高尾山に救われて・・・

(2001/3/11、東京都八王子市)


このところ何かというと疲れたという言葉が出てしまう。山に行く朝だというのに体が動かない。目はさめているのだが体が布団から出られないのだから重傷だ。月曜日から金曜日までの5日間でとことん消耗してしまう。勿論体力もであるが、むしろ気力が、である。情けない話だが20歳代と比べると歳をとってしまったという事だろう。

とっておきの土曜日は気力の補充でひたすら眠りをむさぼりあえなく終わった。翌日は体力は満たされているので5時前には目がさめてしまう。が、いまひとつ波に乗れない。「行きたくないな、行かなくちゃ」と心が行ったり来たりする。山に行けば心身がリフレッシュされるのだろうがそんな気持ちが湧いてこない。気力と体力のバランスがとれてこその正常な人間といえるのかもしれない。どうやらまっとうではない自分、ようやく意を決して布団から抜け出しても今度はストーブの前に座り込んで体が動かない。「行ってきなよ」と妻に促され、家を出たのは1時間後だった。

一応行き先は幾つか挙げていたのだが、そんな具合で絞り込んでもいなかった。川崎に出て南武線で奥多摩に行くか、東神奈川に出て横浜線で八王子へ、そして中央線沿いの山にいくか。上り電車がくるか下り電車がくるか、先にきた方に乗ろう・・・。やってきたのは下りだった。

丁度良かった。こんな消耗しきった日には楽で小さな山でいいさ・・・。救われた気持ちで思い出した山の名前。そう、八王子近辺には高尾山がある。あそこであればケーブルカーもあるし苦になるまい。えぇ?高尾山なんて観光地だろう、わざわざ行くこともない、と思っていたが今日は正直「白旗」だ。少しだけ敗残者の気持ちがした。

* * * *

(高尾山山頂より。富士の左に大室山、その左に檜洞丸への
稜線が続く。)

高尾で京王線に乗り換え終点まで一駅。高尾山に来るのは一体何年ぶりだろう?そういえばもう10年近く前か、結婚してまださしてたたない頃に妻と来たっけ・・・。真新しいお揃いのトレッキングシューズを履きお弁当を持ってきたなぁ。高尾山口からケーブルカーの駅までの雰囲気にそんなことをほほえましく思い出した。

さて山頂までどう行こうか・・・。文明の利器に力を借りたいところだが一応山歩きを趣味にしていると公言している都合上(?)ここはやはり歩いて上らないとうまくないだろう・・。それに消耗し尽くしていた気力だが、いつものように横浜線に揺られているうちにやや回復していたのも事実だった。
山頂へは幾つかコースがあるが尾根コースと書かれていた「稲荷山コース」をとる。尾根筋を回り込むとケーブルカー駅周辺の喧騒も遠ざかり特に高尾山にいるという気もしなくなる。緩やかな登りが続きなかなか歩きやすい。完全な植林かと思いきや雑木林も混じり雰囲気は悪く無い。30分で東屋を通過して行程の半ばか。左手前方に雪の丹沢の主脈が勇壮に居並んでいる。

更に緩やかに上りながら歩くと右手から沢を進んできた6号線コースをあわせ、山頂直下の階段道となった。登りきるとそこは山頂の一角で先客は10人程度だろうか。富士が大きいが、その前衛に右から大室山、檜洞丸、蛭ケ岳と横一列にスタアがきら星のように並んでおり目を奪われた。この山頂で長居する気持ちは無かったが折角だから、と6mで声を出す事にした。

アンテナを組み立てる手がかじかむ。快晴だが風が冷たく空気も冷え切っている。三寒四温のこの季節、今日は「寒」にあたったようだ。フリースとゴアを着てCQを出す。ここのところ自宅の集合住宅が外壁塗装の為にアンテナを下ろしてしまい無線は移動先からしか出来ない。久しぶりな気がする。 JG1OPHJS3IAQコンビが近く市に昇格すると言う印旛郡にロケハンを兼ねて移動している。JK1RGA河野さんも自宅から呼んできて、随分と久しぶりの交信に嬉しくって声が弾んでしまう。河野さんは先週高尾山に移動したそうだ。JI1TLL・須崎さんが最後に呼んできてもういうことはなかった。

