第20章 大賢者、捕獲 − パラティヌス王国 ケレオレス遺跡 − ex. 〔野望〕 >「待っていろ、ロシュ……ル…… 今、行くぞ……」 >身体にようやく馴染んできたのか、幾分若くなった声でつぶやくと、 >ケリコフの道程をなぞるかのように、赤子は西に向かって進み出した。 >その顔に浮かぶ笑みは、どんな天使の微笑みよりも美しく鮮やかに輝き、 >どんな魔神の邪笑よりも残忍な狂気に歪んでいた。 「見〜つけた! 今よっ!」 女の声が聞こえたきたかと思うや否や、生まれ変わったラシュディの目の前は、 真っ白になった。 自由に空をも飛べるはずの身体が、何かに包まれて身動きが取れない。 (な、何だ…!? いったい何が起こった!?) 「やりましたー! デネブ様っ! 捕まえましたぞっ!」 「いや〜ん、お手柄よぉ、かげいぇ〜ん♪」 「……いや、その、何度も言うようですが、拙者の名前はミツイエでござる。」 「まあまあ、そんなことは、どっちでもいいから。」 「どっちでも、いいって……」 ラシュディには状況が理解できなかったが、不吉な名前が聴こえたような気がした。 (……デ、デネブだと!?) 「はぁ〜い、ラシュじい、おひさし〜♪ と言っても、今は赤ん坊の姿ね。 ラシュちゃん、元気でちゅかぁ〜 ばぶばぶぅ って感じかしら?」 「………嫌な予感がしたが、…デネブか。」 「あら、赤ちゃんらしくない、おじさんの声じゃないの。 可愛くないの。」 「……余計なお世話だ。 …それより、いったい何のつもりだ、これは?」 「うふふ、どう? 気に入った? ワタシの作った特製虫取り網よ♪」 「ふざけた真似を… こんなもの、ワシの魔法でこうしてくれるっ!!」 ビビビビっ〜!! 赤子の手から、まばゆい稲妻が数条、ほとばしったが、それだけだった。 虫取り網には、穴ひとつ空いていない。 「や〜ね〜、あんたの魔法のこと、考えてないわけないでしょ。 この虫取り網はね、ヴァレリアで稼いだ有り金を、ぜ〜んぶ注いで買い占めた、 ワールドのタロットを何枚もほぐして、編み上げたんだから♪ どんな魔法だって、 効かないわよ。」 「……ば、馬鹿な!! 魔界の力を得、天使の血と開闢王の血を引く、このワシの、 このワシの魔法が効かないと言うのかっ!?」 ラシュディはそう叫ぶと、何度も魔法を放ってみたが、デネブの言葉通り、 虫取り網には、やはり穴一つ開きはしなかった。 「さ・て・と…… ガラスのカボチャのこと、ジックリと説明してもらうわよ♪」 そう言うデネブの顔は、スッカリ小悪魔の表情になっていた。 「ま、待て、こんなところで、こんな時間の無駄を食うわけには・・・」 赤子らしさなど、スッカリなくなった初老の男の声は、必死に抗議した。 「あら、サルじいやんなら心配しなくてもいいわよ。 結構、気長に待ってたんだから、今さらちょっとぐらい遅れてもねぇ。」 なおも、抗議を続けるラシュディだったが、デネブは聞く耳を持たず、 虫取り網を持った武士と共に、街道の向こうへと歩き始めた。 「おい、やめろ、放せっ! お前、どんな大それたことをしているのか、分かって… い、いや、デネブさま、どうかこの哀れなジジイを助けてやっておくんなまし…」 「で、デネブ様、コイツ気持ち悪いんで、斬ってもいいですか??」 「峰打ちで勘弁してあげてね♪」 ……少し離れた木の陰から顔を出したのは、デニム顔のアルビレオだ。 軽くため息を吐きながら呟いた。 「あ〜あ、やっぱりあの女が、計画成功のカギを握っていたか…… ラシュディ様、お力になれず、申し訳ない…… ゴブ運を祈ってます。」 アルビレオは、もはやこの計画には関係ないとでもいうように、振り向いた。 「それにしても、国王ってのはシンドイものだ… 国を抜け出すのにも大義名分がいるんだもんなぁ… カノープスとミルディンが、いつかゼノビアに来いって言ってたから、それを口実に 『ランスロットさんの守ったゼノビアを見に行く』…なんて言ってきたけど、どうしようか?」 そんなことをボヤきながら、歩き出そうとしたアルビレオは、あるものに目が止まった。 地面に広がった見覚えのある薄暗い紫色のフードと、その下から覗く、蛇の身体の ようなものに。 転がっている死体、それは魔物のようにしか見えなかったが、どうやらあのゼーダの ようであった。 「こんなとこで死んじゃって。デムンザ様に怒られるぞ。 ……おや?」 アルビレオは、その魔物の腹に刺さっている短剣に気付いた。 これもやはり、見覚えのある短剣だった。 「あ〜あ、やっぱりイジメテたんだな。 …因果応報ってことか。言わないこっちゃない。」 その言葉が聴こえたのか、ゼーダの腹に刺さっていた剣は、ブルブルと小刻みに 震えると、ポトリと地面に落ちた。 そして、なおも小刻みに動き続けている。 「コイツもまた、腐れ縁か……?」 そうつぶやきながら、アルビレオは短剣を拾い上げた。 その剣が喜んでいるかのように光輝く。 剣を見つめるアルビレオの表情には、淡い微笑みが浮かんできた。 「ま、国王になったのも、何かの縁だし、タマには楽しんでみるか……」 アルビレオは、デネブが行ったのとは反対方向に歩き始めた。 その無邪気な表情は、どこかあの魔女に似てなくもなかった。 そして、スナップ剣(ただしベースは人形)を手にしたことで、ほんとちょっと基本能力が アップしていた。 ≪ Next Chapter ≫ |