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(1994年6月5日) | ||||||||||||||||||
第6回 熊野川カヌーマラソン | ||||||||||||||||||
カヌーを始めて1年ほど経った頃何かでカヌーマラソンが熊野川であることを知った。 ちょうど熊野川を長い距離漕ぎたかったときでもあり、早速エントリーした。 前日の昼から熊野川に向かい、夕刻に着いた。カヌーを組み立てて、ラックに格納しておき、新宮市で宿泊した。 マラソン当日早朝出発点の熊野川町に向かった。カヌーを組み立てずに漕ぎ出せるというのはうれしい。 ゼッケンは126と127であった。ゼッケンをもらい付け、船を すでにたくさんのカヌーが川縁に並んでいた。いろんなカヌーがあり目の保養が出来た。 カテゴリーが分かれていたがよくはわからないので、とにかく合図にあわせて漕ぎ出した。 最初は完走できればいい、という感じで漕ぎ出したが、同じようなファルトボートに抜かれると俄然競争心が芽生え、一生懸命になってしまった。 私たちより年が上らしき二人組が同じファルトで抜いていった。 パドルのストロークがいいのかいくらピッチをあげても追いつかずその差を開けられてしまいいつか見えなくなった。 早瀬もあったが何となくクリアでき漕ぎ進むにつれて自信がついた。 3時間半ほどでゴールの河口に着いた。ファルトの部で22位の成績であった。初参加としてはまずまずの成績だと思った。 表彰式の後カヌーグッズ等の抽選会があり、一等はファンカヌーであった。欲しかったね。 私はヨーロッパ風の水筒が当たった。当たっただけでも良しとしよう。 なかなか面白いイベントで、次の年も参加しようと思った。 |
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(1995年5月28日) | ||||||||||||||||||
第7回熊野川カヌーマラソン | ||||||||||||||||||
1994年に引き続きカヌーマラソンに参加した。今年はカヌー仲間二人と息子がエントリーした。 私たち夫婦はフジタST−1に乗り、息子はフジタA-1に乗った。息子は川は初めてであった。 昨年同様、前日の昼から熊野川に向かい、夕刻に着いた。カヌーを組み立てて、ラックに格納しておき、新宮市で宿泊した。 ソリッドタイプのカヌーは組み立て収納がない分きわめて楽である。 ゼッケンは私たちは312と313で、息子はカテゴリーが違うので101であった。 昨年より少し少ない感じであったが、すでにたくさんのカヌーが川縁に並んでいた。合図にあわせて漕ぎ出した。 出発してすぐの早瀬で息子が沈しないかと心配したが杞憂であった。苦もなくクリアしたという。 すでにずっと先を漕いでいたのでそのことは終わってから聞いた。こちらは昨年の経験もあり、問題なくクリアし少しでも順位を上げようと頑張った。 息子は疲れたといってカヌーの上に寝転がっていた。せっかく上位につけていたのに・・・。 私たちは昨年よりかなり早くゴールの河口に着いた。 ところが主催者のミスで計測されず順位がわからなくなった。 ローカルでそれほどしゃかりきにならないイベントであるが、順位付ぐらいはきちんとして欲しかった。 抽選会があったが何も当たらなかった。 帰りの時間がおしてきたので、閉会式途中で帰途についた。 |
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(1997年5月25日) | ||||||||||||||||||
第9回 熊野川カヌーマラソン | ||||||||||||||||||
第9回大会は一人で出かけた。![]() キャンプ道具をRVRに積み込んで出かけた。 いつも通り出発点の熊野川川原にテントを張った。川原はテント泊する車で一杯だった。 少しつかれていたので早々に寝た。出発点にカヌーを用意し、車を新宮河口に回送した。 ここで朝食にした。こうしたところで飲むコーヒーは格別の味がする。 レースはいつもながらカテゴリーがはっきりせず、どうでもいいやという感じでシーカヤックでエントリーした。 あまりしゃかりきにならず、ゆっくり漕いだ。 それでもフジタのA-1は意外と早く、それほど悪い順位ではなかった。 いつも通り抽選もあったが当たらなかった。 どうも田舎のイベントで手際が悪かった。 あまり手際が悪いと参加者が引いてしまう。きっちり計画してホスピタリティを発揮して欲しいと思う。 いい天気でカヌー漕ぎ漕ぎは快適であった。また来年来ようという気になる。 |
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(2001年5月26日) | ||||||||||||||||||