体がすっかり冷え切って山頂の茶店に駈け込んで甘酒を注文する。この辺りの山はピーク毎に茶店があるのでこういう時は便利だ。暖かい湯呑み茶碗に指を添えるがジーンとして気持ち良い。400円で体が温まった。私があまりにほっとした表情で飲んでいたせいか茶店の小母さんが「おいしいでしょ。温まった?」と声をかけてきた。ちょっと恥ずかしかった。

さてこれから今日は南高尾山稜を歩こうと思っている。漠然と来た高尾山だが、来た以上はここを歩こうと思っていた。高尾山から城山に向かう途中で左手に分岐して大垂水峠を目指す。檜林の平坦な巻き道を淡々と歩くと林道に合流し、5分も歩くと再び登山道は左手に分岐してやや下る。左下から国道20号線の騒音が近づいてきた。陸橋で国道を渡り南高尾山稜の領域に入った。

(南高尾縦走路にて。緑に光る津久井湖と
馴染みの津久井・三ケ木集落を眼下に望む。)
(南高尾縦走路には春の気配が満ちていた。)

大洞山まで階段で登る。南高尾山稜は人が少ないか、と思っていたが結構行き交う登山者がいるのは意外だった。とは言え踏み跡も山中の大道といった感のある高尾山から陣馬山への奥高尾縦走路に較べて細く、雰囲気はずっと良い。陽光が目いっぱいあたっており、風は冷たいもののもうすっかり春の装いだ。

適度な巻き道を交え快調に歩く。中沢山の巻き道でコースは90度に右手に向きを変えるのでややトリッキーだ。しばらく進むと眼下に津久井湖を望む日溜りの好展望地に出た。ここは丁度津久井の三ケ木集落の対岸だ。津久井高校の校舎が良く見える。山への行き帰りに津久井は一体何度通った事だろう。この町には自分の気持ちの中には「地元」という意識がある。

ベンチが置かれており自分の父親くらいの登山者が湖を見ながらのんびりとお弁当を食べていた。つられてベンチにもたれ掛かる。挨拶を交わす。聞けば彼は週に3回程度は津久井からこのベンチまで上がってきてここでお昼を食べるのを日課としているとのことだった。「元気があれば大洞山あたりまで行くんだ」という彼を見ながら、素敵な山歩きをしているな、と思った。ピークにこだわらずその日の体調と相談してのマイペースの山。そう、山歩きには型がないはずだ・・。

縦走路最後のピーク、泰光寺山でザックを下ろし缶ビールとお握りの昼食とした。木々がややうるさいが展望はなかなか良い。三等三角点の山頂はベンチ二つで山名標識も無い。1200MHzで1局交信をして津久井湖を目指す。峰の薬師が近くなり登山道が分岐し電波中継塔への作業道などが交錯する。左手に城山湖を遠望する。

ここで山歩きの気持ちがとけ、のんびりと歩く。高尾山なんて、内心軽く見ているところがあった。それでも皆山を楽しんでいる。満喫している。ここは絶好のフィールドなのだ。懐が浅いと誰が言えよう。敗残者などとどうして言えよう?変な気負いで山を遠ざけないで、もっと気楽に出かけよう。今朝までの体の芯に疼いていたどうしようもない消耗感もいつか感じなくなっていた。いつもとかわらず山を歩いた心地よい気持ち良さが体の中にあった。

ゆっくり歩いて津久井湖北岸、三井のバス停に出た。シャツを着替え靴紐を緩める。ベンチに座ると体も心もが解放された気が大きい。高尾山に救われて、家に戻ろうとしている・・。橋本行きのバスまであと20分であった。

(終わり)

(コースタイム:高尾山口駅8:30-高尾山・アマチュア無線9:28/11:20-大垂水峠12:03-大洞山12:25-泰光寺山13:30/13:55-三沢峠14:10-三井バス停14:40)


アマチュア無線の記録

高尾山 599m
東京都八王子市
50MHzSSB運用、16局交信、最長距離:千葉県印旛郡
自作SSB/CW機(4W)+デルタループアンテナ
ハイキングのメッカ、高尾山の山頂には茶店やビジターセンターなどがあり完全な観光地。
陽気のいいころは人出がありすぎてアマチュア無線運用などやりずらいだろう。

Copyright:7M3LKFY.Zushi2001/3/14


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