ようこそ小金沢連嶺へ

(2000/5/5,6、山梨県塩山市、東山梨郡、大月市)

(甲府盆地の奥に居並ぶ白銀のジャイアンツ。)
NIKON FG-20, ニッコール50mmF1.8, F11AE,

ゴールデンウィークの到来だ。今年はうまい具合に九連休となり、一泊二日程度で山に行きたくなるものだ。ここのところ一年近くは手短な山に終始して泊りの山行に出かける事がなかった。泊りで出かける山は生活用具や食料を背負わなくてはいけない。ザックの重量はいきなり増えるが、それと引き換えに得られるものも多い。日が沈み日が昇る。一日の中で最も感情が高まる瞬間を自然の中で迎える事・・。そして広い地図の中に小さな一歩で足跡を残していく事。そんな小さな事の積み重なりが泊りの山をかけがえの無い物にしているように思える。

さてそんな魅力に満ちた山なのだがいきなり一年ぶりに重いザックというのも辛かろう・・。ここは楽な行程はないか・・。いくつか物色すると大菩薩から小金沢連嶺、そして滝子山に至る南大菩薩山稜にかけての縦走プランが浮かび上がってきた。このコースは7年前に一度歩いていたのだが、無線もせず(とういうか開局していなかった)、志し半ばで途中の黒岳から大峠に下山してしまったこともありいつかの再訪を考えていた。なによりもこのコースは大菩薩から入山すればかなり上まで車で上がれる。標高差を心配する事もなかった。

* * * *

今回も7年前同様、時間と労力稼ぎに塩山駅からタクシー相乗りで福ちゃん荘まで上がってしまう。数枚の千円札と引き換えにタクシーはぐんぐん登っていく。これを堕落した大名登山という。こんな事でいいのか、という気もするが・・。

前回同様唐松尾根をたどる。草付きの急斜面を一歩一歩登ると稜線が近づく。登りついた雷岩は見晴らしが良い。街着の人、犬連れの人、かなりの年配の人。さすがにハイキングのメッカ、しかもゴールデンウィークの真っ只中。人、人、人だらけの大菩薩嶺は無線のために立ち寄っただけだ。とはいえ甲斐駒から聖岳までずらりと横一直線に居並んだ白銀の南アルプスのジャイアンツは圧巻でこれを見られただけでも大菩薩嶺の価値は充分あるといえるだろう。端正な富士が正面に大きいがもっぱら自分の関心はこの山の屏風に注がれる。雪をも寄せつけぬ岩峰・甲斐駒。優雅な仙丈岳、その手前に重なるのは鳳凰三山。そしてひとしきり気高い我が憧れの北岳。そして間の岳、農鳥岳と千両役者が続く。少し離れて南ア中部の雄、塩見岳。その奥には巨大な悪沢岳と重鎮・赤石岳がその威容を示している。手前から奥に向けて普通山は小さくなるはずなのにそうならないのは存在感のせいだろうか・・。自分がそのピークを踏んだ山は忘れようもない。そして視線は自然と一番左奥に導かれる。聖岳から上河内岳・・。いつか歩いてみたい、未知の山々・・。

ぬかるんで歩きにくい樹林を少し歩いて大菩薩嶺の山頂。皆ぬかるみが嫌なのかロープのかなり端の方まで踏み跡が出来ている。樹木に囲まれた山頂は薄暗い。まさに記念撮影のためだけのピークとはここの事をいうのだろう。ここで無線をするのもいいのだが陽射しもなく気分は冴えない。雷岩まで戻って50MHz運用。
(笹の海の奥に漆黒の小金沢山
ひとけの無い静かな稜線が続く。)

RICOH GR1, 28mmF2.8, F16AE
(笹を分ける、というよりも
笹の海を泳ぐ、という感じだ)

