今まで笑いあっていたのに
ふと 横をむいてしまえば
もう あなたはいない人のようだ
視線は向かいの誰かの
長い髪を触る仕草に奪われて
透明なガラスの向こうでは
信号が青になり
いっせいに世界が動き出す
僕だけがここに取り残されたように
食べ終えた昼食の皿に
少し残るトマトソースに
過ぎてゆく時間を思う
飲み干さない珈琲は冷めたままに
話しかけられて顔を向ければ
そこにいるあなたに はっとして
その場をごまかす相槌を打つ
きっと心を通わせる手段を
僕らはもっていない
言葉は耳鳴りのようにすれ違う
心は響き合う喜びもない
さも分かり合えたように
頷き合うけれど
手を振り別れたところから
あなたの感触は
まるで白い霧の奥深くに
落ちたように見えなくなる
あなたの顔は思い出せない
その声も 目の大きさも
きっと僕に向かって
振られている手も
濃い霧に塗り込まれてゆく
必死に呼びかけたとて
涙に濡れるように
言葉はしっとりと勢いをなくし
あなたの耳には届かない
波たたぬ冬の湖の青さのような
心は冷たい沈黙に閉ざされる
美しい誤解に笑い続けるあなたに
小さな失望を重ねて
あなたへの優しい思いは
舌の上にもう乾いてしまった
その忘れかけた音色は
どうすれば伝えられたのだろう
今日も濃い霧の中のあなたへ
たどり着かない言葉が
野ざらしにされる