風のささやき

寝苦しい夜に

明日の暑さを予感させる
風の止まった寝苦しい夜に
汗ばむ重い肢体を動かす寝返りは物憂く
夜の獣の体毛に爪を立てられて
抱かれているよう逃げ出せぬよう
逃げ出す場所など何処にも無いのに
心臓が送り出す血潮には
あなたの黒髪の
しっとりとした匂いを思い出し
僕はそれに耐えようとして

真っ暗の部屋な中では
声を消されたテレビの画面
口を動かす男は必死の形相で顔を歪めて
きっと自分にも分からない
心の呻きを声に出そうと
言葉にならないんだ
誰かに伝えたくとも
まるでいつも僕が見ている
街の風景の人々の顔に似ている

部屋の中に迷い込んで
灯りを求め彷徨っている
あわれな虫の羽音が
近寄ったり遠ざかったりをする
お前はどんな話を持って
旅人の僕の部屋を訪れたのか
僕はお前に話す何の土産話も無くて
すまない

やがて頭は暑さに焼き切れそうに
金属的な物がぶつかり
きな臭い火花を立てる頭の中で
僕は放置されていた真昼の自転車の
銀色のフレームの照り返しを思い出す
錆びついたチェーンが悲鳴を上げる音
腰おろしたサドルの焼けつく熱と
重たいペダルに筋肉は悲鳴を上げて

もう僕をぐったりと疲れさせるだけの
明日の暑さが頭の中を駆け回っている
夏の狂気は頭の中に僕を焼き尽くそうとしている