘うような平和さで漂っている。これはまさに展望台。本当に笑顔と喜びが自然に溢れ出る様な山頂で、登りついてきた人々は心の底からの喝采を口々に上げている。あぁ、横浜からここまで結構遠かったけど、こんな眺めに会えるならわざわざ来た甲斐があったなぁと思う。小さな山だが少しづつ自分の行動半径が拡がってきたのが少し嬉しくもある。

昼食のコンビニおにぎりを食べながら50MHz運用をする。低木の茂みにワイヤーダイポールを伸ばしただけの簡単な設備で2局と交信。さてこの辺で下山後の吾妻線のダイヤが気になる。15:58に高崎行きがあるがそれをのがすと1時間は次が無い。まだ喜びと軽い酔いが残ったまま山頂をそのまま男坂と反対側に10m近く下りてから女坂を経て先ほどの鞍部に戻り、そのまま小野上温泉駅への下山コースに踏み込んだ。

たんたんとしたコースでやがて林道に出るとあとは面白みの無い林道歩きだった。交通量の少ないやや荒れ気味の舗装路。こんな道では恒例の通り石蹴りなどをしながら下りていく。目の前にある適当な石ころを蹴りながら歩く。何度か蹴ると石は路肩をはみ出て沢に落ちていってしまう。次の石を蹴って歩く。そんなことをしながらつまらない舗装路歩きをする。

集落に出て里道となる。振り返ると小野子三山がずらりと並んでいる。あの稜線を東から西にずっと歩いたのだと思うとただの地表の出っ張りに過ぎぬ山も格別な思いで目に映る。小野上温泉駅に出る。高崎行きの列車まであと30分、駅名にもなっている温泉に興味が湧く。町営温泉センターが駅から2,3分のところにある。えぇい、烏の行水だ。時間は厳しいが折角だから汗を流していこうと立ち寄っていく。

さっぱりし、冷えた缶ビールを抱えてホームに出るとすぐに電車が来た。吾妻川の土手沿いにちょっとした公園があり、そこにゴーカートに乗った楽しそうな親子連れを見る。あぁ今年の5月5日も結局自分のために使ってしまった。家族に悪いなぁと思いつつ自分の楽しさのみを追及する自分に毎度の事ながらあきれてしまう。連休最後の明日は何処か家族で公園にでも行くか・・・。 デッキから携帯電話で家に電話をかけ、元気そうな声に安心する。

春うららかな群馬の山。気になっていた腰の痛みは殆ど感じることも無かった・・・。

(終わり)
十二ケ岳から榛名山を望む。鋸の歯の様に小ピークが多い。
その向こうは関東平野だ・・。
十二ケ岳から北に、
上越国境の眺め。
山麓に出て振り返る。自分の歩いた三つのピークが
いとおしく思えた。

(撮影: リコーGR1+Fuji Sensia ASA100)

コースタイム:赤芝登山口9:53−姉ツツジ10:31-小野子山10:48/11:58-中ノ岳12:35/12:45-鞍部12:53-十二ケ岳13:10/13:45-鞍部12:53-林道14:22-小野上温泉駅15:30-15:58電車


アマチュア無線運用の記録

小野子山 1208m、群馬県北群馬郡小野上村 50MHzSSB、CW運用、自作SSB/CW機(4W)+ヘンテナ
中ノ岳 1188m、群馬県吾妻郡高山村、430MHzFM運用
十二ケ岳 1201m、群馬県北群馬郡小野上村 50MHzSSB運用、自作SSB/CW機(4W)+ダイポール


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