風のささやき

ピンクのバク

 バクは夢を食べる動物だと言われています。悪い夢を見つけては、ムシャムシャと綿菓子のように食べて、みんなの静かな眠りを守ってくれるのです。ですから悪い夢を見るとこわがる子供の枕元に、バクの絵を描いて置けば良いのよと、教えるお母さんもいます。
 バクが夢を食べるのはほんとうです。けれど、夢を食べるバクにも二種類いることは、あまり知られていません。一つは悪い夢を食べるバク。そうしてもう一つは、良い夢のかけらをモグモグとかじり、それを素敵なメロディーに変えて、歌ってく
れるバクなのです。
 時折、眠っている子供がとても楽しそうに笑うことがあります。そんなときには、必ず耳元でバクが歌っているのです。楽しい夢に素敵な音楽が流れこんできて、一層幸せな気持ちになれるのです。

 ピンクの体に太い灰色の縞模様が入ったピンクのバクは、そんな歌うバクの仲間なのです。昼間は雲の上で、すやすやと眠っているのですが、夜になると街に降りてきます。素敵な夢を見つけては、一口それを味わった後、気持ちを込めて歌うのです。夢を見る人がもっと素敵な気持ちになれるようにと思いながら。
 ピンクのバクは少し太っていて、特にお腹は出ています。ですから灰色の縦縞は、お腹のところだけ太くのびて、少しだらしのない感じがします。
 そんなピンクのバクは、けれどあまり歌がうまくないのです。きっと仲間のなかでは一番へたなのです。楽しい夢をかじられて、ピンクのバクのへたくそな曲を聴かされていると、なかには泣き出してしまう子供もいます。そんなときピンクのバクは、大変申し訳なく思い、頭をボリボリと掻きながら、まだ口の中に残っている楽しい夢のかけらをモゴモゴとするのです。

 そんなピンクのバクの悪いうわさは、仲間の間に広がります。そうして仲間たちは、ピンクのバクの顔を見るたびに、悪口を言います。「夢泥棒」だの「音痴」だの、中には「おまえなんか誰もいない南極にでも行って、ペンギンに歌を聴かせていればいいんだ。」そんなひどい事を言う仲間もいました。
 ピンクのバクも自分の歌があまりうまくないことは、何となく分かっています。けれど、ピンクのバクはほんとうに一生懸命だったのです。素敵な曲を歌いたい気持ちだけは、誰にも負けないつもりです。けれど歌がその気持ちには追いつかないのです

 何日か前のことです。夜になり空をフワフワと飛んでいると、赤い屋根の家の二階から、素敵な夢の匂いがしたのです。それで窓の隙間からこっそりとのぞき込むと、花模様の布団の中に小さな女の子が一人、眠りながらかすかに笑っています。ピンクのバクは窓をすり抜けて、その部屋に入りました。
「どれどれ。」
 そう言ってピンクのバクは、柔らかい髪の女の子の頭に、鼻をつけてみました。そうすることで、ピンクのバクには、人間の夢が見えるのです。


 夢の中で女の子は、エメラルドグリーンの海の真ん中に、小さな水玉の浮輪で浮かんでいました。遠くに白い砂浜の小さな島がいくつか見えるだけで、空には太陽が、ニコニコとしながら輝いています。
 やがて、海が少し盛り上がったかと思うと、たくさんのイルカが海の中から現れました。そうして、女の子のまわりでボールを跳ね上げたり、輪をくぐったりするのです。
 手を叩いて喜んでいる女の子のそばに、やがてシルクハットのすましたイルカが一匹、立ち泳ぎでやってきました。そうして、そのシルクハットを頭からとるとクルリとひっくり返し、いつの間にか持っていた杖でコンコンと叩きます。するとシルクハットの中からは白い鳩と、その後には七色の虹が飛び出してきて、空には大きな橋がかかりました。それで、目を丸くしている女の子に、そのイルカはハンカチを振って、今度は女の子の大好きなアイスクリームをだしてくれたのです。
「さあ、もっと素敵なマジックをこれからお目にかけるからね。待っていてね。」 女の子は本当に楽しそうです。

