美女のち美男、ときどき美少女。
〜Beauty, Handsome and Pretty girl〜
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 第9章 可愛い人形
 
   − カストラート海 ある小さな島 −
 
 次の日から、ベルゼビュートは学校を休んだ。
 どうやら風邪をひいたらしく、スゴイ熱が出てしまったのだ。
 女子生徒の情報伝達スピードは、めちゃめちゃ早い。
 その日のうちには、ほとんど全ての女子生徒の耳に、届いていた。
 
 (ふ〜ん、そっか。 あのバカ、きっと夜中の2時と間違えたんだわ)
 デネブは、すぐにピンときた。
 (まったく、女心がわかってないわねぇ… そうだ!)
 デネブは何かを思い出して、カボチャのプリントがあるカバンをゴソゴソと探った。
 「あった、あった、こないだの実験で、できちゃった人形…)
 
 デネブは、ウォーロック・クラスの扉を開けると、大きな声で叫んだ。
 「ちょっと、あるび〜! こっち来なさい、こっちぃ!」
 
 ウォーロック・クラスはもちろん全員が男子生徒だ。
 教室の男子生徒全員の目がハート・マークになった。
 このデネブ、ベルゼビュートに負けず劣らず、男子生徒に人気抜群なのだ。
 面倒くさそうに扉の方に向かうアルビレオを追う視線は、ちょっと恐いぐらいだ。
 
 「なんだよ?」
 「何って、あんた! 昨日、セイレーン・クラスのベルちゃんと約束してたでしょ?」
 「ああ、それなら、ちゃんと行ったよ。 すっぽかされちゃったみたいだけど。」
 「バカバカ、この魔法バカ! あんた、夜中に行ったんでしょ!?」
 デネブがすごい勢いで顔を近づけて、ののしった。
 アルビレオは顔を背けながら答えた。
 「そ、そうだよ、何か問題ある?」
 「ありあり、大ありよー!! 昨日の約束はお昼だったのよ!
  ずっと待ってたベルちゃん、風邪ひいちゃったんだってさ。」
 「え? え? そうなの? …なんでお昼なのさ?」
 
 「はぁ〜 もういいわ。 はい、これっ!」
 デネブは背中に隠していた人形を、バシっとアルビレオに投げつけた。
 人形の顔が、ニマ〜っと笑った。
 (うわ、何これ、気味悪いなぁ…)
 
 「ね、にっこり笑って可愛いでしょ?」
 「え? ああ、そ、そうだね…」 (…どこが?)
 「それ持って、ベルちゃんの部屋、行ってきなさい!」
 「ん? ん? なんで??」
 「いいから早く行ってきなー!!」
 そう言うと、デネブはアルビレオの背中を蹴り飛ばした。
 「痛い、痛いよ〜!」
 アルビレオは何が何だか分からないまま、廊下を走り出した。
 デネブの声が追っかける。
 「ベルちゃんの部屋は、コカトリス寮の3階よー!
  それと、その人形、間違っても捨てちゃダメだからねぇー!!」
 
 
 デネブに言われるままに、コカトリス寮の3階にやってきたアルビレオ。
 この学校は全寮制をとっている。
 全ての者が、親元を離れて一人で暮らしているのだ。
 
 (……えっと、ベルちゃんって言ってたよな。 ベル、ベル…と)
 扉にはネーム・プレートがかけられている。
 アルビレオは、ベルゼビュートと書かれたプレートのある扉をノックしてみた。
 コン、コン。
 
 (……おかしいなぁ、居ないのかな…)
 もう一度、ノックしてみる。
 コン、コン。
 
 「……はぁ……いぃ…… だれぇ…? ばば…ろぁ? カギ… 開いてる…わよぉ…」
 老婆のような声が返ってきた。
 アルビレオは、部屋の中に入ることにした。
 ベッドの上のシーツが、こんもりと膨らんでいる。
 「…かぁ……ぜ、 …うつ…る……わよぉ」
 
 「ああ、おっほん、え〜っと、アルビレオという者なんだが。」
 アルビレオが名乗り終わると、いきなりシーツがバッと引き下ろされた。
 「……ア ……ア、アル様…!? ど、どぅぼして… ケホッ、ケホッ」
 パジャマ姿のベルゼビュートは、赤くなりながら、あわててシーツをかぶり直した。
 
 「いや、その、昨日はゴメン。 てっきり夜中の2時だと思ってたんだよ。」
 とんでもない話だったのだが、ベルゼビュートにはどっちでもいいことだった。
 (…う、嘘みたい。 アル様が、アル様が私の部屋に…!?)
 シーツを目の下まで、少しずらしてみる。
 (や、やっぱり、アル様だ……) ポッ。
 (もしかして、お見舞い? 私のことを心配して…??
  ああ〜夢のようだわ、私このまま死んでしまってもいいかも……)
 
 風邪で、しんどいことなど、忘れたかのように、夢心地になったベルゼビュートだったが、
 ふと、何か違和感を感じた。
 アル様の肩の上に何かが乗っている。……人形のようだ。
 ニマ〜ッと笑った。
 (か、可愛い〜♪ もしかして、それ、私に……?)
 
 ベルゼビュートの視線に気付いたアルビレオは、人形を肩に乗せていたのを
 思い出した。
 「ああ、これ? これ、さっきデネブにもらったんだよ。」
 (…デ、デネブ!? また、あの人…)
 「なんか、絶対に捨てるなとか言ってたよ… 困ったなぁ、キミいらないかい?」
 
 ベルゼビュートは、枕を投げつけた。
 「……い、ケホッ、らないわ…! で、出ていって… ケホッ お…願い…!」
 激しく咳き込みながら、ベルゼビュートはシーツの中に隠れてしまった。
 (ん? どうしたんだろう?)
 アルビレオは、また何がなんだか分からないまま、部屋を後にした。
 
 
 教室に戻った途端、今度はまたデネブに怒られた。
 「なんで、人形持ったままなのよっ! もう、いいわ…!
  10回、いいえ、20回生まれ変わるまで、ずっと持ってなさーい!」
 アルビレオには、やっぱり何がなんだか、分けが分からなかった。
 
 
 アルビレオはその後も、律儀に人形をかついで登校した。
 元々、超人気者だったアルビレオがそんなファッションを始めたものだから、
 女子生徒たちには、その姿さえもが、とても素敵に見えてしまった。
 男子生徒たちは、その様子を見て、俺も俺もと、人形をかつぐ者が続出。
 かくして、ドゥルーダ魔法専門学校に新しいクラスが生まれる運びになってしまった。
 ドールマスター・クラス、新学期より開講……
 
 
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