風のささやき

九月の海に

人影もない海岸線はなだらかに続く
青い波だけがゆっくりと打ち寄せる
風との戯れに湧いて足元に
泡を立てて崩れ去るために

海が吐きだす白い巻貝を
波は飽きることなく転がし遊び
その色を奪い去る 少しずつ
誰もそんなものがあったと
言い当てることはできない
やがては砂の一粒に返すために

砂浜には銀のビールの空き缶
そこで交された夏の会話を思い描きながら
高く飛ぶかもめは地上には無関心に
水平線に湧いているのは雲の群れ

誰かの作った砂山に
打ち上げられた止り木を差して
けれどもうすぐ
この砂山にも波が届き
その姿は失われるだろう

今しがた歩いてきた
後ろを振り向くと
足跡はもうきれいに
洗い流されている

九月の海は
数多のものを飲み込み
あまりある墓標のようだ

弔にだから空と海とは
こんなにも青く深く
波は繰り返し
鎮魂歌を聞かせるのだと

歩みを妨げるように
潮風がまとわりつくのは
消えない思いが渦となって
手足をつかむからなのか

いつまでも
逝けぬものたちよ
悔しい思いよ
せめてもの慰めに
この体に癒されぬ
その痛みを刻んで過ぎろ

一心に高らかに
僕はそれを詩に変えて
この風景の奥
見えないものへ通じようと
空の遠くへ網のように
強い視線を投げつけるから