 さてさて、その夢を見たピンクのバクはつぶやきました。
「うん。これは素敵な夢だ。歌いがいがあるぞ。この海の青さにあった、潮風のような爽やかな曲を歌ってあげよう。」
 ピンクのバクは「ちょっと失敬」と言うと女の子の夢をかじって、そのかけらを口の中でモグモグとしました。すると体にたくさんの音符がためられて、バクの体は風船のように膨らむのです。それで自然に歌えるようになるのです。その音符をどんな曲に組み立てられるのか、それがバクたちの腕のみせどころなのです。
 ピンクのバクは体の中に十分な音符がたまったことを感じると、自分では夏の浜辺を吹く潮風のような気持ちで歌い始めました。
 けれど、どこかその曲はへんてこなのです。習いたての小学生のチェロの演奏のように、どこか間が抜けていて、音程もあっていません。聞いていると少しイライラとしてくるほどです。
 その曲を耳元に聞いていた女の子は、やがて苦しみ始めました。あめ玉のように甘い夢のかけらを口に気持ちよく歌っていたピンクのバクでしたが、その顔を見て歌うのをやめました。そうしてあわてて、女の子の頭に鼻をくっつけてみました。
 するとどうでしょう。女の子の夢はいつの間にかすっかりと様変わりしているではありませんか。青かった海は灰色にかわり、女の子のまわりには凶暴な鮫がたくさん泳いでいます。
「ごめんよ、ごめんよ。」
 そう言いながらおたおたとするピンクのバクの様子を、おもちゃの人形は、笑いながら見ています。
 鮫の大きな口が女の子の方へ迫ってきた瞬間に、女の子は目を覚まして泣き出しました。その顔はもう汗で一杯です。下の方からはその声に気づいたのでしょうか、誰かが階段を上がってくる音がします。
「ほんとうにごめんよ。」
 ピンクのバクはそう言い残すと、もう一目散に後ろを振り向くこともなく、女の子の部屋を出ていきました。口の中にはまだ、女の子の楽しい夢のかけらをモゴモゴとさせながら、少し膨らんだ体で空へと昇って行きました。


 それから、こんなこともありました。いつものように、素敵な夢のかけらをかじりながら、小さな男の子の耳元で歌っていると、その子の顔は苦しそうにゆがみ、今にも泣き出しそうになります。それでピンクのバクがおたおたとし始めるそのときです。さっそうと、ピンクのバクの仲間が部屋に入ってきて、消えかけている楽しい夢を一口かじると、男の子の耳元で歌い始めました。その仲間の歌は、心をとても落ちつかせる、とろけるギターの音色のようです。
 やがて、うなされていた男の子の顔に笑いが戻ってきました。軽くうつ寝返りまで今は楽しそうです。きっと明日の朝、この男の子は、すがすがしい気持ちで目覚めることでしょう。
「だめじゃないか、いつもいつも。」
 仲間の歌声をついついうっとりと聞いていた、ピンクのバクは怒られてしまいました。
「僕がこなかったら、きっとこの男の子は一晩中うなされていただろうよ。」
 ピンクのバクには言い返す言葉がありません。それできまり悪そうに、ボリボリと短い手で頭を掻いていました。
「もう少し一生懸命仕事に取り組みたまえ。」
 そう言い残して仲間のバクは、不機嫌そうに窓の外へと出ていきました。

 ピンクのバクはもうすっかりと自信をなくしてしまいました。昨日などは、練習のためにと、塀の上でねていた猫に歌を聴かせたのです。すると、おいしいごはんの夢を見ていた猫は、やがて苦しそうに目をさますと、あわてたのでしょう。塀の上から転げ落ちて、下にあったごみ箱へと、頭からつっこみます。猫の自慢の真っ白な毛は、ゴミにまみれて真っ黒です。それで猫は、ピンクのバクに向かって「フーッ」と怒ります。
「ごめんよ。」
 いつものセリフを残して、ピンクのバクは一目散に空へ駈けて行ったのです。

 ピンクのバクはすっかりとしょぼくれて、大きな家の屋根に座り、うなだれていました。時折空を見上げると、大勢の仲間たちが忙しそうに飛び回っています。誰もピンクのバクには気がつかないようです。
 近頃、街には大勢の人が住んでいるので、バクの数も足りなくなってきています。昔みたいにのんびりと仕事をしてはいられないのです。そんなわけで、ピンクのバクは、忙しそうに働く仲間にも申し分けない気持ちで一杯です。
「トホホホ・・・・・。」
 ときには、ただでさえ多い仲間の仕事を増やしたりもする、ピンクのバクはあまりの自分のふがいなさに、大粒の涙が流れてきそうです。



