黒富士と曲岳

(2001/11/24、山梨県中巨摩郡敷島町、甲府市)


(真っ青なキャンバスに秋が揺れていた。
八丁峠近くにて)

Nikon New FM2T ズームニッコール35-70mm

今年の6月に登った金ケ岳・茅ケ岳から見た曲岳・黒富士が気になっていた。曲岳にはすぐ肩の観音峠まで車で上がればわけなく登れそうだが、黒富士を回るとすれば行って帰るだけのピストン行程になってしまう。ベースを山麓の平見城集落にすれば観音峠までは林道歩きだが、そこから先は両峰を回って下りてくるという、馬蹄型の尾根歩きが出来よう。そこそこ歩き甲斐もあるだろう・・。

前夜に家を出て中央高速・釈迦堂PAで仮眠。朝の甲府盆地の眺めはいつ見ても素晴らしい。360度見回しても障壁の如くそびえる山ばかりなのだ。奥秩父から南アルプス、御坂、大菩薩・・。朝日に燃える北岳から夕日に映える大菩薩まで、一日中四週ぐるり山々にフォーカスがあたる。山のプラネタリウムのように。竜王駅のそばから何気なく西を見ると甲斐駒が朝日を浴びてすばらしい量感で立ち上がっている。こんな眺めに不感症でありえるのだろうか。甲府は盆地だが、まさにそれは世界一贅沢な盆地と言えるだろう。

さてそんなスーパースターばかりではない。渋い脇役が山岳展望の華を添える。今、行く手見える烏帽子のように尖った山もそうだ。あの特徴的な形こそ見間違えのない今日の山、曲岳であろう。肩まで車道歩きとはいえなかなか登高欲をそそる、いい姿だ。太刀岡山を右手に見てしばらくで平見城へと入る。平見城は牧場・養鶏場として開拓した集落なのだろうか、入植者地図のような看板が立っている。登山口を探そうと車を集落に乗り入れると、いきなり牧場から一匹の中型犬が一直線に走ってきて車越しに猛烈な勢いで吠え立ててきた。おいおい、放し飼いかよ・・。進もうにもとうせんぼのように吠え立てるその様は尋常ではない。放し飼いの犬は、はっきりって怖い。困った。ここに下山してくる予定なのだが、こんな犬がいては不安だ。ザックを背負った登山者は犬の目には異形と映ろう。車の向きを変えようと枝道に入るとこれまた真正面からもう一匹がこちらをめざして吠えながら走ってくる。番犬なのか、とんでもない所にきてしまった。こんなところをどうやって歩くと言うのだろう、異形の部外者が。

集落の入り口に戻り思案する。山を歩きはじめたころには動物に対する不安は感じたことが無かった。熊に注意の看板を見てもどうとも思わなかったが。それがここ1,2年の間に急に動物への不安感が高まっている。何故だろう、身近に山で危険な目に会った知人が居るわけでもない。いずれにせよ走り回るあの番犬の群れの中を通り抜けて歩く気力は全く無かった。

観音峠からピストンするか・・・。スーッと今日の山行への興味が薄らいでいくのを感じた。何だ、ピストンか。こんな山なら来なければ良かった。今から帰ろうか。でもここまでかかった交通費がもったいない。まぁ、登りますか。

どうでもいいや、という気持ちで観音峠を目指す。峠で車を降りるとすぐ後ろに停まった多摩ナンバーのセダンが曲岳への道を聞いてきた。聞けば林道をこの先まで辿ると曲岳と黒富士の中間地点・八丁峠まですぐにショートカットできるという。その入山地点がわからずに何度もこの道を往復してしまったとのこと。地図みるとなるほど、その通りだ。2.5万図茅ケ岳上の1462mの記載のある地点から沢を緩く登れば八丁峠だろう。

どうでもいい今日の山行。どこからのぼってもいいや。簡単なら簡単なほど良い。林道をさらにたどってその地点を見つける。車をとめて堰堤工事の脇を通りすぎて落ち葉のたまった山に踏み込んだ。

浅い谷だ。すっかり葉が落ちた山はすがすがしい冷気が漂い、朝日が木々を透かして堆積した落ち葉に陰影を作り上げる。太陽ってこんなに青かったっけ・・。

小さな沢を渡り右手に緩く登ればあっけなく八丁峠だった。まずは曲岳を目指す。ススキの原を過ぎて雑木のなかを辿る。葉を落とした雑木林は枯れ芝色で、そこに秋の陽射しがさす様は柔らかい。落葉を踏みながら枯れ枝を踏む。この柔和な雰囲気は晩秋から早春までの陽だまりの山が持つ表情で、春や夏とはまったく違う。何が好きと言えばこののんびりとした山の匂いが一番だ。何と言おうとやはり山に入ると気分が開放されるものだ・・。