RICOH GR1 28mmF2.8 F8AE


さすがに皆も連休ということもあり珍市・郡ゲットでワッチをしているのだろうか、珍市でもない塩山市で運用するも50分運用で36局のパイルとなる。一度にどっと呼ばれるが3局とるのがやっとだ。出力1Wのピコ6に5m長の渓流竿で上げたロータリーダイポールという基本中の基本のような設備なのだが・・。JR1NNLに続いてJG1OPH/1が呼んできて毎度のごとく山と無線仲間の動向を教えてくれる。紀伊半島の山を巡っているJI1TLL,JG1MITコンビ、それに鳥取に移動しているJS1MLQとも交信出来たという。こちらは1エリアの信号が強く2、3エリアは聞こえない。先が長いので切り上げようと思うがなかなかうまくいかない。ようやく切れ目を見つけて撤収する。ついでに朝買ってきたコンビニ弁当を広げ半分ほど食べる。今日の先の行程は長く、こんな時は一気に全部食べるよりもこわけに食べていった方がなんとなく良いように思える。

大菩薩峠までは広いカヤトの原を下りていく。のんびりと歩くのに丁度良い。大賑わいの介山荘で2個百円のオレンジを買い、先へ進む。ここから先はあれほど居たハイカーの群れが皆無となり、又山もツガとコケの茂る奥秩父を思わせる深閑としたものになる。一般ハイキングと山屋の領域がこれほど分明に分かれている個所も少ないだろう。ところどころ残雪の混じる苔むした黒い林を辿ると一体さっきまでの喧騒は何だったんだろう、と思えてくる。ひんやりとした林を抜けると再び闊達な笹の原の広がる石丸峠。右手に7年前にはなかった大きなダムが見えてくる。そういえば7年前はダム工事のためだったのか重機の音が風に流れてここまで届いていた事を思い出した。急坂を下りて上日川峠への道を右手に分けるとまったくひとけのない静かな稜線となる。緩い登りで牛の寝通りへの分岐を左手に分けるとこのあたりから笹の勢力が増してきてしばらくコースは判然としなくなる。わずかな踏み跡をさがして笹を体で分けながら歩いていく。ザアザアと笹を分ける音が大きいが歩くのを止めるとしーんとして何も聞こえない。

ぱっとみると道はないように見えるが目線を下げると踏み跡を追う事が出来る。小さな林を抜ける。針葉樹林帯、笹薮が相次いで現れなかなか変化のある道なのだがいかんせん右手にみえるダムとそれを巻く林道が目障りだ。あれがなければもう少し山深い感じが楽しめる事だろう、と意識的に目線をはずして歩く。

狼平も笹の原で、大きく開けるその風景は雁坂峠に似ていなくもない。いいなぁ、この雰囲気。誰もいない。長く伸びるカヤトの稜線と時折混じる黒い森。閑寂な、ゆったりとした眺め。下界とは明らかに違う時間、空気。山は素晴らしい。そしてその素晴らしさを味わえる自分は幸せだ。よく来てくれました。ようこそ、小金沢連嶺へ・・・。

音を立てて笹のうねりをぬけるとふたたび奥秩父のような重厚な森林に入っていく。道は尽きそうで尽き果てることなく続いていく。それを辿る。標高2000m近辺の北斜面、氷と化した残雪がコースに残り滑りやすい。ツガの疎林を抜けると小金沢山。標高2014mは小金沢連嶺の最高峰だ。静かで好ましい山頂で7年前にはなかった山梨百名山の黄色い標識が新参者らしく風景に溶け込んでいない。時間がないので手短に無線をしなくてはいけないがこの山域を代表するこの山では是非50MHzを運用しなくては・・。木の枝にワイヤーダイポールをはりピコ6を取り出し15分で7局交信。韮崎の甘利山から山ランメンバーのJI3NXK局が呼んできた。揖保郡から1エリアへの遠征(?)ご苦労様。
(稜線を一日歩いた。手頃な原がありそこにテントを張る。
一息つくともう太陽は沈みかけようとしている・・。
思ったよりも小さく、丸い赤い珠。雲が朱に染まりそして
ぽっかりと甲府盆地の彼方に沈んだ。
思ったよりも早く、沈んだ。)

RICOH GR1 28mmF2.8、F8AE、-1/2EV補正
(カヤトの原に飛び出し
ふと足元を見ると
西日を浴びた自分の
影が長かった。)