 そんなふうに、ピンクのバクがフムフムとしていたときです。遠くから悪い夢を食べるバクが一匹、こちらへと近づいてくるのが見えました。しかし、どうしたのでしょう。その飛ぶ姿はどこか重たそうで、フラフラとしています。そうしてピンクのバクに気がつくとこちらの方へと降りてきます。
「どうしたの。」
 ピンクのバクが心配そうに声をかけると、仲間のバクはお腹をさすりながら、
「大食らいの僕だけど、もう今日はこれ以上食べられないよ。あごもとっても疲れてしまったよ。」
 そう言うと、そのバクは今晩の出来事を話しはじめたのです。

 今日そのバクは、たくさんの悪い夢の匂いをかぎつけて、ある大きな家の中へと降りて行ったのです。するとその中には、たくさんの子供たちが小さなベットに並んで寝ていました。それは、街外れにある孤児院だったのです。
 その孤児院の子供たちは、良い子ばかりです。昼間は、みんなと明るく元気に遊びます。けれど、真っ黒な夜に一人眠る布団の中では、誰にも言えない悲しい夢を見ることが多いのです。そんな子供たちの悲しい夢が、今日は多かったのです。それで、そのバクは一生懸命に悲しい夢を食べたのですが、全部を食べきれないうちにお腹が膨らみすぎて、帰ってきてしまったのです。
「ほんとうに残念だよ。悲しい夢がまだ一杯残っていたんだ。」
 仲間のバクはほんとうに悔しそうです。
「そうか、そんなことがあったんだ。」
 ピンクのバクは、とても悲しくなりました。いつも楽しい夢のかけらを食べる仕事のピンクのバクには、そんなたくさんの悲しい夢は、考えもつかなかったことなのです。
「何とかしてあげたいね。」
 ピンクのバクと仲間のバクは、二人で顔を見合わせながら溜息をつきました。
 それから仲間のバクは、しばらくその悲しい夢の話をした後、少し気持ちが落ちついたのでしょう。
「今日は、ひとあし先に失礼させてもらうよ。」
 そう言い残して空へ消えていきました。


 ぼんやりと夜空を眺めていたピンクのバクは、ほんとうに何とかできないものかとグルグルと考えていました。
「もし僕の歌がもっともっとうまかったらな。」
 そんな独り言をつぶやいていると、空に輝くお星様が話しかけてくれました。
「さっきから、気になって君のことを見ていたけれど、何をそんなに溜息ばかりついているんだい。」

 誰かと話をしたかったピンクのバクは、お星様に今までのことを、何一つ隠さずに話し始めました。自分の歌がうまくなくて、みんなの楽しい夢を壊してしまうこと。それで仲間からはいつも馬鹿にされること。溜息をついていたのは自信をなくしたから。けれど何よりもピンクのバクの心を痛めていたのは、孤児院の子供たちの悲しい夢の話であること。ピンクのバクは、誰にも話さずに胸のうちにためていたことをお星様に聞いてもらいたかったのです。
 黙って聞いていたお星様は、ピンクのバクに話かけます。
「君の優しい気持ちが、僕にはとっても良くわかったよ。だから君のことを少しでも助けてあげたいな。まず、最初に、君の歌がどれぐらいのものか、聞いてあげる。歌ってごらん。」
「けれど、僕は素敵な夢を食べないと歌えないんだ。」
 ピンクのバクは口ごもります。
「それならば、これをあげよう。」
 そのお星様の言葉とともに、空からは金色に輝く星屑が落ちてきました。
「それを食べてごらん。その中には夜の空から僕が見た、たくさんの素敵な風景がつまっているのさ。だからそれで今晩一晩は歌えるだろうよ。」
「どうもありがとう。」
 そう言いながらピンクのバクは、星屑を食べました。口にいれてモグモグとやっていると、体の中に色々な形の音符がたまってきます。そうしてのどの奥から自然と歌がわいてきます。
 ピンクのバクは夜空からみた地上の、キラキラと光る美しい風景を思い浮かべながら、気持ちをこめて歌いはじめました。
 けれどやはり、その歌はうまくなかったようです。ピンクのバクの長い曲を、黙って聞いていたお星様は苦笑いを浮かべています。
「これはだいぶ特訓しないといけないね。」
 しばらくしてから、お星様が言いました。
「よろしくお願いします。」
 ピンクのバクは、お星様に申し訳なく思い、少し力無い声で、お願いしました。



