美女のち美男、ときどき美少女。
〜Beauty, Handsome and Pretty girl〜
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 第21章 ベルの決断
 
   − パラティヌス王国 ケレオレス遺跡 −
 
 ……少し離れた木の陰から顔を出したのは、カチュア顔のベルゼビュートだ。
 軽くため息を吐きながらつぶやいた。
 「アル様…… 遂に、遂に、見つけましたわ……」
 やっとの思いで、ついに、恋焦がれたアルビレオの元へ、たどり着いたベルゼビュート。
 しかし、彼女は去りゆくアルビレオの背中を、ただ黙って見送ろうとしていた。
 
 「追いかけてきたけど、でも私、アル様の何の力にもなれそうにないわ…」
 アルビレオの姿は、小さく小さくなって、消えてしまった。
 ベルゼビュートの頬に、ツーっと、ひとすじの涙が流れていった。
 
 「追いかけんのか?」
 「えっ…」
 不意にかけられた声に驚き、あわてて振り向くと、そこには見覚えのある、あの老人が
 立っていた。
 「用務員の、おじいさん… じゃなくて、ドゥルーダ様!?」
 
 「うむ、どうじゃったな、アスモデは元気にしておったか?」
 久々の再会に対する感慨などないかのように、ドゥルーダと呼ばれた老人は
 話し始めた。
 「……はい、間もなく…… 間もなく、復活されると思います。」
 「そうか、そうか、また騒がしくなりそうじゃのぉ」
 スリスリとあごひげを撫ぜながら、老人は目を細めた。
 
 「……私、嫌なものをいっぱい見ました。 …嫌なことをいっぱいしました。」
 ベルゼビュートは、何かを思い出すかのように、しっかりと言葉をつないだ。
 「でも、そのうち、なんとも感じなくなってしまって… 暗黒道ってこういうことなんだ……
  後悔しました… ドゥルーダ様のことを恨んだこともありました…… でも…」
 ベルゼビュートは、遥か高くの空を見るように、顔をあげた。
 
 「でも……?」
 「……でも、今はそれも良かったなと思えます。」
 「再び、あの男に会えたからかの?」
 「ええ、……それに、失くしていた友情というものも、少し取り戻せたような気が
  しますから。」
 
 「お主がアスモデの所に行っておる間、世はすさまじい大乱に巻き込まれておった。
  あのオウガバトルの再来かと、誰もが恐怖するぐらいのな。」
 「………」
 「何の罪もない人々の命が、悪戯に奪われていきおったわ。
  お宝をくすねようとする盗賊どもの命を奪うのと、どっちが暗黒道だったのかのぉ……」
 「……ドゥルーダ様………」
 
 その時、ベルゼビュートは、お尻を撫ぜられるのを感じた。
 「きゃっ!!」
 「おおう、おおう、やっぱり若い子のぴちぴちしたお尻の弾力はええのぉ〜」
 スカートの後ろを押さえて隠したままのベルゼビュートに、老人は構わず言葉をかけた。
 
 「ほっほっほ、まだまだ気持ちは、乙女そのものじゃのぉ〜」
 「…ドゥルーダ様っ! 何するんですかっ!?」
 「いやいや、その気持ち、その気持ちが大事じゃ。
  ……お主はまだまだ若い、あきらめるのは早いわ!」
 
 「で、でも… アル様のあの姿は、ヴァレリアの国王のものです。
  それに、どうやら、その国王として、やっていくことを決められたみたいでした……
  そして、私のこの姿は、国王の死んだはずの姉のもの。
  そばにいられるはずもありません……」
 そこまで、一気に言うと、ベルゼビュートはうつむいてしまった。
 
 「ほっほっほ、そんなことを気にしとるのか。
  都には腕利きのスタイリストがいくらでもおる。イメチェンすればいいんじゃ。
  お主が、女王だと名乗らなければ、何ほどのこともない。」
 老人の言葉に、一瞬、ベルゼビュートの目は希望を得たように輝きそうだったが、
 やはり、また沈んでしまった。
 