NIKON FG-20
Nikkor50mmF1.8
F11AE、-1/3EV

休憩もそこそこに出発。再び肩までの笹の海を泳ぎながら歩く。振り返ると自分が何処を歩いてきたのか判然としないような、大きな笹の密藪だ。狼平からここまで、誰にも会わない。笹の勢力は一段と強まり足元のかすかな踏み跡を辿る。と、不意に大きな音がして顔を上げると笹の向こうからひょっこりと単独行が現れた。今朝早く笹子駅から歩きはじめたという彼は石丸峠まで行って今日中に下山するという。その健脚ぶりに驚いてしまう。笹子からこの山域に入ってここまで出会ったのは自分で5人めとのこと。口数の少ない、てきぱきとした身のこなしに山慣れた雰囲気が漂う。お互いの健闘を祈り別れる。

しばらく登ると牛奥ノ雁ケ腹摺山。シュラフかついでの泊りの山行は丁度1年ぶりで、重荷も手伝ってややヘロヘロとなってきた。一応無線はせねば。手短に1200FM運用。1200MHzの電波は直線性が強いせいか少し山陰に入ったりするととたんに交信できなくなるようだ。もっとも見晴らしの良い2000mの尾根が連なる小金沢連嶺ではそれもあまり気にする事もない。ここで介山荘で買ったオレンジを一つ。甘くて美味い!柑橘果物は疲れた体にはまさに甘露だ。ついてでにレーズンビスケットを何枚かかじり再びザックを背負った。

笹の鞍部へ下るとそこは賽の河原で、7年前に来たときはここにテントを張ったのだった。あの時は会社の先輩のY氏との山行で、夜間このテント場にはしっとりとした霧が出て静かな良い夜だった、と思い出す。そういえばY氏とは久しく山に行っていない。又いつか、彼も、僕も大好きな雲取山にでも誘って行ってみようか・・。

懐かしの場所を素通りすると膝までの笹の道に導かれる。下りた分だけ登りかえして黒岳を目指していく。笹と潅木の茂る斜面を100m程高度を稼ぐと前方に展望の広がる原に出た。そういえば7年前もこの原に出ていきなり前方にすらりと立つ富士山の姿に圧倒されたっけ・・。西日が傾くこの時間は、霞んでそんな展望も望めない。足を進めると再び黒い森に道は進んでいく。わずかな残雪をふんで小さな岩場を乗り越えると薄暗い黒岳の山頂となった。再び無線。C710を取り出し1200FM運用。わずかにハンディ機を動かすだけでRSレポートが大幅に変わるとのレポート。樹林越しにわずかに西日がさすがこの山頂は薄暗く冷んやりとしておりじっとしていられないほどの寒さだ。

7年前はここから大峠へ下りてしまったのだが今日はまだ先へ進む。テントだから何処に張っても良いようなもんだがやはり薄暗いところよりは開放的なところの方が気分が良かろう。それに水場もあったほうが良い。湯の沢峠までは頑張りたい・・。ここから先は初めてのコースだ。緩く下りて登りかえして樹林を抜けると再びカヤトの原でその先に大きな展望が広がった。思わず喝采を叫びたくなるような、そんな開放的な眺めだ。明日歩く大蔵高丸から滝子山方面が大きなうねりのように続いてる。ふと足元を見るとカヤトの原に西日を浴びた自分の影が長く伸びていた。もう一日の終わりは近い、でも今日の宿も近い。この大きな風景を前に安堵感それに充実感がじわじわと盛り上がってくる・・。
(ゴーッという風音に目が覚めた。朝だ・・。
フライを空けると風が入りテントが膨らむ。
今日はどんな天気なのだろう)

ここまで来ればしめたもので、滑りやすい白ザレの急坂をゆっくり下りて湯の沢峠。右手に30秒程度のやや古いが頑丈な避難小屋は布団が常備されており4人パーティがくつろいでいた。1分ほど下がった水場では先客が1人、道すがら摘んできた野草を洗っている。今晩のおかずにするのだ、という。こちらも冷たくて美味しい水をこころゆくまで堪能する。縦走路に戻りテント場を物色する。少し進んで手ごろな場所をみつけた。甲府盆地を眼下に眺める、気持ちの良い原だ。これにて長かった一日も終了。朱に染まりゆく甲府盆地を眺めながら缶ビールをあけた。

