風のささやき

雪の東京で

思いもよらぬ雪だった
どこかしっとりと濡れた大粒の重さの
朝の陽射しが届かない窓辺
目覚めはゆっくりとだった

家々の屋根は白く一続きになり
その合間を縫って行く
中央線も雪を被って白い息を吐いていた

すべての色を塗りつぶして行く白さよ
その下に横たわる
一瞬の間だけでも目を閉じていたい物が
覆い隠されたようで少し気分が楽になる

その日は唯一外に出た
買い物帰りの子供の手が暖かで
その小さな手をぎゅっと
握りしめながら歩いた

まるで僕を導くように
子供は先に歩を進め
その顔を雪が
下に向けることは出来なかった

夕食は暖かな物を揃えた
胃の中を満たすその食べ物と
いつもの途絶えない会話とに
体も心も湯浴みの後のように
温もっていた

夜の布団の隙間風には
子供と体を寄り添わせて眠った
ひそひそと話をしながら

何故だろう雪降る夜には
声を潜めて話をしてしまうのは
雪がすっかりと
覆い隠してくれているはずなのに

取り壊された茅葺の
故郷の家の屋根にも
雪は止むこと無く降り続いた

僕の耳元の囁き祖母の昔話は
古い山形の方言が優しかった
夢と物語とがやがて重なり
落ちて行く眠りの横で

先に眠ってしまった祖父の鼾は
祖父が良く口ずさんで教えてくれた
祭囃子の終わりの余韻

でーんかだんでん、だーんでん
でですけでーん と
僕の耳の奥に繰り返す自鳴琴

寝がえりを打った子供の足に目覚め
ずれ落ちた布団をもう一度かけ
子供を腕に抱き直し

いつの間にか家族のいる
日常の暮らしの温かさを
感じていた東京の雪の日