風のささやき

夕暮れの香り

まだ残る木々の乾いた葉がカサカサと鳴って
夕暮れの香りがした

僕に抱かれた子供が柿の実を指差し
その実も夕日のように熟し
夕暮れの香りがした

子供の指先の向こうには
一番星がともっていた
その向こうには月がうっすらと
紫の笑顔を浮かべて

楽しそうに話すことをやめない子供の
何処から君の思いは君へと来て
君の口を動かすの
その口元からも夕暮れの香りがして
僕は少し寂しくなって

夕暮れはどこか燻された香り
知らないところで落ち葉がどんどん
燃やされているに違いがなくて

夕暮れの香りは口に広がる
梅干のようにすっぱくて笑えて
少しは泣ける懐かしさで
日々を送るごとに
味わいにも思い出が
重なってゆくから

夕暮れの香りがして
僕の手をひっぱるものがいる
あれは僕の童心
直ぐに帰ればいいのにと言う
不思議そうな視線

帰れるものならば帰りたいけれど
それが僕にはとても難しく思えて

夕暮れの香りがして
建物の輪郭が夕闇に解けてゆく
皆が誰かの手をとって
人と人とがつながって

僕は饒舌な子供を抱いたまま
その頭の香りを嗅いでいた