* * * *

テントを揺るがす風で目が覚めた。ジッパーを下ろし手を伸ばすとフライが露に濡れて重い。フライを開けると薄いナイロンの生地がパタパタと勢いよくはためいた。西風に乗ってガスが猛烈な速さで飛んでくる。こんな中での出発は気が重いが・・。手短にガスストーブに火をつけてあたたかいレモンティを入れる。粉末にお湯を注ぐだけだが適当に甘く酸味があって山で飲むととても美味しい。コンビニお握りの朝食を済ませ、気合を入れて撤収。ペグを抜くとテントが風に飛ばされそうだ。

一歩一歩踏みしめるいきなりの急登25分で潅木が開け大蔵高丸。猛烈な風とガスで辟易するが窪みを見つけてワイヤーダイポールを取り出しピコ6でCQを出すとJG1OPHが呼んできた。まだ7時前だ。先が長いので撤収して先へ進もう。ここからしばらくの稜線は開放的なカヤトの原を行く南大菩薩縦走の白眉、と何かの本に書いてあったが生憎とガスの中で視界は延びない。が、誰もいない稜線をガスにふかれながら独り歩くのも悪くない。楽しさと寂しさが交錯して頭の中にいろいろな事が去来する。普段は記憶の片隅に消えているような事がふと思い出されたりする。それをきっかけに次々とさまざまな事が思い出される。頭の中をカラッポにして歩ける。そして吹かれる風の音にふと我を取り戻す・・。目の前を霧が流れ去ってゆく・・・。

ハマイバ丸。1200FMで手短に交信。このあたりでガスも晴れ伸びやかな風景が広がった。昨日は湿って重厚な針葉樹林帯、闊達なカヤト、人寂しい笹原。今日はガスに濡れる笹原、風にゆれるカヤト・・。これらのシーンが何度も繰り返して現れてくるが、風景に絶え間なく変化のある素晴らしい縦走路だ。標高2000m近い稜線をずっと辿った昨日の小金沢連嶺ではツガなどの亜高山帯の樹木が見られたが1600m前後の尾根となる今日のコースは見慣れた雑木が主体となり昨日との植生の違いが感じられる。小ピークをこなすと大きな石が左手にあった。天下石だ。通り過ぎてすぐに100m近い下り坂。前方の大谷ガ丸と思しきピークがぐんぐん高くなっていく。これを登りかえすのか、とがっかりするが仕方ない。最低鞍部が米背負峠でここから又100m登る。急登20分で大谷ケ丸。傍で見たほど辛い登りでもなく大谷ケ丸、静かな雑木のピークに登りついた。大蔵高丸で通り過ぎていった二人づれ以外、ここまで誰にも会っていない。

ここで1時間ばかり50MHzを楽しむとしよう・・。手ごろな枝があるので再びワイヤーダイポールを絡ませると多くの交信が飛び込んできた。さすがに連休中の朝9:00、移動局も多い。CQを出すと効率よく呼ばれる。関東平野に近く標高もそこそこある、というロケにも救われてはいるが、1Wという小電力に簡単なアンテナ。こんなものでも充分楽しめる。昨日から3時間近く使っているがアルカリ電池もへたることない。ピコ6は確かに近接混信には弱いけど受信感度も悪くない。アマチュア無線を開局するときに買い、もう5年以上使っているのだ。出力も消費電力も重量もQRP。なんて良いリグなのだろう・・。
(笹原の上に青空が、そこに気紛れな雲が
ゆっくりと流れた。)

NIKON FG-20 ニッコール50mmF1.8
F16AE、-1/3補正

腹が減ったがストーブを取り出して調理するのも面倒だ。レーズンビスケットを何枚か口にして、昨日買ったオレンジの残り一個に手を出す。半分残してザックにしまい、引き続き滝子山を目指す。ザックを背負うが相変わらず重い。泊り山行の重荷に体がなかなかついていかない。

「山と高原地図・大菩薩連嶺」によるとここから滝子山には尾根筋を進む従来の道と谷筋を進む新道とがあるようだ。もっとも新道は作業道という名で破線表示となっている。従来の道を行くにしてもとりあえずは作業道の続く南の方向に入ってから北に折り返して尾根筋に戻るようだ。しっかりとした道標に導かれ南に下りていく。北に折り返す地点はないか、と探していくが道は無関係にどんどん高度を下げていく。これは変だな・・。これはまちがいなく破線表示の作業道だ。これでも行けるだろうが滝子山への登りかえしがきつそうだ。やや疲れているので楽な道の方が良い。

