脱力の薦め 永遠の課題

楽器演奏に関わらず肩の力を抜けとはしばしば耳にする言葉です。
自分でも比較的最近までこの言葉の本当の意味が、理解出来ていたとはいえませんでした。
じゃあ今は完全に理解出来たのかといわれるとまだ自信は有りませんが、ギターに限らず奥の深い言葉です。
力を抜くことは良い演奏に繋がるばかりでなく、腱鞘炎等の予防にも役立つと思います。
何はともあれ私なんぞが偉そうに講釈するより小澤征爾さんが26歳の時に書かれた「ぼくの音楽武者修行」(新潮文庫)から脱力に関する名言をピックアップしてみました。
ご参考になれば幸いです。

桐朋学園の音楽教育に触れ、斎藤先生の指揮のメソードについて解説している個所からの抜粋

斎藤先生は指揮の手を動かす運動を何種類かに分類して、例えば物を叩く運動からくる「叩き」とか手を滑らかに動かす「平均運動」とか、鶏の首がピクピク動くみたいに動かす「直接運動」というような具合に分類する。そのすべてについていつ力を抜き、あるいはいつ力を入れるかというようなことを教えてくれた。その指揮上のテクニックはまったく尊いもので、一口に言えば、指揮をしながらいつでも自分の力を自分でコントロールすることが出来るということを教わったわけだ。言い方を変えれば、自分の体から力を抜くということが、いつでも可能になるということなのだ。これはちょっと考えてみると妙な理論かもしれない。しかし実際に皆さんがおやりになるとわかると思うが、力を完全に抜ききるということが、どのくらい難しいことか、それはインドのヨガや、いろいろな健康法でも、時々このごろ言われてきていることだ。力を抜くということ,自分の筋肉の力を抜ききる状態を作ることが、指揮の一つのテクニックだと僕は思っている。それと同じようなことをシャルル・ミンシュも言っていたし、カラヤンもベルリンで僕に教えてくれた時に言っていた.。(小澤征爾著〜ぼくの音楽武者修行(新潮社文庫)P.58より引用)

シャルル・ミュンシュのレッスンに触れて

ここをああしろとか、あそこをこうしろなどということは全然言わない。ボストンの音楽祭の時には、オーケストラを使ったレッスンを少し受けたが、その時でも彼が注意した言葉といえば、「スープル」「スープル」といったくらいだ。スープルとはフランス語で、浮き上るとか、フワフワするという意味だ。要するに指揮をする時に体や手に力を入れてはいけない。手などフワフワさせていればいいのだということらしい。心でしっかり音楽さえ感じていれば、手は自然に動くものだということである。
ぼくがドビュッシーの「海」を指揮した時に、彼はわざわざ遠い自分の宿から音楽会場へ来てくれた。そして会が終わった後でも、「力を抜け、力を抜け、頭の力も体の力もみんな抜け・・・・」と同じようなことを言った。(小澤征爾著〜ぼくの音楽武者修行(新潮社文庫)P.122〜123より引用)

脱力とは関係有りませんがこちらも大変参考になりましたので引用させて頂きます。

カラヤンのレッスンについて

レッスンとなると、カラヤンは指揮台の真下の椅子に腰掛けて、ぼくらが指揮しているのを、じろっとにらむようにして見ている。ぼくは睨まれると、カラヤンの音楽そのものを強要されるような気がした。
しかし一方、カラヤンは教えることに非常に才能が有った。睨みはするがけっして押し付けがましいことは言わず、手の動かし方から始まってスコアの読み方、音楽の作り方という順序で、ぼくらに説得するように教えた。そして僕らの指揮振りを見た後では具体的な欠点だけを指摘した。また演奏を盛り上がらせる場合には、演奏家の立場よりむしろ、耳で聞いているお客さんの心理状態になれと言った。方法としては少しずつ理性的に盛り上げていき、最後の土壇場へ行ったら全精神と肉体をぶつけろ、そうすればお客も、オーケストラの人たちも、自分自身も満足するといった。
またシベリウスやブルックナーのように、今まで余り日本人には縁の無い作曲家のものと取り組む時にはその作曲家の伝記を読むのがいい。なお、暇と金が有れば、その人の生まれた国、育った町をぶらつくのがいい。そうして音楽以前のものに直接触れて来いと説いた。(同 P.145より引用)

最後に脱力について思うこと(管理人自身の意見)


