◇六◇  事件が終わってから、一ヶ月が経った。  円城寺とセリルによるオレの開腹手術は無事に成功し、まだ傷は多少痛むが、オレは一人で 学園に登校出来る程度には回復していた。  手術中、何度か円城寺の目が怪しかったらしいが、まあ、それは、うん、なかった事にして おくのが、円滑な人間関係を生む秘訣なんじゃないかと思う。  円城寺良華が郷原丈邦を殺害した事件については、倫がねつ造した通り、円城寺は郷原に無 理矢理殺害を迫られた――つまりは、遠回しな郷原の自殺という事で、学園内での決着は一応 付いた。  逃亡に関しては、円城寺が当時混乱していた事、どう考えても疑われる可能性が高い事を考 え、倫が彼女を匿っていた――という事でどうやら話が落ち着いたようだ。  事件の真相を知っているのは、円城寺良華、詩野倫、そしてオレ、如月夕夜の三人のみ。  円城寺が殺人を犯した事実を軽視するつもりは全くないが、ただ、あの状況において他に取 れる手段があったかといえば、オレとしては疑問だし、それに、彼女は今後一切他人の内臓に 興味を持ち、それを観察する事はしないと――人を殺す事は二度としないと――オレと、そし て詩野倫に再び固く約束をしてくれた。  その誓約が破られない限り……オレ達が、この事件に関する真相を口にする事はないだろう。  風紀委員会は、喜島という台風の目を失った事により自然とその力を失っていった。今では マナー違反の生徒に多少の注意をする程度の活動しか行っていない。  詩野倫、瓜川孝、霧沢美紀の三名は、その後セリルと話し合った末に、今回の全ての行動に 関して不問。ああ、オレもその内に入る訳なのだが――まあ、何はともあれ面倒がなくて何よ りだ。  倫は、相変わらず学園全体のシステム管理を統括している。時々、セリルの目を誤魔化して 様々な工作を行ってはいるようだが――まあ、微笑ましい行為だと受け取っておこう。  ショップ瓜川は、流石に公式ではないものの、セリルも必要悪だと捉えているのだろう。相 変わらず学園のあちこちで、妙な品物を売り捌いている。  霧沢美紀ちゃんは、以前と変わらず部屋の中に閉じ篭もっている。ただ、前と比べると随分 外に出る機会が多くなったのは、彼女にとって良い傾向だと思う。  瑞希のヤツは、円城寺の無実が証明されても、相変わらず彼女がオレに近付く事を随分と敬 遠しているように思える。もしかしてあの二人は、どこかしら相性が悪いのかもしれない。  学園のメインコンピュータであるセリルは、そのシステム障害による、不確定要素の判断を ……オレ、いや、オレ達学園全員の手に委ねた。  具体的に言うと、現在オレ達の学園では、新生徒会と称して幾人かの部門別役員が決定され、 彼らによる話し合いで、学園の今後の運営が決定されるシステムが出来つつある。  既に、倫や瓜川など、信頼出来ると思った人間には、この学園の真実を伝え――そして、新 生徒会の役員となって貰っている。  それが正しい判断であるかどうかは分からない。ただ、たった一人が何もかもを決める世界 よりは、多分、この方がずっと良い。  オレ達はそんな風にして、これからも悩みながら、この世界を生きていく事になるのだろう。 ただ、例え判断が間違っていたとしても、自分で決めた事、判断した事ならば、そこに悔いは 残らないに違いない。  喜島薫は、最後まで悔いる事なく自分の人生を全うしていったのだろうか。  それだけは、ほんの少し気になった。  昼休み、オレは購買で買った携帯食料を齧りながら、いつものように玄関前広場でTVドラ マの再放送を待つ。定期的に吹く空調の風が妙に心地良い。  放送部有志による比較的どうでも良い前置きが終わると、いよいよ一昔前に放送されていた TVドラマが映し出される。  オープニングが一通り流れた後に、さて、本編。  オレが以前に見た事のある放送分だった。 「いつになったら、あの幻の十三話が見られるのかなー」  オレは、いつものようにグチをこぼす。 「あ、やっぱり今日もここに居たのね、如月くん。お昼ご飯、一緒していい?」 「円城寺か。別に構わんが……、オレはもう、ほとんど食べ終わったぞ?」 「別に、お弁当から幾つか持っていっても構わないわよ」  ああ、それは良い提案だ。  弁当のおかずが、モツ煮込みやレバーといった内臓系ばかりなのは少し気にならないでもな いが、それでもそれは、なかなかに嬉しい提案であると言える。 「それにしても如月くん、いつもここでお昼ごはんを食べているわね。そんなにこの場所が気 に入ってるの?」 「いや、場所が気に入ってるというよりは、ここにある立体画面が学園で一番大きいからな。 校内放送の、昔のドラマのファンなんだよ。唯一見逃した、十三話目の放送だけをただひたす らに待っているんだ」  オレがそう言うと、円城寺はキョトンとした表所を浮かべて。 「え?でも、あのドラマの十三話目って、確かそれまでの話の総集編だったわよ?あんまり見 る意味は、ないような気がするんだけど」  今度はオレが、キョトンとした表情を浮かべる事となった。 「え?そ、それ本当か!?総集編って事は……もしかして、オレはあのドラマの話を既に」 「全部見てる……って事になるわね。ご愁傷さま」  …………………………。  何てこった。  唯一見逃した十三話の為に、ずっと不完全だと思っていたあのドラマ。  しかし、真実は全くの逆だった。  不完全だと思っていたそれは、既に最初から完全で――。 「何だよ、それ……、じゃあオレは、何の為にここに張り付いていたんだか……は……はは」  オレは知らず、声を出して笑っていた。  少しずつ大きく、やがてそれは、広場の誰もが聞こえる程の大きな笑い声へと変化して行く。 「はは……ははは、あははははははは!」  円城寺はびっくりした顔でオレの事を見つめていた。だがオレに釣られたのか、ふと小さな 笑みを浮かべると、オレと同じようにおかしそうに笑い始めた。  それは、とても小さな笑い声だったけれど、円城寺の美しさにとても似合った微笑で。  彼女の胸元で、小さな十字架がシャラリと音を立てた。  綺麗だった。                          ◇了◇


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