第12章 アルビレオ逃亡 − エクシター島 死者の宮殿/最深部 − ex. 〔血涙〕 デネブは不満だった。 目の前に広がるのは、血かと思うほどに赤い、灼熱の溶岩の海。 宮殿のこれまでの階とは、あきらかに雰囲気が違う。 ……つまり、ここが最深部っぽいのだ。 それにも関わらず、望みのモノが手に入っていない。 ガラスのカボチャは確かにあった。 しかも、ゴロゴロと。 喜び勇んで、カボチャ人間を作ったまでは良かったのだが、どれもこれも カボチャ人間を1体作るのが限度。 その後は、どう使おうとしても、ウンともスンとも言わない。 ただ、重たいだけの塊になってしまうのだ。 (もしかしたら、私と同じように美肌を手に入れようとしていた、 ベルちゃんが作り出したまがい物……!?) アルビレオは来るべき時が近づいてきたと感じていた。 驚いたことに、ガラスのカボチャはあった。 口から出まかせだったのだが、おかげでなんとか、ここまで無事でいられた。 しかし、9個目までは、まがい物だった。 デネブがなんとなく不機嫌そうなのは、ヒシヒシと分かる。 そして、どうやら、ここが最深部のようだ。 デネブの追求がアルビレオに向けられるのは必至である。 もう1つ、アルビレオを落ち着かなくさせているのは、懐に入れたあるモノだった。 そう、10個目のガラスのカボチャだ。 しかも、アルビレオの目に狂いがなければ、それだけは本物だ。 以前、ラシュディが持っていたものと、同じ輝きを放っている。 魔導士のカン、それが間違いないと告げていた。 デネブにあげてしまってもいいのだが、そのあと、コイツが何をバラすか?と考え、 念のために、隠しておいたのだ。 この宮殿に来たのは、ラシュディ様が使う究極の魔法、竜言語魔法を探すためだ。 その望みを果たすまでは、下手なことを言い出されては困る。 しかし、既に古文書に書かれていた8種類の竜言語魔法全てを手に入れた。 そろそろ、潮時のようだ。 >ニバス・オブデロードは死んだ。 >人間として ……デボルドとオリアス、2人の父親として。 ……ニバス・オブデロードは、まだ死ねなかった。 ……なぜか、頬のあたりが、痛い。 ……ペチペチといった音が聞こえる。 「こら、まだ死んじゃダメじゃないの! 正直に言いなさい! あんた、ガラスのカボチャ持ってるんじゃない!?」 ニバスに馬乗りになって、ビンタを叩き込んでいるのはデネブだった。 「ほらほら、『伝説』で培った、『ひっぱたく』を食らいなさいっ!」 「デ、デネブー!! あなた、何をしているのっ! やめてー!!」 「……コ、コワイ 俺、コノ女コワイ…!」 泣き叫ぶ兄妹など気にすることなく、デネブはさらに問い詰める。 「あれがなきゃ、永遠の美肌にたどりつけないじゃないのよー!」 ニバスの薄れゆく意識の中に、かすかにその言葉が届いた。 「………え ……いえ…ん… の……… な…ら……ば…」 そこまで言うと、今度こそ本当に、ニバスは息を引き取った。 1つの呪文書を取り出しながら。 そこには、ネクロマンシー≪取扱注意≫と書かれてあった。 「ちっがっ────────っう!!」 キッと振り向いた先には、忍び足でこの場を立ち去ろうとするアルビレオが… 「あるび〜! 待ちなさーっい!!」 走り来るデネブ、アルビレオはあわてて、懐の転移石を取り出そうとした。 (もはや、これまで!) 「また会おう、デネブ! …いや、もう2度と会わん!」 転移石を両手に抱えたアルビレオはそれを、振り下ろす。 しかし、身体は消えなかった。 「な、何? …馬鹿な! えいっ! えいっ!」 何度も振り下ろすアルビレオ、しかし一向に効果は現れなかった。 近づいてきたデネブが、冷たい声をかけた。 「ちょっと、それ、あんたが持ってるそれ何よ!?」 「えっ?」 手を止めたアルビレオが、よくよくその石を見てみると…… 「あ、これは…!」 「きゃー、あんた、それ、ガラスのカボチャじゃないのー! しかも、その輝き、間違いなく、それ本物ね? いったいどうしたのさー」 「い、いや、これはな…… お、おっほん… ほら、そこに倒れているグレムリンが、持っていたのさ、アハハ…」 デネブは喜びながらも、ジトーっとした目でアルビレオを見ながら続けた。 「ふ〜ん、そうなんだ、で、もちろん、それワタシにくれるんでしょうねっ?」 「…も、もちろんじゃないか。 ………ほら。」 デネブの手に渡ったそれは、確かにデネブにも覚えがある、あの輝きを放っていた。 「いや〜ん、これよこれ。 あ〜ん、スリスリぃ♪ 美肌も大切だけど、なんだか、これがないと落ち着かなくなっちゃってるのよねー」 ピキ〜ン! 何やら音のした方向をデネブが振り向いたが、その時にはもう、 アルビレオの姿は見えなかった。 今度こそ、転移石を使って、この場から立ち去ったのだろう。 「うふふ、まぁいいわ。これさえあれば。 さあ〜ってと。カボチャ人間いっぱい作って、美肌GETするわよ〜!!」 その気合の声は、兄妹の泣き声など、かき消さんばかりに、響き渡った… ≪ Next Chapter ≫ |