閑寂の尾根道を歩いた一日、本社ケ丸・鶴ケ鳥屋山

(2000/4/8、山梨県大月市・都留市)


いつも週末が近づくにつれて今度は何処の山に行こうかなどと考える。幾つかの山行プランは何時も頭の中にあって、通勤電車の中で該当の地図やガイドブックなどを眺めている。これは楽しい。満員電車もたいして苦にならない。幾つかの計画がある訳だから毎日、見る地図が違う。行きと帰りで見るガイドブックが違う。だから通勤カバンの中身は地図やガイドブックの類で膨らんでいる。仕事関係の書類は、当然無い。だが現実にはそうしょっちゅう山に行くわけにも行かない。週末は自分のためだけのものでもないし、それに残念な話だが出張が引っかかったり、何も無くても疲れて動く気がしないときもある。そんな訳で幾つかある山行プランは増える事はあっても減る事は余り無い。残念な話である。

さて、週末が近づいた。幾つかのプランの中から2,3のプランを考えてみる。何処がいいかな・・・。ずーっと行こうと思っていてまだ行けていない、そんな山ばかりだ。近場の山・低山ばかりなので何処へ行ってもよさそうなものだけど。早く実行しなくては。行きたいと思っていて何時しか興味が薄れている山もあるし、思っているうちが旬なのだ。

* * * *
(電波塔のすぐ奥に大きな
黒岳。右手に三角形の
釈迦ケ岳。)

冬季休業期間があけ4月から運行を開始しているバスに揺られて終点で下車する。席を埋めていた登山者たちは三々五々目的地へ散って行く。殆どは黒岳か、三ツ峠山に行くようで、清八林道を歩き出したのは自分一人だけだった。

前日までいくつかの山のプランが浮かんだが決められずに結局朝起きた気分でここに来てしまった。中央本線・笹子峠の南側にあたる本社ケ丸から鶴ケ鳥屋山にかけての尾根はいずれ歩こうとは思っていたが、いかんせん地味な感じがして幾つかの計画の中では埋もれていたほうだ。それが突然実行となるのだから気楽と言うか、いいかげんと言うか。

4ヶ月前に霧氷に彩られた御坂山から清八山への稜線を辿ったが、あれは本当に寒かった。下山時にこの林道を使ったがそこでようやく霧氷の樹林帯を抜け出してほっとしたのだった。そんな事を思い出しながら今度はその林道を逆に登っていく。高低差の少ない楽な道だ。

ほどなく電波中継塔の立つ清八山に登りつく。4ヶ月前は結局そのピークのありかを特定できなかった山だ。少し進み振り返ってみるとなかなかの景色だ。電波塔は目障りだが御坂山塊の最高峰・どっしりとした黒岳と、そのすぐ右手に一人天を指すかのように屹立しているきれいな三角錐の釈迦ケ岳が仲良く並んでいる。黒岳は幾つかある行きたい山のプランのいつも上位にある山だ。待っていてくださいねー、今度こそ行きますから・・。対して数年前の初夏に登った釈迦ケ岳とは懐かしの対面、という事になる。やぁこんにちは。ご無沙汰ですね・・・。あの山の山頂直下には高度感に溢れた尖った登りが待っており手足を使って登ったっけ。登りついた山頂は静かで、赤い正ちゃん帽を被った2体の小さなお地蔵様が人待ち顔だったっけ。林道がすぐ下を通っている事もあり容易に山頂に立てるのはややがっかりだけど自分の中では印象の良い山だ。

足を進めると岩峰を下り、そこに清八峠の看板があった。中央本線の笹子駅から登ってくるとここに出る訳だ。やや登り返す。似たような小さな岩稜のピークが連続する。釈迦ケ岳とは違うがこちらも結構高度感に溢れる。すーっと下が切れているところもあるが道は良く踏まれているので安心だ。上って下りて登って降りる。右手には三ツ峠山が大きい。わずかに雪が残っている。山頂を電波塔に占拠されて、気の毒な山である。