第13回 熊野川カヌーマラソン | ||||||||||||||||||
熊野川町と新宮市の主催した熊野川カヌーマラソン大会に参加した。あいにく雨であったが、200人あまりの参加があった。昨年は雨で流れたが今年は、水量も少なく雨も小降りであったので大会は行われた。いつものことであるが、かなりの数の参加者は、河原で思い思いにキャンプをする。 この写真も肉眼では暗くて見えなかったが、夕暮れの河原をきちんと写し取ってくれた。 私もキャンプをしたかったが、都合があり新宮市高田の研修センターに泊まった。この宿泊所の料理は最悪であった。 フライも含めてすべて冷めたもので、何となく味気なさを感じた。熊野の良さは古来から、もてなしにあったと思うが、それが感じられなかったのは残念である。 ロケーションと施設や温泉はかなりいいのに、肝心な「もてなし」が悪ければ、リピーターは獲得できない。 朝は皆さん愛艇の最後のメンテで忙しい。私の艇は上の写真手前の青い2人艇であるが、2年ほど前はこのタイプもかなりあったが、今年はほとんど見かけなかった。もう8年も使っているから古くなって当然である。でも乗りやすく安定している。 大会は9時半に始まった。 今大会は、犬をつれた艇が多かったのと、手作りのカナディアンが目立った。手作りのカヌーは、大塔村に工房があり、注文で作ってくれるようである。10時に第一陣が出発した。最初の瀬ですでに2,3艇が沈していた。この日の熊野川は、水が多く重たかった。10分遅れで私たち第2陣が漕ぎだした。 出発の瞬間はいつもワクワクする。ゆっくり走ろうという気とあわよくば上位にと、入り交じった気持ちである。 この日は雨のせいで岩場では渦が巻き、沈する艇が多かった。私の艇もエディにつかまり、くるりと後ろ向きに走ったときがあった。船も傾き、一瞬沈を覚悟したが、何とかクリアした。横でスラローム艇が見事に沈をした。途中抜いたり抜かれたりしたが、このエディーにつかまったのがあとまで響いた。 |
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ファルト2人艇の表彰。私は24艇中、14位くらいだったと思う。右は駅伝クラスの表彰。 20kmを漕ぎ終わって、時間は2時間15分程度で、同クラス(ファルト2人艇)の1位は、角勝さん、奥田さんチームの1時間44分であった。 10位のタイムが1時間56分であったので、おおむね14以下15位くらいに着いたと思う。高順位のうちカナディアンが和歌山の人で、あとは大阪や京都など県外の人ばかりであった。和歌山がんばれという感じである。 毎年あるこの大会だが、今年は何となく寂しい感じであった。参加も年々少なくなっている。少しパターン化している感じがするので、来年は趣向を変えて盛り上げてほしいと思う。予算や人の派遣で大変だと思うが、熊野の欠かせないイベントであり、発展させていってほしい。 また県外からの参加者も多く、かなりメジャーになっているので、これを維持してさらに多くの人の参加が得られるよう工夫が必要に思う。 ジャッジも一部誤りがあったが、順位をパソコン計測にするとか、新しい形で省力化をしていけば派遣の人数も最小限にできるのではないかと思うが、どうだろうか。ともかく、この大会は非常に楽しいイベントなので、私は来年も是非出たい。 後日、大会本部から成績が送られてきたが、結果は17位であった。確か24艇出ていたので、Cクラスである。せめてBクラスぐらいには入りたかったのだが。ま、来年は可能なら新艇でチャレンジしたい。 |
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(2002年5月25日) | ||||||||||||||||||
第14回 熊野川カヌーマラソン | ||||||||||||||||||
熊野川町と新宮市の主催した第14回熊野川カヌーマラソン大会に参加した。今年は、例年とはうってかわって快晴のレースであった。 カフォルニアから来たジョエルさんと日程をカヌーマラソンに合わせ、一緒に新宮に向かった。キャンプをするので荷物が大変であった。 RVRにファルト2艇と、キャンプ用具をつむと、荷室は一杯であった。テントも普段使う2人用ではなく、ふた昔前バージョンのスポルディングを持ち出した。 このテント、ポールが鉄製で重いのが欠点だが、組み立てやすく、居住性がすこぶるいいので捨て去れないでいる。子供達が小学生の頃大活躍し、たくさんの思い出を作ったテントでもある。 |
