風のささやき

夕暮れの鞄

今日の出来事の 大方を終えて
急ぐ必要のなくなった電車が
さび付いたレールを 軋ませながら走っていく

一体 世の中の
何がそんなに 人を疲れさせるのか
生気のない顔が つり革に鈴なりに
赤い夕日を 浴びている

小さな笑いさえも忘れられた手に
ぶら下がっている それぞれの小さな鞄
お洒落なよそ行きの鞄も
通勤帰りの革の鞄も学生の鞄も
どれもが少し手垢に汚れて

釦をはずしてしまえば
どの鞄からも
今日のあきらめの思いが
一思いに噴き出してきそうだから
胸に鞄を押さえているのは
きっと誰よりも 傷ついた人

そうして僕も 
さっき電車に乗るときに
たくさんの思いを
あきらめの言葉で堅く封印をした
いつものこの鞄の上に 毎日唱えている呪文

赤い夕日に照らされたままで
眠ってしまった人の無防備な鞄からは
こっそりと顔を出し夕日を見ている
泣き出しそうなあきらめの数々

参考書に気をとられすぎた
学生の鞄からは
勉強に疲れてしまった長い長いため息が漏れて

僕はそのすべてを見ない振りをするよ
今日はつかれ切った思いを
たくさん詰め込んだかばんも
また明日の朝には
数々の希望に膨らんで
軽々と人の手に振られていると
信じていたいから