『”ものみの丘”に吹くそよ風』

第0話



 ずっと続くと思っていた。
 このありふれた日常が。

ずっと側にいてくれるのだと、信じていた。
 あの優しい人が。

ずっと、ずっと、この温もりの中にいられるのだと。
 そう、思っていた……。

 でも、わたしは、終わりがあることに、気付いてしまった。

見たくない物を、”視て”しまった。
知りたくない事を、”知って”しまった。

 わたしは、”それ”が”現実”になるのだと、解ってしまった。

それは、確かな”終わり”。


 「いってきます」

それが、別れの言葉……?

 …終わり……。
こんな”終わり”、いやだ。

 もし、わたしの手が”人の手”であれば、この戒めを解いて、あの人を追うことが出来るのに。
 もし、わたしが”人の言葉”を話せたら、あの人を呼び止めることが出来るのに。

 もし、わたしが”人”であったなら……、この運命を……。


 静かに…目を閉じる。


『いつの世も人は、私達に災厄を与えるだけなんですよ』

  ……母さま…。

『それでも私達は、人に温もりを求めるものなのです』

  ……アスハさま…。

 もしも…、もしも私に、その”力”があるのなら。
 もう、他には何も要らない。
 すべて無くしてもいい。

 ただ、一つの『願い』を……、
ただ一度の『奇跡』を……。


 ゆっくりと…目を開ける。


 初めて”人の目の高さ”で見る景色。

わたしは”人の手”で戒めを解き、扉を開け、
そして、”人の足”で駆けだした。


 砕け散り、流れ去る、暖かな記憶。
わたしの大切な”思い出”たち。

その中から、たった一つの言葉を紡ぎ出す。
 優しいあの人の名前……。

 私は初めて、”人の言葉”でその名前を呼んだ。

 「………みしお……っ」


第一話