「投資効果の測定」の必要性について

 投資効果について検討しなければならないのは、投資を銀行からの借り入れによって行う場合です。
 銀行が企業に貸し付ける金は、当然、他人から預かった金です。 したがって、預かった金は、元金はもとより、利息も付けて返さなければならない。しかもその利息には、銀行も企業のひとつですから、自行の経費と利益も加算してあります。
 経営者が自分の金で投資を賄う限り、株主に対する責任はこの際考慮に入れないとして、儲かろうと儲かるまいが、経営者の勝手です。なにしろ、企業に借入残高がないかぎり、その企業がどうなろうと銀行は知ったこっちゃない。
 投資効果の測定が必要なのは、あくまでも銀行からの借り入れで投資を行なおうとする場合です。
 つまりは、銀行が貸し出した利息以上の利益を、その投資から企業が生み出せるかどうかが問題なわけです。銀行からの借入利息が2.5%なら、少なくともその投資によって生み出す経常利益は2.5%以上なければならないということです。
 閑話休題。
 銀行からの借り入れ上限ですが、みなさんはどれだけだと思いますか。
 A社の現在の借入残高が、仮に6億円だったとします。
 その会社は、一年間で、減価償却費と経常利益を合わせて4000万円のキャッシュフローを生み出しています。
 銀行では、6億円の借入残高を、15年間ですべて返済する(これを長期資本収支といいます)のを、中位企業の貸し出し上限としているようです。
 生み出した4000万円のキャッシュフローを全額返済できればいいのですが、減価償却費2000万円で経常利益2000万円(半分は法人税でもっていかれますから、返済できるのは2分の1)とすれば、実質キャッシュフローは3000万円。
 この3000万円に15年を掛ければ、借り入れ上限は4億5000万円。
 すでに1億5000万円も借入上限額を超えてしまっています。A社は、ひょっとすると、銀行の内部資料では「危険企業」のブラックリストにのっているかも知れません。
 しかも、15年で会社をやめてしまうなら、設備の新規投資はしなくてもすみます。しかし実際はそういうわけにはまいりません。
 将来新規設備の更新に3000万円が必要になるとすれば、減価償却費の1割(200万円掛ける15年で3000万円)を再投資の目的で、毎年蓄積していかなければなりません。この金額を控除したら、A社の場合、銀行から借りられる最高額は4億2000万円になってしまいます(但し、土地担保に余力があればまた別の話です)。
 A社に多額の借入残高が残っている理由は、おそらく、設備投資だけでなく人的投資も含めて、過去に行った新規投資のすべてに対して十分な「投資効果の測定」がなされず、その投資のことごとくが失敗に終わってしまった結果といえましょう。
 経済変動の激しい今、投資を考えるとき、投資効果の測定には、慎重の上にも慎重を期さなければなりません。
 先ほどの、「銀行からの借入利息が2.5%なら、経常利益は、2.5%以上」と言いました。しかし、新規投資が生み出す経常利益を、わずか2.5%と見積もるのではあまりにも少なすぎます。危険負担を考えれば、最低でも「5%」の投資効果はあげたいものです。
 もし、その数字があげられないときは、数字は決して嘘をつきません、新規投資はあきらめてください。

 それでは、投資効果の測定を、実際にしてみましょう。
 これは某トラック協同組合、ここではB組合としておきます、の新規ガソリンスタンド建設の実例です。
 なお、ここで分析した資料のすべては、組合員配布資料に基づくものです

