霧氷の北八ケ岳へ

(2002/10/26、27、長野県茅野市)


毎年行われている「山と無線フェスティバル」が今年は長野茅野市は蓼科の森で開かれた。今回は交通の便などを考えて横浜市東部のメンバー5人で一台の車に乗って現地へ向かう事にする。JK1RGA河野さん、JI1TLL須崎さん、JL1BWG飯田さん、JO1FFY小林さん、それに私の5人で中央道を西に向かう。昨晩の打ち合わせで今朝の雨天が想像されたために出発時間を朝4時から朝10時半にずらしていた。その時点で今日は何処の山にも立ち寄らず蓼科に向かう行程となる。山に寄れないのはがっかりだが、最近忙しくちょっと早起きが辛い週末が多かったので同時に少しほっとする。

今回の幹事はJA0QD藤沢さんがやって頂けることになり同氏のご厚意にすっかり甘えることになった。会場は藤沢さんの勤務先の保養所での会合となった。さすがに会社の保養所という事もあり低予算で豪華なものだ。約20名の参加者はいずれも劣らぬ山と無線の猛者ぞろいで各人の近況や最近の山の話題などで盛りあがり夕食から2次会へと時間の流れるのが分からぬほどであった。皆それぞれに好きな山のタイプや山域などが違っており、自分の知らない山の話をきくと多いに好奇心が湧く。山は体力や時間的余裕、金銭的な事など個人の違いによって必ずしも何処にでもいけるというわけでは無いが、色々な山の名前が頭の中に想像を伴って記憶されていくのはやはり愉悦である。自分には体力的にはとても想像もつかないような行動パターンで山を歩く人もいるし、自分の興味の及ばない事に関心を払いながら歩く人もいる。自分はどんな山に惹かれているのだろう・・行動範囲をもう少し広げたい様な気もする。静かで人にあまり会わない山への憧れはやはり高まっている。山名ブランド収集のような山歩きには反発を感じるが、反面それをテーマに精力的に歩けるその行動力が羨ましいし憧れもする。 それに自分もやはり山名ブランドに興味が無いかと言えば嘘になる。反発は興味と憧れの強い裏返しでもあろう。

何処をどう歩こうと自分で決められる。思い立ったら自分のペースで何処にでも行ける。本や人の話しからそんな興味の世界を更に広げる事が出きる。自分のスタイル−先鋭的とは無縁で平和な山歩き−を冒険も無く保守的だ、と時々自嘲する思いが自分の中では湧くが、山は本来もっと大きなものであろう。そんな事を気にするものではない、そんな思いを多くの仲間の笑顔を前に考えた。

* * * *

黒い空に霧氷の木々が気高く立っていた。美しさを越えた壮絶さがそこにあった。
Nikon FG-20 ズームニッコール35‐70mm

翌日は予定通り北八ヶ岳を歩く事にする。横浜組5人は車で麦草峠に向かう河野・須崎・小林組と、ロープウェイで坪庭を目指す飯田さんと私に分かれての行動となる。7K1OLB・鹿久保さんにピラタスロープウェー駅まで送っていただく。鹿久保氏さんは昨日は麦草峠から丸山を歩いたそうだ。横浜を出るときは雨だったものの昨日の麦草峠は良い天気で山日和だったとの由、一転今日は、このロープウェー駅は明るく日が射しているものの目指す山の上はどすぐろいグレーのガスに包まれている。どうやら海抜2000mあたりを境にガスが出ているようだった。ロープウェーの索道の上方ガスの中に消えいている光景には身じろぎするが、ここは頑張って歩こうではないか。

鹿久保さんと駅で別れ飯田さんとともにゴンドラに乗り込んだ。なかなか早いスピードであっというまにガスの中にゴンドラがもぐりこんでしまった。山は真っ白だった。雪ではなく霧氷がびっしりと針葉樹に張りついている。どんよりと比重の重たそうな濃霧があたり一面を漂っていて、凍てついた山頂駅の建物が見えてくるとますます気が重くなってきた。

駅の中は暖房完備の要塞みたいなもので暖かいが一歩先へ出ると途端に凄い風に吹かれた。観光客が寒さに驚き奇声をあげているがその声すら風に流されて行く。飯田さんと顔を見合わせるがまぁ行ける所まで行ってみよう。予定では縞枯山と茶臼山を経て河野さんの車の待つ麦草峠まで歩くのだが。

風が肌を刺す様でたまらずゴア合羽のフードを取り出した。毛糸の帽子や冬用の手袋を持ってこなかったが悔やまれる。10月末とは言え2300m級山岳なのだ。飯田さんも軍手で随分と寒そうだ。吹き付けるガスは容赦無く、あまり効かない視界の中から次々に浮かび上がる針葉樹林は霧氷で神秘的な美しさと近寄りがたさ、それに不気味さを醸し出している。寒風に鼻水が止まらないがそれも顔の表面でごわごわしてしまう。