 その日から、お星様とピンクのバクの歌の練習が始まりました。
「君はまず、基本ができてないね。いいかい、僕がリズムを刻んであげるから、それにあわせて正確に歌ってごらん。まず最初はドレミからだよ。」
 そう言うと星は、トライアングルのようなものを取り出してきて、チン、チン、チンと高い音をさせながらリズムを刻み始めました。
「ドレミファ、ドレミファ 、ドレミファ。」
 ピンクのバクもそれはそれは一生懸命です。
「いいかい。歌うときにはお腹を膨らませて、お腹の底から声を出すようにするんだ。そうしたらよく響く声が出るんだ。」
「ハイ、お星様。」

 それからお星様とピンクのバクは音符の勉強もしました。
「これが四分音符。その半分がこの八分音符。さらにそれを小さくすると十六分音符となって、尻尾のようなしるしがたくさんつくんだ。それから、同じ様に休符もあるんだよ。いいかい、しっかりと覚えるんだよ。」
「ハイ、お星様。」
 そんな、お星様とピンクのバクの勉強は、お星様の現れる晴れた日には、夜通し続くのです。

 その二人の様子を始めは遠くから物珍しそうに眺めていた、他のお星様たちも、何か面白そうだなと一人一人、参加する者が増えてきました。お星様たちは、ああ見えても音楽がなかなか上手なのです。

 昨日はフルートのような銀色の横笛をもった星が、そうして今日は、金色のトロンボーンを持った星が近くにやってきて、ピンクのバクの練習に会わせて演奏をします。
 そうして集まったお星様たちの数は、今では数えきれないほどです。おかげで、ピンクのバクの練習が始まると空の一カ所が少し明るくさえなります。きっと小さな街のオーケストラよりは、ずっとたくさんの楽器がそろっていることでしょう。
 そんなたくさんのお星様たちは、それぞれが好き勝手に演奏をしているのですが、みんなうまいせいでしょう。それが、素敵な曲になって流れて行くのです。
 最初にピンクのバクに歌を教えてくれていた、あのお星様は、星たちの中心でやはり、チン、チン、チンと金属のぶつかりあう高い音で、正確にリズムを刻んでいます。

 ピンクのバクはと言えば、たくさんのお星様たちの中で最初はオドオドとしていました。けれど素敵な演奏にのせられて、大きな声を出しているうちに、歌もだんだんとうまくなってきたようです。少しずつ自信をつけてきたせいもあるのでしょう。やがて、お星様たちの照らす夜空の舞台に立って、くるくると踊りながら高らかに歌えるようになりました。その声を、お月様も横目でチラリチラリと眺めます。



 そんな、ある夏の夜のことです。例の星が一言挨拶をしました。
「みなさん、ご協力どうもありがとう。ピンクのバク君もだいぶ歌がうまくなったようだし、今日これから演奏する曲を最後に、この集まりも終わりにしたいと思います。みなさん。ピンクのバク君がこれから立派な仕事ができますように、素敵な曲を演奏してあげましょう。」
 夜空が一瞬静かになりました。
「いいですか、それでは、一、二、三、ハイ。」
 それから、みんな一斉に自分の楽器を演奏しはじめました。その大音量は、空を流れて、天の川にまで届きました。人間の中でも敏感な人は夜空を見上げました。
 ピンクのバクもその大きさに負けないようにと一生懸命に歌いました。今までの練習の成果をすべてだしきれるようにと。そうしているうちにやがて、自分がその曲にとけ込んで、どこか遠くへ流れて行くような気がしました。それで自分でもビックリとするほど、素敵な曲が歌えたのです。

 夏の夜の大演奏会は、お星様たちが演奏をいっせいやめて黙って見守るなか、ピンクのバクが最後の部分を高い声で歌いあげて終わりました。そうして、その後には、たくさんの拍手が続きます。お星様たちから、そうして地上から見上げる樹木から。そのなかには、黙って演奏を聴いていたバクの仲間もいました。

「君との、演奏会はとても楽しかったよ。」
「すっかりとうまくなったもんだ。もう十分仕事がこなせるよ。」
「明日からは、少しつまらなくなるな。」
 そんないくつもの言葉や感想をピンクのバクに伝えながら、お星様たちは、空の遠くへ帰って行きました。そうして最後に、ピンクのバクの話を聞いてくれた、あのお星様が空から言葉をかけてくれました。
「とりあえず、今日で僕らの歌の練習も終わりだ。君はほんとうにここしばらくで、めっきりと歌がうまくなった。しっかりと自信を持って、子供たちに素敵な歌を聴かせてあげておくれ。」
「お星様のおかげです、ありがとう。こんな僕を見捨てないで、我慢強く歌い方を教えてくれたからです。お星様の教えてくれた、たくさんの素敵なメロディーは決して忘れません。」
 お星様は一度キラリと光って、
「君の優しい気持ちをいつまでも忘れないでおくれ。いつでも君のことは、空から見ているからね。」
 そう言って空に帰って行きました。