今次計画実施後の返済能力検討
(1)今次設備計画 ガソリンスタンド並びに事務所の設置
(2)設備の明細 投資・付帯費用 消費税 総額(単位千円) 購入土地(東京都某区某町)
土地代金 122,694 122,694 地番 u 送電線下
事務所建築 13,820 691 14,511 00番3 135 東電
地役権設定
給油施設 26,187 1,309 27,496 00番4 228
不動産手数料 1,800 90 1,890 00番5 297 東電
地役権設定
土地登録税 2,050 2,050 合計 660
建物登記料 90 90
司法書士手数料 100 100
工事設計管理料 1,250 63 1,313
合計 167,991 2,153 170,144
(3)資金調達計画
S信用金庫 120,000 (10年、利率1.95%)
自己資金 50,000
170,000
(4)担保・保証人 担保物件 評価額
担保 今次計画土地建物 (提供資料なし)
保証人 理事長H・T 副理事長Y・S
(5)土地建物用途別面積 計画前 計画完成後
土地 0 660
事務所 99 82.5
貸事務所 82.5
建物小計 99 165
(6)完成後の収支計画 14期実績 新計画増加分 家賃 新計画完成後
売上高 1,637,257 -22,036 1,615,221
仕入 1,575,359 -27,960 1,547,399 (内)保証料・還元金・保険料・CP料は固定費 291,053
外注費 14,423 14,423
売上原価 1,589,782 -27,960 1,561,822
粗利益 47,475 5,924 53,399
販管費 28,717 7,665 -3,000 33,382
人件費 3,600
建物減価償却費 327
給油施設減価償却費 2,946
その他販管費 792
支払利息 24 2,340 2,364
その他損益 10,334 1,800 12,134
経常利益(償却後) 29,068 -4,081 29,787
法人税等 1,814 1,859
当期利益(償却後) 27,254 -4,081 27,928
法人税等税率 22%


(注)法人税率の参考資料

法人税率
普通法人   協同組合  公益法人
資本金一億円以下 資本金1億円超
年800万円以下の所得 年800万円超の所得
税率 22% 30% 30% 22%

法人税は国税ですので、このほかに都道府県民税・市町村税等の地方税が付加されます。
平成13年の法改正で、以前よりもだいぶ安くなりました。
しかし、とりあえずこれまでどおりに、経常利益の50%が法人税等で持って行かれると考えて、計算してください。


第14期B組合実績貸借対照表

14期貸借対照表
資産の部 負債及び資本の部
流動資産 297,859 負  債 190,622
現金 60 支払手形 0
当座預金 23,134 買掛金 67,534
普通預金 8,713 未払金 93,008
定期預金 59,666 借入金 0
S信金 30,594 預り金 139
受取手形 34,314 高速預り金 1,366
売掛金 132,995 長期預り金 25,268
未収入金 6,796 前受利息 1,176
前払費用 648 未払法人税 2,130
貸付金 0
棚卸商品 2,149
貸倒引当金 -1,211 資本計 40,000
固定資産 3,683 受入出資金 40,000
什器備品 22 剰余金 70,920
出資金 3,490 法定準備金 11,500
車両 13 特別積立金 11,500
電話加入権 157 法定繰越金 5,750
退職金積立金 16,800
周年記念積立金 4,500
繰越剰余金 1,622
当期積立金 19,248
資本の部 110,920
合  計 301,542 合  計 301,542

売掛債権
買掛債務
固定負債(長期借入金と見なす)

1 返済能力の検討

(1)実績償還期限による返済力

現在の長期借入金+現在の設備未払金+今回の借入金 実績償還資源による返済力
年数
実績償還資源(償却後経常利益×0.5)
25268+0+120000 10.
(29068×0.5)


(2)予想償還期限による返済力
現在の長期借入金+現在の設備未払金+今回の借入金 予想償還資源による返済力
年数
予想償還資源(予想経常利益×0.5+計画実施後の減価償却費)
25268+0+120000 8.4
((29787×0.5)+(327+2946))


2 今次設備計画の投資効率等計算
増加粗利(4764)=予想粗利(52239)ー実績粗利(47475)
増加運転資金(15712)=売上債権・棚卸(176424)ー買掛債務(160542)

(1)投資利益率

投資利益率は次の算式を使って計算します。

増加営業利益(=増加粗利−増加(人件費+償却+経費)) 投資利益率(%)
今時投資額+増加運転資金
-2901 4764−(3600+327+2946+792) -1.02%
185856 170144+15712
算定基礎資料
増加粗利益 4,764
増加人件費 3,600 上記(6)完成後の収支計画参照
増加償却費 327
増加償却費 2,946
増加諸経費 792
増加営業利益 -2,901
今時投資額 170,144 上記(2)設備明細参照
増加運転資金 15,712
合計 185,856