幾つか岩峰の上下を繰り返すとようやく人の声が聞こえてきた。猫の額ほどの広場に久々にお目にかかる山梨百名山の山名標識。本社ケ丸・1631mは笹子峠を巡る山々の中では随一の高さだろう。春霞のせいか期待していた南アルプスが見えないのは残念だけど眺めはさすがに素晴らしい。甲府盆地と桂川筋の境目に立っているのだ。
(小ピークを幾つ超えただろう・・。
鶴ケ鳥屋山がようやく近づいてきた)

アマチュア無線運用をするのだがこのピークはいかにも窮屈で、くつろぐ登山者にも迷惑になるだろう。ひとつ隣のピークまでそのまま足を進めよう。尖った本社ケ丸の山頂に比べこちらは雑木林に囲まれた静かな丘という感じがする。デルタループアンテナを簡単に立て50MHzの運用。標高も1600mを超えているしそれなりの成果を期待していたのだがあまり聞こえないし呼ばれない。やや拍子抜けがしてしまう。無線は必ずしも思ったとおりとはいかない。まぁ局数を稼ぐつもりは無いので良いか・・と自分を納得させる。コンビニ弁当を食べながらゆっくりと無線をする。

本社ケ丸がこの稜線での最高峰なので尾根続きの鶴ケ鳥屋山には当然長い下り道となる。果たして雑木林を抜けるとぐんぐん高度を下げ始める。前方に大きな高圧鉄塔が現れた。リニアモーターカーの実験線路がこの山中に走っている事とはあながち無関係でもあるまい。この辺りは巨大な高圧送電線がよく目に付く。景観を汚している事はなはだしい。人間の快適な生活の前には自然は二の次、という訳だ・・。

ジジジジ・・・という不気味な音を放つ送電線鉄塔の脇を抜けて尾根を進む。4月に入ったとはいえ雑木林は未だ枯色一色でモノトーンである。ゆっくりとしているようで自然の移り変わりは確実に訪れる。あと1ヶ月か・・、雑木林は緑に燃えるに違いない。

雑木をめぐって進み、岩がちの道を歩く。小ピークが連続し、くそまじめに一つ一つ超えていくので結構足応えがある。行き交う人は稀で一貫して閑寂な尾根道が続く。送電線鉄塔は余分だったけど尾根歩きとしての雰囲気は悪くない。岩稜や雑木林など変化も楽しめる。左手遥か下に中央高速を走る車が緩慢な玩具のミニカーのようにみえる。閉山した宝鉱山の運搬ケーブル跡を越える。赤茶けた滑車・ケーブル跡、腐って倒壊したヤグラなどが散らばっている。

前方に盛り上がっている鶴ケ鳥屋山が近いようで遠い。いくつ小ピークを超えても肝心の鶴ケ鳥屋山はなかなか近づかない。2.5万分1地形図を時折にらめっこしてみるが道は明瞭でその必要もない。まだか、まだかと歩く。見通しからは隠れている小ピークが続く。これが山頂だろうと登りついたら何のことはない、前衛峰だ。がここから来し方を振り返ると自分が歩いてきた稜線が後ろに長く延びている。あぁ歩いたなぁ・・。これが尾根歩きの楽しみだ。単純ともいえる登降を繰り返しながら山の連なりの上を辿り歩く。展望を楽しむも良し、静寂を味わうも良し、考え事をするのも良し。単調すらを楽しむ事だって出来る。そうして気づいたら地図上に自分の足跡を残していく・・。・・。

少し降りて登り返すと今度こそ本当の鶴ケ鳥屋山の山頂が待っていた。標高1374m。私と入れ違いに二人連れが山頂を去るところだった。誰も居なくなった山頂は静かで、祭りの終わった広場のような雰囲気が漂っている。水筒の水をごくりと飲む。飴を口に放り込んで汗をぬぐう。無線運用。手短に50MHzのダイポールをセットしてCQを出す。20分の運用で7局、ローカル局からも呼ばれ楽しむ。もう今日はこれでおしまい。後は下りるだけだ。
(山での一日の終わりにはなぜか寂しい
気分。西日にシルエットをのばす
鶴ケ鳥屋山の山頂。)