歩き出すとそれでも体が温まるものだ。少し歩いて縞枯山荘から雨池への道にはいるとちょうど山のコブのあいだを辿るような地形のためか風がはたと止んだ。ひと心地着く。木道が敷いていあるが凍り付いており滑りやすい。注意しながら進むとやや地形が広がり縞枯山荘がガスの中に立っていた。煙突から出る煙に随分と安堵感を覚える。冬山の時期もクロスカントリースキーで有名な北八ケ岳の山小屋は通年営業が多い。いざとなればここに潜り込んで暖を取れば良いのだと考えればなんとなく予定通り麦草峠まで行ってみようという気が湧いてきた。

小屋のすぐ先で縞枯山に登るコースが分岐していた。針葉樹の密林の中に岩がゴロゴロとして滑り易そうな直登コースだ。がその原生林のおかげかまったく風に吹かれない。ようやく気が安らぎのんびりと登って行く。どうも体が重いように感じるのはいきなりロープウェーで標高2200mの坪庭まで労せず400m以上も標高を稼いだからかもしれないね、と飯田さんと話しながら登って行く。飯田さんは冬は山に登らないので、初めての経験だ!と興奮されている。自分とて冬の山は低山しかしらない。でも少しづつ活動のフィールドが広がるのは、やはり嬉しい。

縞枯山の山頂がちかずくにつれゴーっという凄い唸りが耳に届いてきた。やはり頂上は風に翻弄されているようだった。霧氷で真っ白な山頂を前に、ここで無線をするのかと思わずたじろいだ。3分もじっとしてはいられないだろう。山岳移動運用も楽では無い。因果な趣味だ。すこし下りて風の来ない所で手っ取り早くワイヤーダイポールを張りFT817で50メガにQRVすると果たしてJG1OPH奥積さんがすぐに呼んできた。最初から呼ばれるだろうと思っていたのでにんまりする。こんな中一局出きればラッキーだ。OPH氏からのRSレポートがあまりよく無いのでOPHをしてそうなら粘るは無駄と、飯田さんと話しすぐにQRTした。自分の立っている箇所が妙にぐらぐらするので眩暈でもおこしたか、と思ったが、飯田さんが風にゆれる木とその根っこを指差している。あまりの強風に高さ10mはあろう大木が根っことその地表ごとゆれているのだった。

縞枯山から茶臼山までの稜線は風にあおられ放題だ。それでもここまでくると真っ白な稜線を歩くのが楽しい。少し馴れたのだろう。

茶臼山との鞍部に出て一服する。これなら問題なく麦草峠まで行けるだろう。寒気は相変わらずで、とてもじっとしていられない。それでも登り坂なので歩いている分にはなんとかなる。さきほどの鞍部で飯田さんが腰に着けていたタオルを風に飛ばしてしまい半ば凍った水溜りに落としてしまったが、10分も立たないうちにそれはパリパリに凍ってしまっていた。

傾斜が緩みガスの中から人声が漂ってくる。茶臼山の山頂の様だ。とここで大変聞き慣れたフレーズが大きな声でガスの中から漂ってきた。「ジャパン・キロ・ワン、ロメオ・ゴルフ・アルファ」・・・・

坪庭に出て、重厚なガスと白い山に思わず身がひるんだ。 (茶臼山の山頂にて、左から7M3LKF,JL1BWG,JK1RGA)

お馴染みのJK1RGA河野さんの声にすべての緊張感がとれてしまった。なんと河野さんがすぐそこで50メガの運用をしていたのだった。麦草峠で丸山から中山、ニュウを歩く須崎さん・小林さんと分かれ河野さんはなんとかここで25局交信をしようとしているようだったが、予想以上に早い我々の到着に驚いていた。

河野さんはあいかわらず粘っているがやはり25局は難しい様だ。その間に樹林を抜けた所にあるという展望所に行ってみる。そこは猛烈な烈風の吹きすさむ所で、晴れていれば眺めは良いだろうがこんな日はとてもまっすぐに立っていられない。それでも一瞬ガスがはれて驚いた。真っ青というより黒い空をバックに霧氷で化粧をした真っ白な木々が怒り狂ったように揺れていた。それは美しいというより壮絶な眺めで、身の引き締まるような自然の美しさだった・・・。

河野さん、飯田さんと3人で麦草峠まで下りていく。短い行程ではあったが冬の高山を歩いたという満足感がある。恐ろしいまでに美しい山に触れられたという喜びがある。又一枚自分の山歩きのページが増えたという嬉しい気持ちがある。

麦草峠の河野さんの車に戻り車内でガスストーブで暖かいお茶を河野さんがいれてくれた。相変わらず止まらない鼻水をすすりながら冷たくなったパンをかじりほっとする。430メガのハンディで須崎さんを呼んでみるとまもなく白駒の池に着くという。

山歩きプラス山頂でのアマチュア無線運用というかなり世間から見れば珍しい?趣味を持つ我々だが、同好の志がいるという嬉しさ、それにマイペースながらそれを実践して行くという楽しさはなににも変えがたい様に思える。年に一度のそんな仲間達との集いも、山歩きも、無事に終わったようだ。これまた山を満喫したと満足そうな須崎さん・小林さんとも無事に合流して、5人で横浜に向かった。

(終わり)

アマチュア無線の部屋

縞枯山 2403m 50MHzSSB運用 FT817+ダイポール
茶臼山 2384m 50MHzSSB運用 FT690mkII+ヘンテナ


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