 さて、ピンクのバクはさっそくあの孤児院をたずねて、うまくなった歌を聴かせてあげようと思いました。
「きっとみんなを楽しい気分にさせられるぞ。」
 そんなことを考えながら、ピンクのバクがワクワクと飛んでいると、急に困ったことに気がついたのです。それは、歌を歌い出す力のもととなる、楽しい夢が、その孤児院には足りないと言うことです。夜空では、お星様がくれる星くずを、毎回食べていたから歌えたのです。
 そんなことにも気がつかない、そこがピンクのバクのまぬけなところです。ピンクのバクはすっかりと頭を抱えて今来たところをすごすごと引き返していきました。今更、毎日星屑を下さいとはとても頼みに行けません。
「トホホホ・・・・・。」
 バクは何日も眠らずに、雲の上でいろいろな方法を考えてみました。ピンクのバクの目は眠さに、自分の体のようにピンクになっています。
 そうして頭をグルグルと回転させ続けた、5日目の朝のことでした。ピンクのバクはようやく、子供たちに歌を聴かせる方法を
考えついたのです。それは、思いつけば簡単なことでした。誰かの楽しい夢をこっそりとかじって、それから急いで子供たちのいるところに行って歌うのです。これは良いアイディアです。
 安心したピンクのバクのまぶたは急に重たくなってきました。そうして何秒もしないうちに、ぐっすりと寝り込んでしまったのです。

「やあ、すっかりと寝過ごしてしまった。」
 ピンクのバクは、仲間が一生懸命に働いている夜中にようやく目をさましました。それからすぐに起き出すと、急いで孤児院の方へと向かったのです。
 途中で、何か素敵な夢がないかと鼻をクンクンさせていると、高いマンションの部屋から、素敵な夢の匂いがしました。ピンクのバクは、その部屋に入っていくと、いつものようにその眠っている人の頭に鼻をくっつけました。
「うん。これだったら上出来だ。」
 そうして、「いただきます」を言った後、夢を少しかじりました。それから口をモグモグとさせながら、その部屋を後にしたのです。
 しかし、思ってもみなかったことが起きたのです。夢をかじりすぎたのでしょうか。音符が体一杯にたまって、孤児院につく前に、誰もいない夜空で一人高らかに歌いだしてしまったのです。それも一時間も。それは、自分でも止められませんでした。
「そうか、夢を少なめに食べなければいけないんだ。ヤレヤレ。」
 そんな失敗もときにはありましたが、ようやくうまい方法を覚えたピンクのバクは、毎晩孤児院を訪れるようになりました。

 孤児院を訪れるピンクのバクは決まって同じ順番で、一人約十分ぐらい、子供たちに歌をきかせてあげるのです。ある子供には、春の花の歌。他の子供には小川のせせらぎを、そうして夕日の赤の歌。子供たちの気持ちにあわせて、ピンクのバクは歌を変えます。
 すっかりとうまくなったその歌に、子供たちはすぐに笑顔を浮かべます。その歌で、悪い夢、悲しい夢が素敵な、暖かい夢に変わるのです。時々、鼻の頭をくっつけては、そのことを確かめるとピンクのバクは、ウフフフフと笑うのです。
 それでも、一度だけの歌では足りない場合もあります。そんな時にはピンクのバクは、我慢強く何度でも歌を歌うのです。体の中に音符が無くなると、また外へと出ていって夢をかじってきます。

 そんなことを毎晩、何カ月も続けているうちに、子供たちの夜からは、悪い夢が少なくなってきました。子供たちは毎朝、素敵な気持ちで目覚めるようになりました。それで、まわりの子供たちに優しくすることができるので、孤児院のみんなは、一層仲良くなったのです。
「もう大丈夫だね。また悪い夢がたくさんでたら来るからね。」
 その様子を見ていたピンクのバクはある晩、そう言い残すと、もっとたくさんの人たちに素敵な夢を与えに、孤児院を離れたのです。

 きっとどこか素敵な気持ちで目覚めた朝。それは、ピンクのバクが耳元で歌を歌ってくれたからなのです。
 そんなピンクのバクは、誰にもほめてもらうことはないのでしょう。ただ、毎晩夜空に輝くお星様たちだけが、静かにその様子を見守っています。