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今年のカヌーマラソンは、新しい船での参加であった。一応「浸水式」はしたが、長い距離を漕ぐのははじめてで、実質的な乗りだしである。 船は「アルフェックボイジャー460T」。フジタの「アルピナ2」と、どちらをしようかとかなり悩んだが、オプションすべてがフジタの半額であるのと、スキンが縫い目のない溶着型であったのが、ボイジャーに決めた理由である。 今年はレギュレーションが少し変わって、一人艇と二人艇の二つしかなくなった。 これでは私たちのファルト二人艇は苦しい。また一人艇でもファルトはやはり遅い。 大会本部の大変な努力があってのものだから、とやかく言えないが、少なくともカナディアン、ファルト、ポリ・FRPの区別はした方がいいように思う。 しかし、レギュレーションはどうあれ、レースになると結構面白い。はじめはゆっくりで行こうと思っても、抜かれると悔しく、抜くとうれしい。 ワクワクしながら明日のスタートに思いを馳せるのは、なかなか楽しいものである。 参加者には、熊野川温泉「さつき」の無料入浴券があった。それで、風呂に入ったが、売店の壁面には、ノボリ(サツキマス)の魚拓がたくさんあった。 ノボリは、釣りをするものにとっては垂涎の魚であるとともに、水の綺麗さのバロメータ的な魚でもある。この魚拓は、54センチあった。 釣りたいなー。 |
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ファルトに乗るとき、次の日にパッキングする必要がないときは何となく落ち着く。いくら組み立てが早くても、FRPやポリ艇の手軽さにはかなわない。 一人参加であれば、A−1にするのだが、二人艇となるとやはり組み立て分解に時間がかかる。 大会は、いつものように、町長さんや商工会議会長さんなどの挨拶で、はじまった。挨拶のなかで町長さんは、また来年もやるといってくれた。 和歌山で14回も回を重ねるイベントは、このカヌーマラソンくらいしかない。県民共々このイベントを大きく育てていきたいものである。 この日感心したのは、熊野川の綺麗さであった。澄み切っていた。これまで何回かこのマラソンに参加しているが、これほど綺麗な熊野川を見るのははじめてである。これだけの清澄さを保っている川はそれほど無いはずである。これだったら四万十川より綺麗と胸を張れる。そんな川を、漕ぎ下れるというのは、うれしい。 大会は10時スタートで、10分おきに4組に分けてスタートした。 私たちのゼッケン番号は、169で、国道169号線と同じ番号なのでこれはいいところに食い込めるのではないかと、全く関係のないことではあるが、そんな期待を抱きながらボイジャーを漕ぎ出しスタートした。 ボイジャーは期待に違わず、快適に瀬をクリアした。 |
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コース終了近くで、ジョエルさんに追いついた。 ジョエルさんは「水が一杯で・・・」 そういえば、ジョエルさんのKG−1はスプレースカートが無かった。それで瀬で水を一杯ため込んだようである。私たちは、前のカナディアンを抜こうと必死だったので先を急いだ。 レースが終わったあと、ボイジャーに積んでいたビルジポンプを渡せばよかったと思った。ジョエルさんがゴールしたあと、KG−1を裏返すと、びっくりするくらいの水が入っていた。水を抜かないうちのKG−1は、重くて持ち上げられなかった。(後でわかったがジョエルさんの乗った舟は穴が空いていた) レースが終わったあとは、いつものように順位の発表と表彰があった。そのとき私たちは、一生懸命ファルトのパッキングをやっていた。だから今年はどんな人が入賞したかとうとう分からずじまいであった。 しかし、マイクを通して聞こえてくる入賞者の出身地が、和歌山県が少ないと言うことだけが分かった。 毎年のことであるが、和歌山県出身者の参加が少ないと言うことは、残念である。 こんないいフィールドと、条件に恵まれた土地で、こうしたイベントの盛り上げを、県民全体でやりたいものである。 古座川、日置川など和歌山には他にもいい川がある。 県民全体で、熊野の良さを宣伝し、たくさん遊びに来てもらいたい。そのためには地元の人間が、このすばらしいフィールドで遊ばなくてはダメである。 今年は、新しい船での参加であり、天気も最高によかったので楽しいマラソンとなった。しかし、最後に雨が降って来るという伝統は、今年も守られた。 雷まで鳴ってきた。おかげで、熊野川町役場前の河原に、乾かすために張ったままにしていたテントは、結局濡れたままの撤収となった。 今年も昨年と同様の成績であったと思うが、こうして参加してみんなとワイワイできるのがいい。 町長さんは、また来年も開催すると行ってくれた。是非、来年もでて楽しみたい。 |
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