美女のち美男、ときどき美少女。
〜Beauty, Handsome and Pretty girl〜
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 第10章 魔界への旅立ち
 
   − カストラート海 ある小さな島 −
 
 ベルゼビュートの風邪は幸いにも、すぐに治った。
 ベルゼビュートの恋心に変わりはなかった。
 (あの時、どうして、アル様を追い出してしまったんだろう。
  デネブに人形をもらったと聞いて、頭に血が上ってしまったから…?)
 ベルゼビュートは今になって、後悔していた。
 
 恨むべきはデネブなのだが、元々臆病なベルゼビュートは、
 デネブに文句を言うこともできなかったし、アルビレオと話をすることもできなかった。
 また、元通り、いつものように物陰から、そっとアル様を眺めるだけに戻ってしまった。
 
 
 時は流れ、中等科を卒業する日がやってきた。
 あれから1年ちょっとの月日が流れたことになる。
 その間のアルビレオとデネブの成長には、誰もが目を見張るものがあった。
 元々、他の者より群を抜いて優れていた二人。
 
 だからこそ、デネブは自分の行う実験に、アルビレオを付き合せていた。
 唯一、対等の知識と能力を持つ、魔法研究の友として。
 しかし、ベルゼビュートにそんなことが分かるはずもない。
 あの日以後も、二人はやっぱり一緒にいることが多かった。
 (やっぱり、あの二人は……)
 ベルゼビュートがそう思っても無理はなかった。
 
 その二人は進路までも、他の者と一線を隔していた。
 普通であれば、当然進むべきはずの高等科には進まないという。
 中等科のうちに、なんと二人は転生の奥義まで習得したというのが、
 仲間たちの間で、もっぱらの噂だった。
 そんな二人にとっては、もはや高等科の授業など、受けても意味がなかったのだ。
 二人は、学校を出て、もう一般魔法世界へ出て行くのだという…
 
 (私は、私は、どうすればいいの…?)
 焦るベルゼビュートも、転生の勉強を密かにやった。
 しかし、どの文献も難しかった。分からなかった。
 アル様がいつまでも若くいられるのなら、私も年老いずにそばにいたい…
 増してや、デネブもそれができるとなれば、なおさら…
 そんな思いは、遂に叶うことがなかった。
 
 
 
 ポプラの葉が次々と舞い降りていく。
 (……第2ボタン もらい損ねちゃった…)
 涙がツーっと頬を伝った。
 「がんばったけど、ダメだったわ、私… これから、いったい何をすればいいのかしら…」
 小さなつぶやきがもれる。
 
 その時、ベルゼビュートは、お尻を撫ぜられるのを感じた。
 「きゃっ!!」
 あわてて振り向くと、そこには用務員のおじいさんが立っていた。
 「用務員の、おじいさん…」
 「おおう、おおう、やっぱり若い子のぴちぴちしたお尻の弾力はええのぉ〜」
 スカートの後ろを押さえて隠したままのベルゼビュートに、老人は思わぬ言葉を
 ぶつけた。
 「恋……じゃの。」
 「えっ…」
 
 生徒たちの間では、ちょっと呆けた老人と思われていた人だっただけに、
 その老人から、自分の心をズバリ当てられたベルゼビュートはドキリとした。
 「あの、アルビレオという若者じゃの。」
 「えっ…?」
 今度こそ驚いた。どこでそんな話を聞いたのだろうか。
 
 「アイツを見ていると、ワシの若い頃を思い出すわ…」
 「……似てたの …ですか?」
 「ああ、特にあのモテモテぶりのとこなんか、そっくりじゃて。」
 「……………………」
 
 「お前、冗談だと思うとるじゃろ?」
 「いいえ。」
 ベルゼビュートは、あわててプルプルと首を振った。
 頬の涙がきらきらと飛んでいく。
 
 「ワシは自信過剰の愚か者じゃった。 ……転生に失敗してのぉ
  その時、魔法力も全て失のうてしもうた。」
 「…?」
 何の話だろう、ベルゼビュートは小首をかしげながらも、老人の真剣な目に
 引き込まれていった。
 
 「でも、その方が良かったと思うとるわい。
  今、こうして若者たちが希望にあふれる目をしながら、ここを出て行くのを見送るのが、
  何よりも一番の楽しみなんじゃよ。」
 「あの…… あなたはいったい…?」
 
 老人はベルゼビュートの方に向き直ると問いかけた。
 「これから、どうするつもりじゃな…?」
 「………」
 それは、彼女自身、何度も問いかけた質問だった。
 出た答えは… そう、『あきらめる』だった。
 
 「まさか、あきらめるんじゃなかろうの?」
 老人はズバリ、ベルゼビュートの心情を言い当てた。
 「……ええ。 私の力じゃとても、あの人にはついていけませんし、
  連れて行って欲しいなんて言える間柄でもありませんから。」
 
 ハラハラと舞い落ちるポプラの葉を見上げながら、目を細めるベルゼビュート。
 「いつまでも若さを保てるあの人の前で、老いていく私を見られるのも辛いから…」
 「ほほほ…… 恋に年なんて関係ないのじゃぞ。」
 老人の慰めが、今日ばかりは、やけに心に沁みる。
 
 「1つだけ、道がないわけじゃないんです。」
 「ほお、それはなんじゃね。」
 「……暗黒道。 その中には、いつまでも老いることのない秘儀もあるって書いてました。
  ただし…」
 「ただし…?」
 「その身も魂も、暗黒神にささげなければならない。」
 「よく、知っておるの。」
 老人は、よくぞそこまで勉強したというように、微笑んでみせた。
 
 「私、恐かった…… 友達にも相談してみたの。一緒に行ってくれないかって。
  ……でも断られちゃった。当然よね。
  …ババロアは、長生きはしたいけど、別にいつまでも若くなくたっていいって……」
 「そうじゃの、それも生き方じゃ。」
 「ええ、おじいさんと話していると、それもいいのかな…って思えてきました。」
 
 「……彼女には、その後、会ったのかの?」
 「いいえ…… 暗黒道に行きたいなんて…… そんな友達いらないでしょうから……
  えへ」
 また新たな涙が、ひとすじ流れ落ちた。
 
 老人は、ポプラの葉が舞う中、涙を流す少女の横顔を、じっと見ていた。
 そして、何かを決意したかのように、しっかりとした声で、少女に語りかけた。
 「…だが、もう1つの道も道じゃ。」
 「えっ…?」
 「時間だけは、たくさん得られるじゃろうて。」
 
 そう言うと、老人は一通の封書を、ベルゼビュートに差し出した。
 「紹介状、書いておいたからの。 気が向いたらヴァレリア島へ行きなされ。」
 そう言うと、老人はトボトボと、歩き始めた。
 「あ、おじいさん……」
 
 (紹介状?)
 ベルゼビュートは、渡された封書に目を落とした。
 (……えっ!? 宛名は… 宛名は… アスモデ神!?)
 あわてて封書を裏返してみるベルゼビュート。
 (ま、まさか……!)
 
 老人の姿を探すベルゼビュート。
 「おじいさん! ……いえ、ドゥルーダ様! ドゥルーダ様─────!!」
 しかし、ポプラの葉の雨に、かき消されたかのように、老人の姿はどこにも見えなく
 なっていた。
 
 
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