美女のち美男、ときどき美少女。
〜Beauty, Handsome and Pretty girl〜
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 第1章 ガラスのカボチャ
 
   − 神聖ゼテギネア帝国 デネブの庭 −   ex. 〔運命共にし勇者へ〕
 
 神聖ゼテギネア帝国による圧政が、ゼテギネア大陸を支配して数年。
 各地に潜んでいた元ゼノビア王国の戦士たちは、その牙を削がれてはいなかった。
 突如、救世主のように現れた一人の若者の下に集結し、その反撃の狼煙をあげた。
 
 大陸の東方、シャローム地方を瞬く間に解放した反乱軍は、さらに南下し、
 「デネブの庭」という奇妙な名で呼ばれる地域へとその歩を進めた。
 デネブの庭を統治するのは、文字通り、デネブという名の魔女である。
 今、その居城は、反乱軍の攻撃により陥落寸前となっていた。
 
 城と言っても、わずかに二層しかない建物の1階、奥深い場所に彼女はいた。
 「いや〜ん、ウソでしょう? もう反乱軍がここまで辿り着いたの!?」
 報告に来たカボチャ頭の人間(?)の、タドタドしい言葉を聞いたデネブ。
 追い詰められているはずなのに、彼女の表情には、どこかそれを楽しんでいるような
 少し茶目っ気のある感じさえもがしていた。
 
 「このままじゃ、私も捕まっちゃうわね… えっと、テレポートは…
  そうだわ、まだ『伝説』では使えないんだったわ。
  え〜っと、そうだわ! 確か、タンスの中に、7リーグブーツをしまっていたはずよ!」
 ゴソゴソと、タンスの中のものを引っ張り出している彼女の背後に、何者かが
 声をかけた。
 
 「待てっ、デネブ! そこまでだ! おとなしく軍門に下れ!」
 少し野暮ったい戦闘服で、ヘソを丸出しにしている彼こそ、反乱軍のリーダーである
 勇者サイノスであった。
 
 「きゃ! ちょ、ちょっと待ちなさいよ〜 今、レディのお着替えタイムよん♪」
 片手を首筋の後ろに走らせ、クネクネと身体をくねらせるデネブ。
 勇者サイノスは、少し頬を赤くしながら、ドギマギと答えた。
 「……ス、スマン。そうとは知らずに ……って、おい! 違うだろうが!」
 「あら? やっぱ無理? そ、そうよねぇ… うふふ」
 いくらなんでも、その作戦は無理だったらしい。
 
 (う〜ん、さすがに命運尽きたかしら…、美人薄命って言うものね。)
 冷や汗をたらしながら、さてどうしたものか?と思案中のデネブ。
 しかし、サイノスは、そんな彼女ではなく、彼女の足元のあたりを、目を丸くして
 見ていた。
 
 (…? あら、ワタシの足に見とれているのかしら?)
 当たり前のように、そう思ったデネブだったが、よく見るとサイノスの視線の先は
 それよりも、もっと下の方を見ているようだった。
 
 「ま、まさか!? 幻のガラスのカボチャじゃないのか!?」
 サイノスが見つけたものは、まさしくガラスのカボチャだった。
 それは、デネブが賢者ラシュディから、もらったものであった。
 (いっけな〜い。 バタバタしていて、落としちゃってたのね ^^;)
 「お願いだ、それをオレに譲ってくれないか?」
 意外な言葉が勇者から飛び出した。
 (この子、永遠の美肌が欲しいわけは…ないわよね。 じゃあ大金目当てかしら?)
 
 デネブがそう思うのも無理はない。
 しかし、サイノスが欲しがる理由は、違っていた。
 「ガラスのカボチャには、時間を元に戻す力があると聞いたことがある。
  これを手にした『シンデルヤ』とかいう女性は、王子様と舞踏会で踊ったあと、
  これを失くしたせいで、時間が進んでしまい、その恋が実らなかったという
  伝説があるのだ!」
 
 (…そ、それってカボチャの馬車と、ガラスの靴が出てくるおとぎ話のことじゃないの?)
 もちろん、ガラスのカボチャの本当の力はよく分からないので、
 そういう可能性もないわけではないが、さすがにその可能性は少なそうな気がした。
 
