美女のち美男、ときどき美少女。
〜Beauty, Handsome and Pretty girl〜
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 第8章 ベルの恋
 
   − カストラート海 ある小さな島 −
 
 ドゥルーダ魔法専門学校。
 そこは、魔法力に優れた、選ばれた者たちが集うところだった。
 創設者はその名の通り、ドゥルーダという魔導士。
 かつての十二使徒の一人であり、もっとも優れた力を持つと言われた男だ。
 
 しかしながら、暗黒道に魅入られてしまい、その力を恐れた、
 残り十一人の使徒たちによって、その魔法力をある石に封じ込められたという…
 その石の名は、キャターズ・アイ。
 しかし、その石のありかは誰も知らないという。
 そして、ドゥルーダ自身の行方も。
 
 この魔法学校は、その出来事よりも前に、創設されたものであった。
 暗黒道に堕ちたという男の名を冠するままであるのは、
 関係者たちが、ある伝説に親しみを持っているせいかもしれなかった。
 それは、ドゥルーダは、暗黒道に堕ちたのではない…という伝説だった。
 
 ある時、居眠りをしながら、魔法研究をしていたドゥルーダは、手違いを起こしてしまい、
 その魔法力を、ある石に奪われてしまったと言うのだ。
 最高の魔導士が、そんなことで魔法力をなくしたとは…
 「十二使徒の恥だ。」
 その事実を隠蔽し、美化するために、あの物語は作られたのだという…
 
 そして、何年も、何十年もの間、何千人もの生徒が卒業していったというのに、
 いつも変わらず、校庭の隅で、ポプラの葉をかき集めている、あの用務員の
 老人こそが、実はドゥルーダ本人なのだというのが、生徒たちの間での、もっぱらの
 噂だった。
 何人かの生徒は老人に直接、尋ねてみたが、老人は否定しなかった。
 「はあ? ああ、ああ、そうじゃとも」と、答えはいつも決まっていた。
 もちろん、誰も本気にはしていなかった。
 
 そんな魔法専門学校で、冬のある日に起こった出来事……
 
 
 「ほらぁ、ベル! 早く行きなさいよ〜」
 同級生に背を押されて、つんのめりそうになっているのは、
 中等科2年、セイレーン・クラスに通う、ベルゼビュート。
 ロングの髪と、クリクリっとした瞳が、男子生徒の間では、ちょっとした人気だ。
 だけど、ベルゼビュートは、そんな男子生徒たちには、興味がなかった。
 
 「ちょ、ちょ、何すんのよー! ババロアぁ〜」
 「だって、あんた、いつもいつもそうやって、陰から見てるだけじゃん」
 「だ、だって、アル様って超人気者なんだもの…… 私なんか相手にしてくれないわよ。」
 「そんなこと言ってると、ほら…」
 ババロアが指差した先には、光さえも恥らうほどに、キラキラと輝く美男子が。
 美男子の名はアルビレオ。
 同じく中等科2年、ウォーロック・クラスの生徒だ。
 そして、そのアルビレオの元に走り寄ってきて、いきなり頭をパシっと叩いたのが、
 こちらも中等科2年、ウィッチ・クラスのデネブだ。
 デネブは、きゃっきゃっとはしゃぎながら、アルビレオを引っ張ってどこかへ連れて
 行こうとする。
 アルビレオは、少し困ったような顔をしながら、振りほどこうとしている。
 
 「なんか、あの二人、いつも一緒よねぇ〜?
  もしかして、もう付き合ってるのかなぁ??」
 ババロアの何気ない一言が、ベルゼビュートのハートにグサっと刺さる。
 「そ、そんなこと、あるわけないじゃない、たまたま、たまたまよ、きっと…」
 そう言ったベルゼビュートは、少し悲しそうな表情を浮かべた。
 
