美女のち美男、ときどき美少女。
〜Beauty, Handsome and Pretty girl〜
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 第16章 カチュアの記憶奪回・ショック療法作戦
 
   − 新生ヴァレリア王国 首都ハイム/城下町の教会 −   ex. 〔再会〕
 
 教会に行く途中で、デネブがなぜか、デニムを客席から追い出した。
 デニムの方も、この魔女のきまぐれさや強引さが分かり始めていたので、
 渋々ながら、御者席に移ることになった。
 それに、姉カチュアの記憶にわずかに残っているのは、このデネブのことだけの
 ようだった。
 もしかしたら、何かのきっかけで記憶が戻ることがあるかもしれない。
 
 結果、2頭立ての馬車の御者席に影とデニム。
 完全に屋根で覆われた客車の中に、デネブとカチュア顔をしたベルゼビュートという
 形になった。
 馬車の車輪が刻む音は大きかったが、それでもベルゼビュートはヒソヒソと話を
 切り出した。
 「ちょっと、あんた、いったい何のつもりよ? こんどは何を企んでいるのよ?」
 
 ベルゼビュートにしたら、この状況で二人きりになりたがるなんて、
 またデネブが自分を陥れるようなことを考えているに違いない…としか思えない。
 
 「ベルちゃん、実はちょっと、いい案が浮かんだんだー」
 しかし、デネブの方は、ベルゼビュートの突っかかるような態度も気にせず、
 得意満面の顔で話を始めた。
 ……少なくとも、とっても仲のいいお友達と、デネブの方は思っているようだ。
 
 「いい? これから行く教会で、あんたは逃げ出すのよ。」
 「……ん??」
 意外な言葉にベルゼビュートは驚いた。
 確かにこの場から逃げたいと思っているのだが、なぜデネブがそんなことを
 言い出すのか?
 
 「あんたも薄々感付いたと思うけど、その身体の女… カチュアは、この国の女王様。
  このままじゃ、身動き取れなくなっちゃうわよ。」
 「…………………」
 もちろん、それは思っていたことである。
 
 「このままじゃ、あんた、愛しのアル様に会えなくなっちゃうわよ。」
 「…えっ!?」
 ベルゼビュートは今度こそ、本当に驚いた。
 (…ど、どういうことなのよ?)
 
 「ちょ、ちょっと待って、デネブ。 アル様は、あなたの恋人じゃ…」
 「いやー、もう冗談はやめてちょうだい! 誰が、あんな魔法バカのトンチキチン…
  っとっとっと、ベルちゃんの前で、そんな悪口言っちゃあ、ダメよね。」
 「……で、でも、あんた、宮殿の戦いのとき、あんなにしっかり、アル様に抱かれて……」
 「ん? そんなことあったっけ? ……ああ、あれは、あの馬鹿ペイトンに押されたから、
  たまたま、たまたまそうなっただけよ。」
 「え? そうなの…? でも、でも、学校に居たときも、いつも一緒だったじゃない!?」
 「あれは魔法研究の助手として重宝してただけよ。
  まあ、あんな変わったヤツだけど、知識だけはワタシに匹敵してたからね。」
 「…………………」
 
 ベルゼビュートの頭は混乱していた。
 てっきり、アル様とデネブは相思相愛の仲だと思っていたのに。
 (……な、なんか私、勘違いしてた…?? そ、そうだ!)
 「……じゃ、じゃあ聞くけどさぁ アル様がいつも肌身離さず持っていた、あの人形は何?
  アル様、確かにあんたにもらったって言ってたわよ。」
 「あの人形ね、アレこそ、あいつが魔法バカっていう証明よ。
  あんたが熱出したことあったでしょ?」
 「え、ええ……」
 「どうせ、アイツのことだから、お見舞いなんて思いつくわけないだろうと思って、
  ワタシが用意してあげたのよ。なのにアイツったら、渡さずに持って帰って
  きちゃって!」
 デネブは、あの時のことを思い出したようで、プリプリと怒っている。
 
 「そんで、腹立ったから、ずっと持ってなさい!って言ったら、またあのバカ、
  律儀にず〜っと持ってるのよ。 …ベルちゃんの前だけど、やっぱり言うわ。
  アイツ、バカよ。 ただの魔法バカ。 やっぱり、やめとかない?」
 
 「え? ……そうねぇ……」
 ベルゼビュートにも、ようやく二人の関係が飲み込めた。
 (なんだ、私が勝手に思い込んでいただけなんだ…… そうなんだ……)
 150年、張り詰めていた気持ちが、フッとほぐれたような感じがした。
 不意に涙があふれてきて、頬を伝い落ちた。
 「……あれ?」
 あわてて、涙をぬぐう。
 
 デネブが心配そうに覗き込む。
 「いやぁ〜ん、ゴメン。アイツがバカだって分かって、泣けてきちゃったのね。」
 「ううん、違うの、ゴメンなさい…… 私、私…… アル様、追いかけてもいいのよね…」
 「……やっぱり追いかけるんだ。 そう、分かったわ。」
 
 デネブは、ベルゼビュートのそばに寄ると、耳元でゴニョゴニョと何かを話し始めた。
 
 
 
 >「……ごめんね ……でも、もう少しだけ、今はこの曲を聞かせてください……」
 >その言葉が届いたのか、ランスロットの呻きが小さくなっていく。
 >クレアの涙は止まることはなかった。
 
 先ほどまでデニムがいた部屋の、開けられたままの窓の外は、雪が舞い始めていた。
 その部屋の扉の前には、一人の美女が立っていた。
 この寒いのに、色っぽいふとももを、ちらつかせているのは……デネブだ。
 
 「あ〜あ、ランスにそんなエピソードがあったなんてねぇ…
  そんな話、聞いちゃうと、さすがのワタシも困っちゃうわ。
  ラシュじいの居場所も分かったし、あとはオルゴールだけだったんだけどね〜
  今回だけは見逃してあげるかぁ〜」
 
 さすがのデネブも、ランスロットとクレアの思わぬ感動話に、ちょっとホロっとして
 しまったのだ。
 嘘ではなく、本当に。
 短い間とはいえ、共に戦場で戦った仲間という思いもあるのだろうか。
 
 
 >(姉さん……)
 >あれは絶叫だったのだろうか…
 >おそらく二度と再び、あのような叫びを聞くことはないだろう。
 >いや、あのような叫びは聞いてはいけないものなのだ。
 
 「それにしても、ベルちゃんったら、ほんと、芝居ヘタなんだから。」
 デネブは、作戦通り、ベルゼビュートが逃げ出したことに満足していた。
 
 「ま、永い人生、きっとどこかで会えるわよね〜 がんばってー ベルちゃん♪」
 そうつぶやき、さっさとラシュディの居場所へ向かおうとしたデネブだったが、
 ちょっと思い直したように、立ち止まった。
 聖騎士のいる部屋の扉の方を振り向くと、小さな声で一言つぶやいた。
 
 「え〜っと、また来るわ。 待っててね♪」
 
 
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