鶴ケ鳥山から大月市と都留市の市境線と離れやや北東よりの尾根に道が伸びて行く。雑木林の急な北斜面が続く。堆積した落ち葉の下は湿った黒土が隠れている。するりと滑って尻餅をついてしまう。痛たたた、足首を捻ってしまった。立ちあがろうと振り向くと西日を背に逆光の雑木林がそのシルエットを浮かび上がらせている。この時間なら今日は多分私の後にあの山頂を踏む人はもう居るまい・・。最後の登山者を送り出した山頂。空いた樹林の間からなんともいえない寂寥感が漂っているのを感じた。今日はもうさようなら。又明日、物好きな登山者がきっと来るから・・。

なかなかの急な斜面をおりていく。少し登り返して進むと前方下に舗装された林道が目に入った。左手にやや強引に山腹を巻いて下りていくとすぐに林道に飛び出した。忘れ去られたような山域ともいえる本社ケ丸から鶴ケ鳥屋山とはいえ開発とは無縁ではないのだ。ここまで車で上がれば急登だが比較的簡単に山頂に立てるだろう。とはいえそれでは単なる山頂の往復で、無線の目的だけならそれも良いだろうけど山を楽しむ、という雰囲気は余りなさそうだ。

林道をパスしてすぐに登山道に戻る。林越しに前方に見えるピークは数年前に雪を踏んで登った高川山だろう。少し下ると道が二分している。標石が埋まっているが数字は読み取れない。が標高1000mをわずかに越えるここが山と高原地図「高尾・陣馬」に恩六二九標石とある箇所だろう。北北東に進めば国道20号線の唐沢橋へ、南東に下りれば近ケ坂集落へ下りられるはずだ。北北東に進むコースはやや踏み跡が乱れているという記事を何処かで読んだ事がある。ここは南東に下りよう。

わずかにおりると林相は自然林からヒノキやアカマツの人工林となった。ふわふわとした独特の歩き心地の道で、先ほど滑って尻餅をついたこともあり気をつけて足を進める。先ほど捻った足首がわずかに痛い。道がつづら折れとなり何度か雷光型におりていくと林の間に堰堤が見えてきた。林を抜け出して枯れた沢にかかる堰堤に飛び出た。笹子川の支流の丸田沢の源流部だ。車が入ってこれる事もありごみが散乱している。

あとは林道から車道歩きが待っているだけ。じきに車道に飛び出てあとはのんびりと歩く。JR中央本線の初狩駅まで、きままに頭の中を空白にして歩く。頭に浮かぶ適当なメロディを口笛にしながら歩く。ブラームスの3番とモーツァルトが混じってしまう、なんともいいかげんな音楽に独り苦笑しながら歩く・・。

気ままに歩いて1時間、かつてはスイッチバックだったというだだっ広い初狩駅。缶ビールを片手に登り電車がやってくるのを待った。

* * * *

頭の中の地図に又少し足跡が延びた。今日の山は決して山行プランの上位にあったわけではないけど、まぁ代打の代打という感じ。こんな調子では気になる山は減りこそしないが増えるばかり。山も無線も果ての無い楽しみ、ということだろうか・・・。


(コースタイム:三ツ峠登山口9:30−清八林道終点10:12−清八峠10:30−本社ケ丸・アマチュア無線11:00/12:25−送電線台地12:47−1377m峰(角研山)13:06−ケーブル跡13:20−鶴ケ鳥屋山・アマチュア無線14:05/14:50−林道15:25−堰堤15:55−初狩駅16:50)


アマチュア無線運用の記録
本社ケ丸・ほんじゃがまる
1630.8m 山梨県大月市
50MHzSSB運用、13局交信、最長距離:茨城県新治郡
自作SSB/CW機(出力4W)+釣竿デルタループ
笹子峠近辺では随一の標高で岩峰ということもあり展望はすこぶる良い。標高もそれなりあるので無線の成果はかなりのものを期待したのだが・・。山頂は狭く無線はやりずらそうだ。
鶴ケ鳥屋山・つるがとややま
1374.4m 山梨県都留市
50MHzSSB運用、7局交信、最長距離:千葉県成田市
自作SSB/CW機(出力4W)+ダイポール
山頂は広く雑木に囲まれている静かな山。じっくりとやれば成果があがったであろうが20分の運用で7局とはまずまずだろう。

Copyright:7M3LKF,Y.Zushi,2000/4/15


(戻る) 〈ホーム〉