美女のち美男、ときどき美少女。
〜Beauty, Handsome and Pretty girl〜
.
 第13章 竜言語魔法
 
   − パラティヌス王国 バーサ神殿 −
 
 ……シュビビビ〜ン
 「はあ、はあ、危ないところだった…」
 「おお、アルビレオ様、お帰りなさい。 …どうか、なされましたか?」
 不意に現れるのは、いつものことなので、それほど驚くことではないのだが、
 この男が、これほどまでにやつれた表情を見せているのは初めてだった。
 ゼーダは、そのことに驚いていた。
 
 しかし、アルビレオはすぐに冷静さを取り戻すと切り出した。
 「いや、何、ちょっと、たちの悪い女に捕まってしまってね。」
 「………ま、まさか、あのデネブとかいう女で?」
 「うん、そのまさかさ。 アイツとはなかなか縁が切れなくてね。
  …さすがに今回は、死ぬような目に会いそうだったよ。」
 
 「これは、これは、ご冗談を… いったい今まで何度、転生されたのやら。
  …また、新たな肉体の方も、ちゃんと用意しておりますぞ。」
 
 アルビレオは、そのゼーダの言葉の一部分が妙にひっかかった。
 (ん?……何度? ………あ、そうか…)
 アルビレオは、何かを思い出したように、軽くポンと手を叩いた。
 
 「…それはそうと、あの人形は大事にしていたかな?」
 ゼーダは一瞬、びくッとした表情を見せたが、作り笑いを浮かべると、
 「それは、もちろんでございます。あなた様から頂いたものですから。」
 「ハハハ…… まあ、本当のことは言わなくても分かるさ。」
 「…いや、その……」
 ゼーダは何もかも見透かされているような気がして、少しバツが悪かった。
 
 「どうだい? いっそ厄介払いをしてみようか?」
 そう言うアルビレオは、もういつもの捉えどころのない男へ戻っていた。
 「厄介払い…と申しますと?」
 そこに、ヒョコヒョコとあの人形が近づいてきた。
 なんとも意地の悪そうな微笑を浮かべているのが不気味だ。
 
 「ちょっと、おいで。お土産をあげよう。」
 アルビレオが声をかけると、人形はパタパタと、すぐにやってきた。
 そしてアルビレオは、一枚の呪文書を人形に渡すとこう告げた。
 「とっても、素敵な魔法さ。 …さあ、唱えてごらん。」
 
 魔法が使えるとは確かに聞いていたが、ゼーダ自身、魔法を使うことがないので、
 呪文書など持っておらず、この人形が本当に使うところは見たことがなかった。
 人形は、じっと呪文書を見ていたが、ニタっと笑うと、呪文を唱えだした。
 「古ノ忌マワシキ呪イヲ持チイテ我ガ主ノタメ、コノ身ト魂ヲ捧ゲヨウ……
  すなっぷどらごん。」
 人形が呪文を唱え終わると同時に、まばゆい光があふれ出した。
 光が苦手なゼーダは、思わず後ずさっていた。
 
 しばらくすると、光の輝きはやがておさまった。
 (一体何が起きたのか? 洞窟が崩れたわけではないので、攻撃魔法では
  ないようだが)
 ゼーダがそう思いながら、人形を探してみたが、人形の姿はどこにもなかった。
 代わりに、その場に落ちていたのは、小ぶりな短刀が一本。
 不審そうにその剣を見つめるゼーダに、アルビレオは言った。
 「あの人形だよ。」
 「ま、まさか!? ……魔法を使った者が、剣に変わるというのですか?」
 「その、まさかさ。古文書に書いていた通りだね。
  ……人形の姿よりは、そっちの方が、捨てやすそうだろ?」
 
 剣を拾い上げたアルビレオは、それをゼーダに差し出した。
 「…気味が悪いという点では、あまり変わらないような……」
 ゼーダは、そうつぶやきながら、差し出された剣を手に取った。
 「捨てるのが嫌なら、誰かにあげればいいさ。」
 「…えっ!? これは預かっていただけでは…?」
 
 アルビレオは、そんなゼーダの小さな抗議を、まったく聞くことなく、
 物思いにふけっていた。
 (……もう20回以上、転生してたよなぁ…?
  だったら、この人形、もう捨ててもいいだろ。 これで、アイツとの縁も終わりだな……)
 
 
 「そうだ、もう1つ、こちらは古文書には、効果が載ってなかった魔法があったんだ。
  どんな魔法か1つ試してみるとしようか。」
 「え? ここで……ですか?」
 ゼーダは思わず聞いていた。
 それはそうだろう、強大な攻撃魔法だったりしたらどうするのか?
 こんな狭い遺跡の中では、どんな被害が出るか分かったものじゃない。
 それでなくても、この遺跡に残るカオスゲートにどんな影響が出るものか……
 
