1999年8月8日、横浜国際総合競技場では日韓OBによるサッカーの親善試合が行われました。
試合は15時キックオフの19時終了予定で、その後半には特別ゲスト「Kiroro」による30分程のミニコンサートが予定。

この日の午前中、そのKiroroの控え室から苦情があったんです。
苦情の内容は単純明快、「部屋が寒いから温度調節して下さい」と言うもの。
この競技場のほとんどの空調システムの操作は防災センター内にある監視装置から行うようになっています。
ちなみにその時の設定温度は24度・・・真夏の時期としてはちょうどいい設定ではあったんですが、要請があったのだから調節しなくてはならないわけです。
この時に、設定温度は24度から26度に変更されました。

さてっ、夕方にイベントがある場合には勤務体系が大きく変わります。
普通は8時半出勤なんですが12時出勤でいい事になるのですっ。
この「遅番」の時間に出勤した私は出てくるまでのいきさつをいろいろと聞き、どの仕事をしようかと考え、大会前の巡回点検を行う事に決定しました。
もう1人の遅番である、後輩のI君と巡回点検をする事に。

この後輩のI君、聞くところによるとKiroroのファンであるらしく、何かと気にしていました。
同じ防災センターに勤務している警備の人の「Kiroroのサインもらった」という冗談に敏感に反応してものすごくうらやましがっていたし、大会前のリハーサルの状況を見たくて落ち着かない状態だったんです。
「そんなに会いたいんなら控え室に行こうっ。どうせウチらは設備員なんだから点検の名目でどこにでも入れるし・・・。今日は入室範囲指定されていないから大丈夫だよ」
私がからかうようにそう言うとさらに落ち着きがなくなりました。(笑)

控え室に行く行かないにしても巡回点検は行わなければなりません。
電球が切れていたら選手が来場するまでに代えなくちゃいけないし、空調の温度設定が適切でなければ調節して快適な環境を作らなければ。
でも、本当は2階と3階の点検さえやっちゃえば終わりで、その上のフロアはとくにやらなくてもいいのです。
けど、入室の制限もなかったので私は本気でKiroroを見てみようと思っていました。
正直言うと、Kiroroってどんなアーティストかぜ〜んぜん知らなかったし、女性2人組のアーティストであると知ったのも、I君に話を聞いた当日でした。

私とI君は防災センターを後にしましたが、まだI君はKiroroの事を口にしてます。
よっぽど会いたかったのでしょう。
私がさっき言った事に、
「KAMIUさん、でも、いくら点検って言っても無理ですよ・・・」
「オーナーさんとかに知れたらどうするんですか?」
と心配ばかりしてます。

私が本気で言っている言葉をI君は半信半疑で聞いているようです。
実際に入れる確信はあったし、言い訳ならばいくらでも出てきます。
ハッキリ言えば仕事を一生懸命やらなくてもこういう悪知恵だけはいくらでも出てくるし、頭の中ではいくつでもプランが勝手に・・・。

巡回点検は主に「大会運営棟」と呼ばれる建物の中を行いました。
2階が終わり3階へと移り、Kiroroの控え室である5階がゆっくりと近付いてくる。
3階の点検も終わり、ついに4階の空調の様子を見に・・・。
階数があがっていくうちに私達の口数はどんどん多くなっていました。
もちろんI君は「大丈夫ですかね?」という不安であり、私は「どうにでもなるって」というI君の不安を打ち消すためです。

5階へは2つのエレベーターを使えば行くことができます。
そのうちの1つに乗り込み5階へ・・・扉が空くと目の前には「控え室」と書かれた看板が。
その後ろの扉一枚隔てた先にKiroroが居る・・・いきなり控え室の隣に出てしまい、さすがにちょっと緊張し入室をためらってしまいました。
口で言うのは容易いが実際に行動に移すのは難しい・・・。
2人とも固まってしまってどうする事もできなかったので、仕方なく乗ってきたエレベーターで今来た道を引き返す事にしました。

どうしてもあきらめきれなかった私とI君はもう1つのエレベータへと移動。
もう1つのエレベーターはいきなり控え室の隣に出るのではなく、少し離れた場所に。
控え室の方へと移動していけばスタッフに出会うだろうし、いざとなったらそのスタッフに話をして連れて行ってもらえばいいって考えでした。




すすむ