登りかえそう。従来道を探すのだ。北への分岐を探すが、ない。結局大谷ケ丸山頂まで戻ってしまう。と山頂から自分が進んだのと別にやや北寄りに違う指導標が立っておりこれが従来の道への入り口を示しているようだった。何のことはない、しっかりした良い道だ。山頂から降りる時点で既に従来道と作業道で入り口が違うのだ。それに地図に示すように南側に一旦下りて北に巻いて戻るというアプローチは正しくないようだ・・。行っ帰って20分のロス。

カラマツの林立する林を抜けると再び標高を下げていく。行く手に滝子山が思いのほか大きい。おいおい、あれに登るのか・・。道を間違えて戻ってきたという精神的な消耗も手伝ってかかなり気分が萎えてきた。おまけに左足の膝のあたりがどういう訳か痛い。全く、情けないなぁ・・。喉の渇きを覚えペットボトルに手を出す。レモンティの粉末を溶かし入れていたのだがザックの中でしっかり振られたのかすっかり溶けている。たちまち半分近く飲んでしまう。今朝のガスもとうに晴れじわじわと暑い。霞っぽいが紫外線が強烈だ。

ここへきて急にパワーダウン。先ほどの作業道と思しき踏み跡を右手から併せるといよいよ滝子山への登りに取り付いた。といってもたかだか150m程度の登りなのだが・・。暑いせいか、水が飲みたい。ペットボトルとポリタンにはまだ800ccあたり残っているが、そんなことを気にせずに飲みたい。滝子山北斜面の鎮西ケ池には湧き出る水場を期待していたがただの汚れた小さな池で、これでは水を飲むわけにもいかない。この先水場は当分期待出来ない。まだ水分は残っているが、それでは不充分のような、何か枯渇した気持ちで、こんな気分は初めてだ。

いささか体もヨレヨレとなってきて、情けない・・・。団欒の声が上から近づいてきた。いやそうではなくて団欒の声に近づきつつある。トラバース気味に登ると果たして山頂直下の肩に出た。もうすぐそこに団欒の声で、短いが滑りやすそうな乾いてザレ気味の斜面を登って何パーティかがつどう待望の滝子山頂上だった。

いやいや、やっと着いた・・。ザックをずるりとおろしてしゃがむ。頂上が狭く樹木も少なく、土埃っぽい山頂だ。陽射しを遮るものがない。喉も渇いたが、それ以上にこの雰囲気が精神的な渇きを増長させる。これで樹林の中の山頂なら気分も良いのだろうが・・。暑い・・。たまらず最後のオレンジに手をだし軽くなったペットボトルをごくり。妙に消耗したな・・。脚も、スタミナも、心も・・。一泊二日の縦走は久しぶりという事もあるが、これでは先が思いやられる。

ここは手短に、と1200MHzで3局交信。晴れていれば展望が期待できる山頂だが春霞で南側の遠望は利かない。先月登った本社ケ丸は何処だろう・・。北側はそれでも展望が伸びる。今朝から歩いてきたハマイバ丸から大谷ケ丸あたりの稜線が重なり合って続いている。こうやってみるとずいぶん歩いたようにも思える。

長居する気も起こらず下山。棒になった足をひきずりながら標高差1000mを下りるのは辛い仕事だ。ペットボトルのレモンティも、ポリタンの水もまだ残ってはいるが初狩駅でビールを味わう事のみを考えながら下山しる。二人ずれの若い女性パーティが追い越していってみるみる視界から消えていく。早いなぁ・・、いや自分が遅いのか。

急な坂が続く。これを登るのも結構辛い事だろう。滝子山は駅から直接登れてアプローチが容易なのだが、この標高差故に今まで登るのが何となく億劫だった山なのだ。ブナの新緑が見事でその中にトウゴクミツバが真紅に浮かび上がる。この時期だけの、すばらしい色彩のコントラストだ。シロヤシオも見事だが、こちらは派手さがない。

