◇五◇
翌朝、地面の下から見る学園の光景は、まさしく地上のそれとは一変していた。
表情のない機械人形が、学園に次々とやってくる生徒達を迎えている。
いや、表情はあるのだ。おそらくは、体の内側から投影されているであろう映像による平面
画像が。
マネキンのように無機質な顔面に、表情だけがただ付けられ、それはまるで人間のように受
け答えする。オレ達には聞こえないが、少なくとも地上の生徒達には声が聞こえているらしい。
円城寺は相変わらず信じられないといった表情で、何やらブツブツと呟いている。地上の生
徒達の喧騒で、外には漏れ聞こえないのでまあ良しとする。
朝になって、ようやく生徒会エリアへの登校が可能となった倫には、出来る限りの現状を伝
えておいた。
最初は地下での環境の悪さに、俺達が幻覚でも見ているのではないかといぶかしんでいたが、
それでもきちんと裏を取ってくれるのがあいつの良い所なのだろう。
一時間後、倫が発見した恐るべき事実はオレ達に更なる衝撃を与えた。
「……夕夜達が言うように、教師達が人間でなく、ただの物言わぬロボットであったと仮定し
た上で、幾つかの可能性についてシミュレーションプログラムを走らせてみました。その結果
――この学園には、人間に作用し、軽い催眠状態を誘発するガスが常に散布し続けられている
事が判明しました。明確な意思を持った上で、機械による分析を行わなければ永遠に気付く事
はなかったでしょう」
倫からの受け答えも、流石に呆然としているのがその声質から伝わってくる。
「……信じられません。あれが人間でなくただの機械人形だったなんて……!しかしそう言わ
れてみれば思い当たるフシは確かにあります。何故今まで気付かなかったのか……、いえ、気
付かないようにされていたのか、と言うべきでしょうね」
教師がロボットである、という絶対条件の下に倫が学園内を検索した結果、幾つか判明した
事実がある。
まず、現状ロボットであると確認されているのは学園の教師のみである。生徒に関しては、
少なくとも現在ロボットが存在する事は全く確認されていない。
第二に、彼らは今の所、人間に危害を加える存在ではないだろうという事だ。
確かにそれは、これまで学園内で生活してきて強く感じる所ではある。
少なくとも、オレがこれまで過ごしてきた経験の限りでは(常に軽い催眠状態ではあったら
しいが)、あれらが人間に危害を加えようとする意思はまるで感じられなかった。
ただひたすら、学園の平和と秩序を維持しようと、ただそれだけの為に行動しているように
感じられた。倫のデータも、今の所それを証明している。
第三。学園に充満している催眠ガスは空気よりも軽く、学園の地上から散布され、学園内で
生活している限りはその影響から逃れる事は出来ない物であるらしい。また、その影響下にお
いては、リスト型端末による刺激信号を教師の言葉として受け止められるらしかった。
成る程、それで教師が無言でも会話が成り立つのか。
つまり、このガスに影響を及ぼされる事なく学園の真実を知ろうと思えば、こうやって地下
から世界を眺めるしか方法がない。
瓜川にも確認してみたが、あいつは地上と繋がった場所に関しては、見つかるのが怖くてほ
とんど近寄っていなかったらしい。この事実には全く気が付かなかったそうだ。
まあ、気付いていたら気付いていたで、学園生活が恐ろしい物になっていたような気がしな
いでもないが。
結論としては、この事実に関しては今の所、保留。
何故ならそれに対処する理由がまるで存在しないからだ。
ロボットが人間を学園で囲い、何か悪巧みをしているというのなら何としても阻止せねばな
らないのかもしれないが(まあその可能性は否定出来ないが)、少なくともオレ達の知る限り
では、彼らはただただ真面目に学園を運営しているだけなのだ。それにこちらはその学園側に
追われる犯罪者とその一味である。仮に地上に出てこの真実を伝えたとして、何がどうなると
いう物でもない。
あるいは彼らから逃亡する時には何かの役に立つかもしれないが、能力はほぼ人間並みなの
で、これもまたほとんど意味がない。
何よりそんな事を考えている暇があったら、オレ達は学園の外への脱出を目指さなければな
らないのだ。
気になる事実には違いないが、今の所、どうしようもないというのが本音だった。
「……人間としての判断を排除し、プログラムに任せるだけでも随分と新事実が出てくる物で
すね……。生徒会の作業のほとんどは、彼ら教師――いえ、教師端末とでも呼ぶべきでしょう
か、彼らのメンテナンス作業が主な物であったようです。機械同士では難しいデリケートな部
分を、人間に任せていたという事でしょうね。これで、マネキンを磨いたり、謎のスペースに
充電池を詰め込んだりする作業の謎がようやく解けましたよ」
そういえば、瑞希がそんな事を言っていたような気がする。あれは確か、反省室での特別課
題であっただろうか。
「そうですね、そちらの方も多分、全く同じ作業でしょう。生徒会は基本的に、常に人手不足
ですからね――、正直、猫の手も借りたい程に、作業量は不足している筈ですから」
そこで倫は、一旦言葉を切ってから。
「……先程、教師端末と言いましたが……、おそらく彼ら全体の指令は、学園のどこかに存在
するメインコンピュータが一括して行っている筈です。そしてそれは現在集まっている情報で
は、地上でなく貴方達の居る地下エリアに存在する可能性が高い。もしそのコンピュータに私
達がアクセスする事が出来れば、あるいは学園の情報が今以上に手に入れられる可能性があり
ます。つまり、学園外への脱出の可能性も高くなるという事です」
確かに、倫の言う通りだ。
「効率良く仕事を行っていきましょう。昨晩、瓜川さんの持っていった装備の中に、リョウカ
に渡したのと同じ端末がもう一つ入っている筈です。夕夜と、リョウカ。二手に分かれて地下
通路内を探索して下さい。もしそれらしい施設、もしくは学外への脱出ルートらしき物を発見
したら、すぐに私の所まで連絡をお願いします。何より、時間がそれ程ある訳ではありません
から」
確かに、こんな場所で何日間も過ごすのは流石に御免こうむりりたい。
それでなくとも、喜島率いる風紀委員会が次にどんな手を打ってくるのか分からないのだ。
「……そういえばさ、教師達がロボットだったっていう事は、もしかしてプログラムをちょい
ちょいっといじって、オレ達を無罪にするとかいう事は出来ないのか?」
「現時点では不可能です。彼らは所詮端末ですから、大本であるメインコンピュータにアクセ
スしない限りはその手段を取る事は出来ません。最も、ゆうに百体を超える数の人型端末を同
時に制御している程のコンピュータですから、相当なレベルの防御システムが備わっている可
能性が高い。実際に接してみない事には何とも判断が着きませんね」
もっともな話である。
オレ達は倫との通信をそこで切ると、指示通り端末を一つずつ手に取る。
「それじゃあ、一時間後にここに戻って来るって事で」
「うん、分かった。……気を付けてね、如月くん」
「お前もな、円城寺」
そうして、オレ達は互いに別の方向に向かって地下通路の探索を始めた。
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