 「たまたまねぇ… そんなこと言ってると後悔しちゃうぞぉ。」
 「そう言う、ババロアだって、アル様狙いなんじゃないのぉ??」
 「ぜ〜んぜん。 私は断然、高等科3年、ビショップ・クラスのポル様よ〜」
 「ええっ!? だって、あの人、なんかちょっと髪の毛薄くなってるよ。」
 「何言うのよっ! そんなわけないでしょっ!」
 そう言って、ババロアは、かばんをベルゼビュートの背中に軽くぶつけると、
 指で鼻を押し上げ、ブタっ鼻を作りつつ、アッカンベーをして走り出した。
 普通は目尻を引っ張るもんだが、ババロアのアッカンベーは、いつもこうだ。
 あんまり可愛くないので、ベルゼビュートは真似しないことにしている。
 
 「あっ! 待ってー!」
 ベルゼビュートも、あわてて追いかけようとしたが、その拍子に片一方の靴が脱げて
 しまった。
 ケンケンをしながら、靴の方へ向かっていき、あと一歩というところで…
 
 「はい、靴。」
 白い靴を拾い上げてくれたのは、アルビレオだった。
 「あ!」
 ベルゼビュートはビックリした。
 あわてて靴を受け取ろうとした指が、アルビレオの指と振れてしまう。
 真っ赤になりながら、靴を受け取り、そそくさと履くベルゼビュート。
 (ああ、恥ずかしい… こんなとこ見られるなんて、アル様、どんな顔して
  見てるんだろ…?)
 
 靴をようやく履き終え、少し顔をあげてみた。
 すぐ目の前にアルビレオの顔があった。
 「大丈夫? 気をつけてね。」
 カッ───────────ッ!! 顔が益々、赤くなっていくのが分かる。
 
 そんなベルゼビュートを不思議そうに見ていたアルビレオだったが、
 もう用は終わったし、どこかへ行こうか…というように、後ろを向いてしまった。
 そのアルビレオのガウンの裾を、ベルゼビュートは咄嗟につかんでいた。
 
 「あ、あ、あ、あの……」
 ドキドキドキドキ……
 (と、止まれ、心臓…! お願い、止まってぇ……)
 
 アルビレオが、また自分の方を向いてくれた。
 「………次の休みの日 ………に、2時頃、
  お、丘の上の公園の… 噴水のところに来てください、待ってます!!」
 勇気を振り絞って、それだけ言うと、ベルゼビュートは、振り向いて走り出した。
 そのベルゼビュートを、ババロアが追いかける。
 「ベル、やる〜!! 頑張ったじゃん!」
 
 夕焼けに向かって走っていく2人を見送っていたアルビレオ。
 (…今度の休みということは…… デネブの魔法研究に付き合わされる予定も
  なかったな。 まあ、いいか。 いったい何の研究に誘ったんだろうな、あの子は…)
 …この男、純情乙女心を、知る由もなし。
 
 
 次の休みの日。
 ベルゼビュートは朝早く起きて、いそいそとお弁当作りを始めた。
 誰かのための、お弁当なんて初めて。
 ちょっと失敗をしながらも、ベルゼビュートは楽しくて仕方がなかった。
 「このオクトパス・ウインナー、なんて可愛いのかしら♪」
 ♪ふん、ふん、ふふ〜ん…… 鼻歌まで自然に出てくる。
 ああ、これが恋っていうものなのね。
 
 
 ………待ち合わせの噴水前、3時ぐらい。
 噴水の音が、サラサラと聞こえてくる。
 少し、寒くなってきた。
 (アル様、遅いなぁ……)
 
 
 ………もう日が沈もうとしている。
 噴水の音が、サラサラと聞こえてくる。
 少し、寒くなってきた。
 (アル様、来てくれないのかしら……)
 
 
 ………スッカリ夜になってしまった。
 夜になって、噴水も止められてしまった。
 なんか、頭の芯から寒くなってきた気がする。
 (……もう、帰ろうか? ベル…)
 
 
 
 ………草木も眠る丑三つ時。
 噴水の前に男が一人現れた。 …アルビレオだ。
 キョロキョロとあたりを見渡していたが、誰もいない。
 「おかしいなぁ… 2時って言ってたよなぁ。 間違ってないよな?
  デネブの魔法研究に誘われる時も、たいがいこの時間なんだけどなぁ…」
 …魔法バカ、ここに極まれり。
 
 
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