風のささやき

湖水に

暮れて行く湖には
 影を落とす柳の葉
  その細長い影が闇に解き放たれて
   群れた魚のようにさざ波を立てる
    ようやく自由になった影法師
     赤い風がその背びれを押している

あなたへの愛しさも
 夕闇の静けさに解き放たれて
  捕らえようもなく泳ぎ出す
   赤い鱗をしたものもいる
    真っすぐに進むもの
     湖水深く潜り込んで
      白い泡を吐き出すものもいて

ちゃぽんと 音がした
 子供が石を投げ込んだ
  柳の影も僕の愛しさも
   そちらに耳を傾けた

二つ 三つと
 手から離した石の
  その行方を
   きっと子供は直ぐに忘れる

いつまでも大人は
 水面を見ている
  沈み行く石の時間を聴く
   どれだけのものが
    心の底に沈んだのだろうと

自らの重さに沈んだ思い
 光の届かない暗い湖底に
  もう呼び覚まされることもなく

橋も橋を渡る人も
 夕陽色の絵具一色だ
  赤い雲を真似て自動車も
   向こう岸へと渡る
    もうきっとこちらには戻らない

僕もその架け橋を
 いつの日にか渡り
  行くのだろうな
   夕日の沈んでいく方へ

それまでに
 どれだけの言葉を
  紡いでいけるのだろうか

それ以上に
 思いの骸を沈め
  冷たい水の手に絡みとられて
   生み出せなかった言葉の塊を
    悼みながら過ごし

せめてあなたの胸に届く言葉を
 綴れる日があるのならば
  くすぐったい達成感と
   それしか出来なかった
    喪失感とを感じながら

僕はあなたの感触を
 誇らしく携えて行きたい
  僕らしい言葉に写し取って
   別れることが習わしのこの世に
    別れがたく
     いつまでも離れがたいあなたの