早春の道志主脈を歩く - 赤鞍ケ岳から御牧戸山

 (2000/3/11、山梨県南都留郡道志村)


三月に入って第二週めの土曜日。ここのところ今一つ薄ら寒い日々が続くが一足先に早春の山を楽しもうと道志を歩くことにする。今倉山から巌道峠にかけての稜線が道志主脈の中でも最も歩かれているようだがこの中で自分は未だ菜畑山から朝日山までしか歩いたことが無い。今回はまだほとんど残っている道志主脈の中から赤鞍ケ岳(ワラビタタキ)から鳥井立(御牧戸山)まで歩き巌道峠に至ろうか、と考えた。交通の便が良いとは言えない道志へはいきおい車でのアプローチとなるが入山口と下山口の場所が違う。下山してから入山地までは、まぁ国道を走る数少ないバスを捕まえて戻るか、自転車でも使うか・・。

道志街道(国道413号線)の大栗集落に車を停める。国道わきは駐車スペースが無く集落の奥に延びる林道脇に探し入ってみる。この林道の脇から登山道が延びているので丁度良い。「赤鞍へ」と書かれた粗末な手書きの指導標に導かれ杉林の中に足を入れた。たんたんとした登りが続きしばらくは息があがる。前回の山歩きが2月中旬。わずか3週間強のブランクだがずいぶん山に来てなかった様にも思える。この数ヶ月の仕事の多忙さは自分にしてはなかなかのもので、重なる出張、遅い時間までの勤務、など体が疲れる要因ばかりだ。それもあるがなによりも家に戻っても子供は寝ていて顔も見れない、家族との会話の時間も少なく、遅い夕食、と精神的にもかなり消耗したようにも思える。そんな事が重なるとどういう訳かとても山に行きたいと思ってくる。体力の要るハードな山ではなく小さな尾根歩きなど。今流行りの「癒し」だ。もっとも肉体的な疲労がもっとたまればそんな気分すら起こらないだろうから、世の中の基準からすればまだまだ働ける、という事だろうか・・。あー嫌だ嫌だ。

汗をぬぐって足を進める。しばらく登ると林が途切れて送電線の鉄塔の立つ台地に出た。すぐ上を先程の林道の延長なのかきれいに舗装された道が横切っていた。切り倒された杉の幹が無造作に山積みされている。横切った箇所から再び土の道をたどれば何時しか道は小尾根に取り付いた。しばらく雨も雪も降らなかったせいか乾いて埃っぽい土の道で登山靴が真っ白になる。道志の谷から道志主脈の山まではどのコースを取っても杉林のなかから転じて滑りやすい土の急坂となるようだ。一歩一歩土煙を上げながら見上げるような斜面をズルリズルリとのぼると背後の大室山から加入道山からの稜線がぐんぐん目線に近づいてきた。目の前の道に登山靴の足跡はほとんど感じられない。久しく誰も来てないのかもしれない。

(稜線歩きでは静けさを独り占めする)

空が開けてきて稜線に出た。西に方向を変えて小ピークをこえて少し登ると赤鞍ケ岳山頂1257mだった。わずかに雪が残っている。道志川の水位を計測するのに使うというロボット雨量計の設備が目障りだが少し朝日山方向に進むと高い笹や雑木に囲まれて人工造営物は見えなくなった。静かでひとけがない。少し藪っぽく茂る笹がいかにも道志らしい。

さて「赤鞍ケ岳」の名前はややややこしい。今居るこの1257mのピーク、実は2.5万分の1地形図には山名として記されておらず、代わりにこの西にある1299mピークにその名が冠されている。が、20万分の1地勢図を開けばこのピークはしっかり赤鞍ケ岳とあり今度は1299mピークに「朝日山」の名が与えられている。どちらが正しいものか・・。また今居るこのピークは別名「ワラビタタキ」とも呼ばれており混乱はなはだしい。どれでもいいのだが・・まぁ今回は赤鞍ケ岳の名を使わせてもらおうか。

さぁザックを下ろしてアマチュア無線タイムだ。50MHzバンド運用。自作のトランシーバに釣竿を使ったデルタループとは最近の定番セットだ。先月の三頭山ではアンテナと無線機を結ぶ同軸ケーブルを忘れ運用が出来なかった、そのうっぷんばらしのように各局に呼ばれるではないか。奥多摩の麻生山からJI1TLLが呼んでくると今日は自宅からJJ1KAEもそれに加わり仲間内の世間話となってしまう。JS1MLQとJR1NNLコンビも遠く福島県いわき市の朝日山から呼んできた。彼らも相変わらず神出鬼没だ。ローカルの7M1XPRも久々につながる。0.1Wの自作機から53で飛んできた。最近会っていなく、また飲みましょうという話となる。もちろんその合間にもはじめてつながる方も含めて途切れることなく呼ばれる。これこれ、これって本当に楽しい・・。

無線を楽しむあまり予定時間をオーバー気味だ。撤収しながら湯を沸かしカップラーメンをかきこんだ。ザックを締めて道志主脈を東へ向かう。巌道峠への看板に導かれて細い踏み跡に足を踏み入れる。主脈の稜線道は薮っぽい道を想像(期待?)していたのだが大規模な伐採跡などもあり道はきわめて明瞭なのにはやや拍子抜けがしてしまった。左手の秋山の谷を挟んでは懐かしの二十六夜山がこじんまりと立っている。数年前、柔らかに降る春雨の中に登った二十六夜山では静かな霧に包まれて、ミルク色の山頂はまるでそこが現実の世界のような気がしなかった。小さくて素敵な山。そんな事を思い出す。右手に大室山が殊のほか大きい。富士隠し、とも言われるその山姿の大きさはなるほど谷を挟んだ道志の山から眺めれば充分に納得の行く堂々さだ。そいえば山容の立派さに比して山頂は展望も無く地味だったっけ・・。