 「古文書に記載されている竜言語魔法の中で、攻撃用と思われるものは全て
  手に入れたよ。その、どれでもないんだから、まあ大丈夫なんじゃないの。」
 己の知識と実力に余程の自身があるものか、アルビレオは大して気にした風も
 なかった。
 ゼーダにしたら、たまったものじゃないが、アルビレオは構わずに呪文書を見ながら
 詠唱を始めた。
 
 「ひぃ〜!!」
 ゼーダは慌てて、手近な石柱の陰に身を隠した。
 「我が命、神竜に捧げ闇に葬られし魂をここに呼び戻さん! マーティライズ!」
 アルビレオが唱えると、先ほどと同じように術者自身を眩い光が包み込んだ。
 
 ……ゼーダには、光は、先ほどよりも少し長く続いたように感じられた。
 その光の中から、かすかに声が聴こえたような気がした。
 「このアルビレオとしたことがなんてザマだ…また最初からやり直…」と。
 
 ゼーダは、恐る恐る石柱の陰を出て、その場所に近づいてみた。
 そして、その光が消えた後には、何も残されていなかった。
 アルビレオ自身もいない、代わりに残されたものさえない。
 
 「いったい、どのような魔法だったのか……?? 瞬間移動みたいなものかの?」
 (……まあ、何があったとしても、転生できる限り、どうってことはないんじゃろうが)
 そう、残念なことに、祭壇のある隣の石室には、転生用にゼーダが探してきた遺体が、
 腐らない状態に処置を施した上で3体も用意してある。
 
 不意にゼーダは背後から、声をかけられた。 …アルビレオではない別の男から。
 「もし、そこのご老人…」
 ゼーダは振り向いて驚愕した。それは死んでいるはずの男たちであった。
 「つかぬ事をお聞きするが、ここは一体、どこなんだろうか?」
 3人のうち、少し意地の悪そうな目つきの男が、ゼーダに聞いてきた。
 
 「ここは……」
 (おっと、いかん、いかん、この場所のことは秘密じゃった……
  封印が解けるまではの…)
 ゼーダは、この3人の男たちと、さきほどのアルビレオが唱えた呪文を結びつけた。
 (ははあ…… さてはあの呪文は、死者を蘇らせる呪文だったのじゃな。
  しかも、一度に何人もの命を救い出せるとは…… さすがに竜言語魔法じゃわ…)
 
 ゼーダが何も答えずにいると、今度はいかにも美少年といった感じの少年が、
 あらためてゼーダに問いかけた。
 「あの…… 僕は、トレモスに居たはずなのですが…」
 「おお! 私はアウドヴェラ高地に居たんだが…」
 先ほどの男も、少年に続けて言った。
 もう1人の男は、それらの地名に心当たりがないのか、少し首をひねっている。
 
 (まあ、生き返ったんじゃ、役には立たんしの…)
 
 「パラティヌスを巡回するザッハーク便なら、じきにほら、その扉の向こうにやって
  くるから、乗っていくがいいわ。御者のサテュロスに行き先を告げれば良い。
  なに、今回は特別に料金はタダにしておいてやるわい。」
 老婆の言うことには、理解できないことも多かったが、とりあえず2人の男は
 安堵の表情を浮かべた。
 
 残された一人、端正な顔つきの美男子は不安そうな表情で、問いかけた。
 「……ハイム行き、 ……えっと、バクラム行きの便はあるのかな?」
 「ああ、お前は確か ……ヘドン山とかいうところで、手に入れた輩じゃったの。
  ヴァレリア行きなら、あっちの階段を登った上から、ルフ便が出るから、
  それに乗れば良い。」
 「ああ、助かるよ……! 報告が遅れると、いつもキツイお説教するんだよなぁ、
  あのヒステリー女…」
 
 まだ何か聞きたそうな3人を適当にあしらうと、ゼーダは奥の間にあるカオスゲートへ
 向かうことにした。
 モタモタしてはいられない。壮大な計画は進行中なのだ。
 あとは、天荒王ユミルの真の覚醒を待つのみになってはいるが、完全に成功させる
 ためには、冥煌騎士団のヤツらにも、もう一働きしてもらわなければならない。
 
 それにしても、アルビレオはいったい、どこへ?
 (まあ、アヤツのことじゃ、死んではおるまいて。 …仮に死んでおったとしても、
  気に入った体がなければ、1ヶ月ぐらいはさまよえると言っておったしの)
 不気味な笑みをもらす老婆。
 その手に握られた剣も、それに負けず劣らず不気味な光を放っていた…
 
 
                                      ≪ Next Chapter
 

 
 
 
HOME