風のささやき

下りなかった駅

今しがた 僕が運ばれてきた
線路の先が 燃えている
菜の花を 燃やしたような春の夕日に
ゆらゆらと 地面もレールも
すっかり 優しくて弱いものになってしまった

もうきっと
力瘤 硬くする電車は通れない
いきどおった電車の音は
もう遠くで 激しい風のようになっているだけ
僕が 走り過ごしてきた
二度と降り立たない 駅の数々の向こうで

降りないで過ごした 駅の街並みも
春の黄色の夕日に 燃えてしまえばいい
悔いもないほどに疲れ 胸に優しい
日々の暮らしの 燃えかすとして

そうして僕は
その駅の匂い 暮らし 人々の胸の内を
墓標の一つに書き連ねるのだ
僕の通り過ごした駅の名前として
僕は確かにそこを知っていたと
生噛りの知識で 輪郭を書き足して

電車が大きく曲がる 
つり革にぶら下がる 痩せた乗客を揺らして
夕日が 僕の顔を照らす
彫りの深い ブロンズの襞に
僕の表情をこわばらせ
車窓から ビルの合間を縫うように
僕を 追いかけてくる

僕を照らさないでくれ 夕日よ
僕はきっと 少し情けない顔をしているから
さっきまた 駅の一つを
通り過ごしてしまったばかりの 苦い表情をしているから

電車のレールを 踏みしめる単調な音が
僕の耳に 規則正しい音となり
僕は目の前の座席に 深く腰を下ろす
もう 目的の場所まで 下りる駅もないだろう と