風のささやき

また春に

朝の木漏れ日を浴びる蔦のまだ若い緑の静けさ
己れの青白い影と戯れることに終始して

天に向かって開いた白いはなみずき
地に重き頭傾ける八重桜
こぼれ行く花惜しむ白き手は幻の

一斉に若葉を芽吹いた欅や桂
毎年の繰り返しは春を迎えた喜びのようでもあり
何時の間にかそこにあることから始まった足掻きでもあり

僕の顔の上には揺れる唐草模様
呻くように伸びて行く葉の影を
陽射しが写し取る入れ墨は苦しみの色彩で

僕は耳にタンポポを生やした
いつしかお気楽な言葉ばかりを集めるようにと
けれど綿毛が飛び去った後の洞穴に

カンカンと透明な警笛が鳴る
僕の頭にはいつでも鳴り響いている
金槌で鉛色の鐘を涙ながら叩いている人がいる空に
僕の短い時間に与えられた高い音の警告

温かい陽射しは陽だまりの墓標
その人が洗濯物を干していた場所には
零れ落ちた水滴の跡

笑ったまだ若々しい顔は陽射しに溶けて見えない
淡い春の風がその人のスカートの白い色を遊ぶ
桜の香りのような微かな記憶
いつしか心の奥底に刻まれている憧憬

淡い春の風の中に感じられるどこか息苦しい
ああもう思い出せないかすかな明るみの向こうに
その人が笑っていてくれる所があることを思っている
その人との会話を紐解こうとする手がかりを
心に傷を付けながら毎日に探している

ひとしきり眠ったところで
僕はまたここに目を覚ます
夢を見ていたとて
それは一時の出来ごと

銀色の細波の湖に
この身を焼いた夢だった
生温かい炎にこの身は焼かれて
僕の白い骨が陽の差す青い湖の底に落ちて行く
それでも僕は骨の何処かに生きていた

仰向けの僕のメガネの奥には青空が住み着いている
僕はその眼鏡をはずして
僕だけの頬の涙をなめてみる
それは何の木の樹液の味に似ている
清々しくもあり透明でけれど最後はほろ苦くて