 (まあ、いいわ、とにかくこれをダシにして、今は命を拾わなくっちゃね。
  結構、このボディ気に入ってるんだから…)
 デネブの目が、スーっと細くなった。
 これは彼女が悪巧みをしている時、特有の表情なのだが、サイノスには分からない。 
 「あら、これってそんなにスゴイものだったの。どうしようかしら?
  なんなら譲ってあげてもいいんだけど、もちろんタダってわけにはいかないわねぇ…」
 
 「どうすれば、譲ってくれるんだ??」
 この時点で十中八九、サイノスは彼女の術中にはまってしまったと言っていいだろう。
 なぜ、サイノスが時間を元に戻す力に、これほど固執するかは分からないが、
 そんなことは、彼女にはどっちでもいいことだった。
 「そうねぇ… ディアスポラ地方にあるっていう、黄金の枝と交換っていうのはどう?」
 「黄金の枝?」
 「そうよ、それと交換だったら、あげてもいいわよ♪」
 
 この辺りの駆け引きが難しいところだ。
 あまりにも、無謀な条件であれば、無理やり奪われかねない。
 今の反乱軍の進行ペースから行けば、1ヶ月以内にはディアスポラに到達するだろう。
 つまり、無理じゃないお願いということになる。
 
 それに、黄金の枝ならば、かなり高値での売却も可能だ。
 ガラスのカボチャで、カボチャ人間を100人生み出せば、永遠の美肌への道が
 開かれるというラシュディの言葉は気になるが、また奪い返すチャンスもあるかも
 しれない。
 
 一瞬のうちに、そこまで企んだところは、さすがに稀代の魔女だ。
 サイノスも反乱軍のリーダーだけあって、すぐにOKはしなかったが、
 報酬の前払いとしてブラックパールを渡すのと、デネブ自身はこの城に留まり、
 反乱軍兵士に監視させられるという条件で交渉は成立した。
 
 反乱軍の誰もが、デネブを許すという、サイノスの寛大な処置に驚いた。
 もちろん、ガラスのカボチャが欲しいから…等と、勇者たるものが言えるわけもない。
 こうして、デネブは命乞いに成功するのと共に、勇者の弱みを握ることにも成功した。
 
 その後、見事に黄金の枝を持ち帰ったサイノスは、それと交換でガラスのカボチャを
 手に入れた。
 それまでのわずかの間に、デネブは監視の兵士たちを、得意のお色気でもって懐柔。
 彼らの後押しもあって、なんと、反乱軍の一員となることになったのだ。
 弱みを握られているサイノスにしても、それを断ることはできなかった。
 
 しかし、命乞いだけなら、別に反乱軍に入らなくてもいいわけである。
 デネブが反乱軍に入った理由は3つある。
 
 1つ目は永遠の美肌。
 反乱軍にいれば、帝国軍との戦いの中で、思わぬ収穫物があるかもしれない。
 帝国軍の中には、禁断の研究や取引をしている輩が少なくないのだ。
 オミクロン、ランドルス、ゴスペル、アプローズ…… どいつもこいつも腹に一物
 持っている。
 
 2つ目はガラスのカボチャ。
 サイノスに持っていかれはしたが、時間を元に戻すなんて効果があるとは思えないし、
 仮にあったとしても、サイノスがその方法を探り当てられるとも思えない。
 であれば、またデネブが手に入れるチャンスがあるかもしれない。
 それに、あの勇者の純粋さには、ちょっとトキメクところもあった。
 (これは、秘密だけど…)
 
 3つ目はランスロットのオルゴール。
 反乱軍の騎士たちのリーダー的存在を担っているのが、ランスロットという戦士だった。
 偶然、同じ名前なのかと思ったのだが実は違っていた。
 監視の兵士たちを誘惑して手玉にとっていたデネブの元に、ある日この男が現れた。
 デネブを波止場のようなところに連れ出した(その方が気分が乗るらしい)男は、
 デネブに懇々と説教を始めた。
 やれ、騎士とはこうあるべきだ、やれ、女とはこうあるべきだ……
 デネブにとってそんな話はどうでも良かったのだが、説教をする時に取り出した
 小さな箱が気になった。
 それは紛れもなく、オルゴールだった。
 (これが、もしかして、あのランスロットのオルゴール!?)
 
 説教を真剣に聞いていれば、もしかして、もらえたりするのかしら?と思い、
 真剣に聞くふりをして、うんうんとデネブはうなずいていたのだが、さすがにそれは
 なかった。
 けど、ありかが分かっただけでも大収穫。
 (いつか、手に入れて見せるわ…) そう心に誓うデネブであった。
 
 
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