 「それでも、やっぱりダメです。 私、何の取り得もないですから……
  今さら、私程度の魔法の力なんて、あの人は必要とはしないでしょう……」
 老人は、そんなベルゼビュートを、大切な孫娘でも見るかのように優しく見ていた。
 
 「お主は1つ大きな思い違いをしておる。」
 「……思い …違い?」
 「恋に理由などないのじゃ。 必要とか、必要ないとか、力だけで判断してはいかん。
  ……じゃが、きっかけにはなるがの。」
 そう言うと、老人は懐から一枚の紙を取り出した。
 
 ベルゼビュートは、差し出されるままに、その紙を受け取った。
 「ほっほっほ、紹介状ではないから、安心せい。」
 ベルゼビュートの不安を察してか、老人は先手を打った。
 紙には、こう書かれてあった。
 
 −ドゥルーダ各種専門学校・ゼノビア分校 新年開講講座・生徒募集!−
 
 「……あれ? 各種…って?」
 「ほっほっほ、大乱で人口がえらく減ってしまったもんでのぉ 魔法だけでは経営が
  立ちゆかんことになったらしいわ。 …そんなことより、その下のとこ、丸つけて
  あるところじゃ。」
 ベルゼビュートは、丸をつけられたところを見てみる。
 
 −秘書・クラス開講−
 
 「……秘書? 何ですか、それ?」
 「忙しい国王を助けるのには、うってつけのクラスじゃよ。その右も見てみなさい。」
 
 −講師:ババロア−
 
 「……ババロア!? あの、あのババロアですか!?」
 「そうじゃ、お主の友達じゃよ。」
 「……でも、あれから150年は経ってるはずなのに…?」
 「ババロアに姉がおったじゃろ。」
 ベルゼビュートは、はるか昔の記憶をたどってみた。
 「え〜っと、 …そ、そうだ、高等科の…タ、タルト先輩?」
 「うむ、あやつは卒業後、天空の島々に行ってきおっての。
  そこで永遠の命とはいかんが、長寿の秘術を学んできたんで、
  妹2人も、そのおこぼれをいただいた…というわけじゃ。」
 「妹2人…?」
 「おお、そうじゃ、お主が卒業した頃には、末の妹は、生まれてもいなかったがの。」
 「……そうなんだぁ。」
 ババロアがまだ生きている。そう聞いただけでまた、ベルゼビュートの頬に涙が伝う。
 
 「まあ、見た目はヨボヨボじゃよ。しかし、元気なのは元気でのお、
  若い男追いかけては、やれ、お尻を触ってくれだの言っておるわ。」
 
 「ババロアは私と同じセイレーン・クラスでしたけど……?」
 「卒業後、ホーライ王国の大神官付きになっての。
  明るい性格じゃったから、国王にも気に入られて重用されておったのじゃ。
  その時の経験を生かして… 秘書っちゅうことなんじゃが、大丈夫なんかどうか。
  まあ、お主もあまり期待はせずに、行ってみることじゃ。」
 
 「……でも、ババロアは、私を…… 私を受け入れてくれるでしょうか?」
 ベルゼビュートの心配も無理がない。
 中等科卒業間近のあの日、暗黒道のことを口に出した友を、果たして許してくれる
 のだろうか…
 
 「あれから3年間、つまりババロアが高等科を卒業するまでの間、
  お主の部屋は、お主が旅立ったときのまま、ずっと残されておったのじゃ。」
 「えっ?」
 「進路を明言せずに行方不明になったんじゃから、片付けられても仕方がない
  ところじゃが、先生たちがどんなに言おうが、ババロアは、『ベルは絶対帰ってくる』と
  言ってのぉ、結局、3年間守り続けおったわ。」
 「……!」
 150年失われていた思いが、またよみがえってくる…
 ベルゼビュートの頬を伝わる涙は、後から後から、とめどなくあふれていた。
 
 「授業料は、払っておいたからの。 な〜に、出世払いで構わんから。ほっほっほ。」
 ベルゼビュートが涙をぬぐった時にはもう、老人の姿はどこにも見えなかった。
 
 「……ドゥルーダ様、 …ドゥルーダ様〜!! ありがとう、ありがとうございます!
  必ず、必ず、授業料、返しにいきますねっ────────!!」
 
 
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