小さなアップダウンを交えながら稜線を東に向かって歩く。たんたんと歩く。何の気配も感じない。誰にもあわない。風景と静けさを独り占め・・。季節のせいもあろうが葉をすっかり落とした雑木、時折笹を交える尾根道には色彩感がなく一貫して地味で、渋いといえば渋い、特徴がないといえばその通り、面白味がないといえばそれまでなのだが、これが道志の山の良さのようにも思う。静かで少し眠たさの漂う、そんな感じの山だ

道志の山に訪れた早春。
(撮影 : リコーGR1、28mmF2.8, 絞り開放AE, ASA100)

2.5万分の1地形図上にその名を記す「長尾」は注意しないと通り過ぎるような地味なピークで、そこから15分程度でテレビ中継塔の立つ今日最後のピーク御牧戸山だ。地形図上の名前は「鳥井立」とある。ワラビタタキといい長尾といい、今回は山らしい名のピークに縁が無い。

さてここでもアマチュア無線。行きがけに調べてきたバスの時刻標によると下山地となる久保集落を都留市駅行きのバスが15:48に通るとある。これに乗れれば入山地の大栗まで簡単に戻れよう。自転車で戻るよりはかなりで楽である。これに間に合うためにピッチを上げよう。となると無線は手近に済まさなくては。ならばとハンディ機を取り出す。テレビ中継塔が立つとはここは関東平野へのロケが良いのだろう。1200MHzのメインをつけるとスケルチ全開でテレビ音声が入ってきた。テレビ神奈川かもしれない。CQを出すと立ちつづけに2局に呼ばれて効率が良い。

手短に無線を終えるともうあとはやり残したことは無い。静かな山も、胸踊る無線も満喫した。急坂を駆け下りて巌道峠へ。車道の通る小さな切通しの巌道峠。ここで一応道志主脈のメイン部分は終わるのだがこの先にもムギチロ、入道丸方面に登山道は続いている。いづれ辿ってみたい。これといったピークのなさそうなこれらのエリアは今回よりさらに静かでさびれた山歩きができそうに思える。

あとは道なりに未舗装の車道を道志街道へ下りるだけ。集落近くなったころ寺がありその庭に梅林が広がっていた。花は未だ三分咲きで本格的な春とはとても言えぬが色彩感の薄い山を歩いてきた目には春の香りが満ち満ちているように思える。道志にも早春来たる!

国道の久保集落に出たところの側道に大型の観光バスが停まっており私の姿を見るとシューと扉が開いて中から運転手が出てきて「ご苦労様でした!」と声を掛けられた。一瞬事態がわからなかったが、ああ旅行会社のツアー登山だな、と納得。果たしてバスには「赤鞍ケ岳ツアー」と書いてあるではないか。あの地味で静かな稜線を何十人ものハイカーが集団で歩くのだろうか?信じられない!ひとけのない尾根をカサコソと考え事などをしながら歩けるのが道志の山の良さと思っている自分は間違いなのか・・。あの場所を何十人もの集団で歩いて一体何が楽しいのか、自分には理解できない。

15:48のバスには充分間に合うが30分近くここでじっと待っているのも面白くない。ならば行こうか。あらかじめデポしていた自転車にまたがり緩い上り坂をエッチラオッチラ。いささかくたびれたところでようやく大栗集落に到着。自転車を分解して車に積んでいると先ほどの観光バスがツアー登山客満載で通り過ぎていく。彼らに稜線で会わずに済んだ幸運さを思い、春浅い山を楽しんだ一日を思いながら道志村を後にした。

(コースタイム:大栗9:40−送電線台地10:00−稜線10:55−赤鞍ケ岳・アマチュア無線11:05/13:00−長尾・アマチュア無線14:00/14:05−御牧戸山・アマチュア無線14:20/14:35−巌道峠14:52−久保15:25−(自転車)−大栗16:00)


アマチュア無線運用の記録

赤鞍ケ岳(ワラビタタキ)1275m
山梨県南都留郡道志村
50MHzSSB運用、23局運用、最長距離:福島県いわき市
自作SSB/CWトランシーバ(出力4W)+デルタループ
山名がややこしいのは上述の通り。ロボット雨量計のある山頂はパッとしないが静かではある。関東平野にはそこそこ電波は飛ぶようだ。
長尾 1107m
山梨県南都留郡道志村
430MHzFM運用、1局交信、STANDARD C710(1W) 顕著な高まりも無い主脈上の一ピーク。
御牧戸山 (鳥井立)1048m
山梨県南都留郡道志村
1200MHzFM運用、2局交信、最長距離:千葉県八千代市
STANDARD C710(0.28W)
長尾のすぐ東にあり標高も低いが山頂からは関東平野が開けてゆく様が見られる。電波の飛びは期待できそうだ。0.3W弱の無線機と付属の短いホイップアンテナという非力さで千葉県八千代市まで59-59。

Copyright:7m3LKF,Y.Zushi,2000/3/19


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