手足をフルに使う急登を経て曲岳の山頂に立った。先ほどのセダンの夫婦も登ってきて、一時三人して山座同定に忙しくなる。北は瑞牆山・金峰山はいうまでもなく御座山から浅間山まで見える。南アルプスの巨人達は山頂だけわずかに覗かせている。全部ではないにせよこうして眺める山々に自分が立った山頂が幾つもあることが素直に嬉しかった。

アマチュア無線・50MHzを開局する。バンドをスイ-プするがこの季節は静かだ。南巨摩郡の三石山に移動していたJI1TLL・須崎さんとつながる。2週間前に山の仲間たちと群馬で楽しいひと時をすごした。2週間後にはお互いもう違う山に登って50MHzで声を出している。まったく、みんな好き者たちばかりだ・・・。

八丁峠に戻り反対側の黒富士を目指す。途中枡形山に立ち寄る、畳数枚分のせまい岩の上に立つと四週ぐるりとなにもない。高度感に足の指先がムズムズするが切れ落ちた展望台はまさに空の上に独り浮かんでいるような気にさせてくれる。黒富士が富士山と対面して立っていた。

黒富士山頂で先行していた先ほどのセダンの夫婦に暖かいコーヒーをご馳走になる。彼等はここでトカゲをしていたようだった。彼等が去るとシーンとして僅かに流れる風に落葉が鳴るのみだ。

50MHzを再び開局する。夜叉神峠に移動していた山と無線仲間の7L3WOR・富田さんとつながる。彼とは丁度一年前に雁ケ腹擦山で偶然会ったのだった。JG1OPH・奥積さんが先ほどの曲岳に続けて呼んでくれる。本当にいつも助かる。

八丁峠へ戻る。幅広い尾根の上の雑木林の中を辿る。何処を歩いても良さそうな雑木の尾根。落葉と雑木と秋の陽射しの三者が作り出す光景には立体的な美しさがある。そんな中を独り気ままにワンデリング。やはり山に来て良かったという、単純な思いがわいてくる。確かに、簡単に登れようと登れまいと、冬近い11月末の山はもうそれなりの風情だった。四季折々に山は素晴らしい。この季節の持つ美しさもうかうかしているとあっというまに去っていく。今日あのまま帰っていたら、次に会えるのは一年先だった。

とはいえやはりいかにも簡単に登ってきてしまったことは、自分の中で小さなわだかまりを残している。下から登りさえすればよいという訳でもないが、アプローチ無しで山頂だけを摘み食いというのはやはり興味が減ってしまう。では、自分にそんなに体力・脚力があるのかといえば全くそうではないのだから仕方が無い。何を焦っているのだろう。苦労して山に登らないと登山者として認められないのだろうか。といって誰に認めてもらう必要があるのだろう・・。自分は山に何を求めているのか。実力も無いくせに変なプライドばかり大きな嫌な中年登山者になってしまった自分が、恥ずかしくも腹立たしくも思えた。

そんな個人のおもわくや惑いとは別に山は悠久である。流れ行く四季に色を染め、全く悠久である。消化不良の感の否めない今日一日。いつか山のもつ永遠の前にそれをありのままに味わえる自分になりたいものである。

朝日が樹々を透かして谷間に
射し込んできた。)
(真っ黒な黒富士に対面する
様に富士が浮かんでいた)
(金峰山・右と瑞牆山・左。
奥秩父の名峰が並ぶ)
(八ケ岳も峰々が手にとる
様に並ぶ。枡形山から。)


(終わり)

(コースタイム:観音峠林道1462m地点9:40-八丁峠9:55-曲岳10:25/11:15-枡形山12:05/12:15-黒富士12:40/13:50-八丁峠14:10-観音峠林道14:20)


アマチュア無線運用の記録

曲岳 1642m
山梨県中巨摩郡敷島町
50MHzSSB運用、自作4WSSB/CW機+ワイヤーダイポール
3局交信、最長距離交信:横浜市緑区
黒富士 1635m
山梨県甲府市
50MHzSSB運用、自作4WSSB/CW機+ヘンテナ
3局交信、最長距離交信:奈良県山辺郡




Copyright: 7M3LKF. Y.Zushi 2001/12/5


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