脱力についてギターの演奏にどう生かしたらよいのかまだ理解しにくいという方も多いと思うので少し具体的に説明すると・・・左手を弦を押さえるフォームにして力んだ状態とリラックスした状態をギターを持たずに再現してみると力んだ状態の方が手の内側に指先が向かう力を強く感じます。(写真参照) そもそも力が入っていることを実感していない初心者には脱力した状態というのがなかなかイメージ出来ないと思うので楽器を持たずにリラックスした状態を作ってその感覚を体で覚えるのが良いと思います。次に実際に楽器を持って左指で弦を押さえてみて徐々に力を抜いて一番力をいれずに音がびりつかない状態が一つの目安と考えたらいいでしょう。
蛇足ですがセーハが得意な人と苦手な人を比べた時に別に統計を取った訳でもきちんと調べた訳でもないのですが左手人差し指の太さ、幅がセーハのし易さと関連している気がします。僕の指は長くはありませんが結構太目なのでセーハした時にどの弦(1〜6弦)も比較的ムラ無く押さえることが出来、ギターを始めた当初からセーハで苦労した記憶がありません。指の細い女性を見ていると単に力が非力なだけでなく弦を捕まえる指の腹の部分の面積が小さい為、十分押さえ切れずに弦がびりついてしまうのではないかと想像してしまうのですが・・身体的なハンディはいかんともしがたいですが小さめの楽器を使うことで弾きやすさは随分違ってきますので試されたら良いと思います。
脱線ついでに・・楽器選びで意外に無頓着な気がするのは楽器の大きさです。弾きやすさや値段は当然ですが音色や楽器の外観(ロゼッタやヘッドのデザイン・塗装の仕上がり等)、材質を選択肢の第一に選ぶ方は多いと思うのですが、楽器の大きさ、ネックの幅や厚みには意外に無頓着な方が多い気がします。楽器の大きさに注意を払って選ぶことはとても重要だと思うのです。プロであれば製作者に自分の手にあわせてネックを削ってもらう方もおられると思いますが大多数のアマチュアの場合は手にあった楽器を探すケースが殆どでしょう。長時間弾いてみればその楽器が弾きやすいかどうかは有る程度判断出来ますが、同時に沢山の楽器を弾き比べることはなかなか出来ないので楽器の物理的なサイズを計測しておくのは結構意味があると思います。実際購入する場合、楽器店で例えば5本試奏してみてその中から選ぶというパターンが殆どだからです。仮に沢山の楽器店を回って色々なギターを触ってみても別の楽器店で弾いた感覚、記憶というのは極めて曖昧なものです。楽器店の試奏する場所の環境(音響)によっても印象は随分変わってきます。勘頼みではなく自分が弾きやすいサイズのデータを持っていれば楽器選びで失敗する確率は減ってくると思うのです。車を購入するのに車庫のサイズに合わせて車幅や長さを選択基準に入れるのと一緒です。

さて話を脱力に戻します。脱力のことを弾き終えたら力を抜くことだという意見をあるHPで読んだことがありますがそれは僕の感覚とは違っています。脱力とはあくまで弾く前の事前準備が基本で弾く前にいかにリラックスした状態にしておくかが大切だと思うのです。リラックスすることで左右の指先の力を一番効率よく弦に伝えることが出来ます。そして音を出した後は、自然に力がリリースしていく・・それが理想だと思っています。ゴルフのスイングにたとえれば、バックスイングに入る前にワッグルで上半身の力みをなくしバックスイング(徐々に力をためる)→ダウンスイング→ボールをヒット(瞬間的に力をいれる、爆発)→フィニッシュ(力が抜ける)という流れをイメージすると解りやすいと思います。曲を弾く場合、一音だけ弾くということはまずありませんから現実には演奏中は常に脱力を意識していることが大切になってくる訳です。完全に脱力したら弾けないというのも脱力の本質を理解していない発言で実際に音を出す瞬間はゴルフスイングと一緒で力は入っている訳です。その前後の状態を力がリリースしている状態に保つことに意味があるのです。またギターのように左手で音を作らなければいけない楽器の場合、左手が力んでしまうと押弦時の力が過度にかかり弦の張力が上がって音程が高くなってしまうという大きな問題があります。脱力は音には無関係という意見もその点で間違っています。また右手のタッチも脱力した状態でセットアップされているのと力んだ状態とでは打弦時の弦に対する力の伝わり方や弦から指先が離れる時に発生するノイズの量も違ってくるというのが僕の実感です。(力みがあると指先の敏捷性にもマイナスに働きます。ぬけの良し悪しとでもいうのか・・上手く言葉に表せませんが)脱力を意識することは出てくる音そのものにも大きく影響してくると思うのです。