この結果から、この計画の投資利益率はマイナス1.02%となり、この投資に対する銀行借入の利率1.95%にはるか及ばないことが分かりました。

(2)資金回収期間

資金回収期間は次の算式を使って計算します。

今時投資額+増加運転資金 資金回収期間(年)
増加経常利益((増加粗利−増加固定費)×0.5)+増加減価償却費
185,856 170144+15712 -35
-5,241 (4764−(3600+327+2946+792+2340))×0.5+(327+2946)
算定基礎資料
増加粗利益 4,764
増加人件費 3,600 上記(6)完成後の収支計画参照
増加償却費 327
増加償却費 2,946
増加諸経費 792
増加営業利益 -2,901
増加支払利息 2,340 上記(6)完成後の収支計画参照
今時投資額 170,144 上記(2)設備明細参照
増加運転資金 15,712
合計 185,856


この結果からも、この計画の資金回収期間はマイナス35年となり、今回の投資は新規事業の利益からは返済できないことが分かりました。

3 計画実施後の損益分岐点

 売上原価の仕入高・外注費を変動費とする。
 売上原価1、270、769(下欄「損益分岐点売上高」を参照)
  仕入高1、256,346…仕入高1,547,399のうち291,053(保証料・還元金・保険料・CP料)は固定費として算入する
  外注費  14、423

(1)変動費の算出

 変  動  費 1,270,769
 予想売上高 1,615,221(下欄「損益分岐点売上高」を参照)

 変動比率=仕入高・外注費÷予想売上高
 
 78.8%=1,270,769 ÷ 1,615,221

(2)固定費算出

 固定費324,435(下欄「損益分岐点売上高」を参照)
 内訳
  保証料・還元金・保険料・CP料 291,053
  販管費                 33,382
  支払利息                 2、364
  

(3)損益分岐点売上高
14期実績 新計画完了後
売上高 1,637,257 1,615,221
変動費 仕入 1,575,359 1,256,346 (保証料・保険料.還元金・CP料291053は控除済み、固定費へ)
外注費 14,423 14,423
売上原価 1,589,782 1,270,769
粗利益 47,475 344,452
固定費 販管費 28,717 324,435 (仕入から控除した保証料・保険料.還元金・CP料291053は加算済み)
内増加人件費 3,600
内増加建物減価償却費 327
内増加給油施設減価償却費 2,946
その他販管費 792
支払利息 24 2,364
その他損益 10,334 12,134
経常利益 29,068 29,787
損益分岐点分析 限界利益 47,475 344,452
限界利益率(%) 2.9% 21.3% 損益分岐点分析については頁を新めて勉強します
損益分岐点売上高 990,355 1,521,356
安全余裕率 39.5% 5.8%
安全余裕率の目安 40%以上(安泰)
25〜40%(健全) 14期実績
15〜25%(普通)
7〜15%(要注意)
7%未満(危険) 新計画完了後


4 投資効果測定の結論

(1)この計画の投資利益率はマイナス1.02%となり、この投資に対する銀行借入の利率1.95%にはるか及ばない
(2)この計画の資金回収期間はマイナス35年となり、今回の投資は新規事業の利益からは返済できない。
(3)ガソリンスタンド新規設備計画による燃料売上高の粗利計算をしてみると、下の表で分かるように、新規設備計画による粗利益の増加はたったの2,964千円。このわずかな粗利獲得のために、何と1億7千万円(借入金1億2千万円・預金取崩により5千万円)もの投資!

単位千円 13期 14期 新規設備計画
既存部分 増加部分 合計
燃料売上高 487,937 470,959 470,959 63,600 534,559
燃料仕入高 480,709 463,542 463,542 60,636 524,178
燃料粗利益 7,228 7,417 7,417 2,964 10,381

 損益分岐点分析の安全余裕率でお分かりの通り業績の良いB組合ですが、新計画後の安全余裕率は一気に低落して、最下位の(危険)域に仲間入りしてしまいます。それでも、「1 返済能力の検討」でみたように、新規長期借入金は計画どおり10年間で返済が可能でしょう。しかし借入利息はともかく、借入金の元金返済が1千2百万円が新たに発生しますから、キャッシュフローがその分だけ不足します。この不足を補おうとして、未処分利益2千百万円のなかから組合員に支払われてきた配当金2千5百万円が、減額されるおそれがあります。

結論 ……今回の設備投資はどの項目の分析結果を見ても、新計画からは回収できず、それどころか組合の収益および資金繰りを悪化させる可能性のほうが大きい。従って、今回の新規設備投資は、実施すべきではない。
 

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