小平地の桧平にはまだ桜が咲いている。標高1000m地点当たりで道は北斜面と涼しくなりほっとする。沢音が下から近づいてきてようやく枯渇感を感じなくなる。普段はうっとうしいヒノキの植林帯も今日は日を遮ってくれる。ジグザグに下りていくと流れの音がいよいよ近づき沢に出た。両手で水をすくってゴクゴクと飲む。美味いなぁ。それに冷たい。

さて後少しだ。沢を渡り高巻いたりしながらじきに林道に出た。舗装道に出て大きなコイノボリがたつ農家の前をゆっくりと歩く。子供の日は昨日だったが子供を家に置いてきたまま遊びに来てしまって、悪いなぁ・・。

* * * *
(風薫る五月。
大きなコイが休んでいる)

中央線の初狩駅。国道沿いのコンビニで冷たいビールを買いたまらずプシュと開ける。下り電車を待つまでの40分、苦みばしったビールに喉を鳴らし長かった2日間の山を思い返す。酔いが急速に回ってきて頭の中が混濁としてくる。一年ぶりの泊りの縦走。縦走路は風景に絶え間無い変化があって素晴らしかった。それにテントの夜も良い感じだ。表裏一体をなす独り歩きの楽しさと寂しさも充足した。長い距離を歩行したという充実感もある。それにしても、楽なコースと踏んで選んだのだが何のなんの、正直疲れた。体力・脚力のアップは課題だ。毎晩筋力トレーニングでもしますか・・。

電車の時間が近づいて改札を抜ける。だだっ広い初狩駅の構内踏切りを歩きながら振り返ると二日間の最後を締めくくった滝子山が三角形に盛り上がって格好良い。長いようで短く、短いようで長かった山の時間。あの三角形の頂の向こうに小金沢連嶺から続く素晴らしかった尾根道が続いているんだよな・・。

おっとっと・・。缶ビールで足も頭もなにかこころもたないが後は座って帰るだけである。幸せ・・。

(終わり)


コースタイム :
2000/5/5 福ちゃん荘8:45−雷岩・大菩薩嶺往復9:35/11:30−介山荘12:00−石丸峠12:35−狼平12:55/13:00−小金沢山13:55/14:30−牛奥ノ雁ケ腹摺山15:15/15:30−賽の河原15:40−黒岳16:25/16:45−湯の沢峠17:30
2000/5/6 湯の沢峠6:25−大蔵高丸6:50/7:10−ハマイバ丸7:40/8:00−天下石8:20−米背負峠8:40−大谷ケ丸9:00/10:05−道を間違える(15分のロス)−鎮西ケ池11:18−滝子山11:30/11:55−12:20桧平−13:45水場(沢)−車道分岐13:57−JR中央線・初狩駅14:25)


アマチュア無線交信の記録

大菩薩嶺 2057m
山梨県塩山市
50MHzSSB運用、36局交信、最長距離:福島県耶麻郡・三重県伊勢市
ミズホMX-6S(1W)、ロータリーダイポール・5m釣竿にてアップ
小金沢山 2014m
山梨県塩山市
50MHzSSB運用、7局交信、最長距離:千葉県鴨川市
ミズホMX-6S(1W)、ワイヤーダイポール
牛奥ノ雁ケ腹摺山 1990m
山梨県塩山市
1200MHzFM運用、2局交信、埼玉県上尾市
STANDARD C710(0.3W)、付属ホイップ
黒岳 1988m
山梨県塩山市
1200MHzFM運用、1局交信、東京都目黒区
STANDARD C710(0.3W)、付属ホイップ
大蔵高丸 1770m
山梨県東山梨郡大和村
50MHzSSB運用、3局交信、最長距離:千葉県船橋市
ミズホMX-6S(1W)、ワイヤーダイポール
ハマイバ丸 1752m
山梨県東山梨郡大和村
1200MHzFM運用、2局交信、千葉県鴨川市
STANDARD C710(0.3W)、付属ホイップ
大谷ケ丸 1644m
山梨県東山梨郡大和村
50MHzSSB運用、18局交信、最長距離:岐阜県揖斐郡
ミズホMX-6S(1W)、ワイヤーダイポール
滝子山 1610m
山梨県大月市
1200MHzFM運用、3局交信、千葉県八千代市
STANDARD C710(0.3W)、付属ホイップ

Copyright : 7M3LKF Y.Zushi 2000/5/20


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